95話「彼女の評判、侍女の噂話」
それから私たちは、他愛もない会話を交わした。
というより、彼女の話に付き合ってあげた。
まずは、彼女の……ティエリウス王城の侍女の日常や、趣味・嗜好について尋ねた。
日頃、自分のことを話す機会がないためか、気を良くして話してくれた。
彼女の話す言葉に耳を傾け、相槌を打ち、共感し、適度なタイミングで自分の意見を挟む。
何か役に立つ情報を聞き出せないかと思ったけれど、特にそれらしいものは得られない。
待遇に対する愚痴や泣き言になった時は、殊更ウンウンと頷いてみせた。
「やっぱり、宮仕えって大変なことも多いのね。それでも、貴女のような人の献身が王城を……引いては、国を支えてくれているのだわ」
「うう、ありがとうございます……! そんなことを言っていただけるなんて、それだけで救われます!」
私は決して弁が立つほうじゃないけれど、一対一なら割と聞き上手ではある。
尤も、自分に利があればこそだけど。
「母はちゃんと貴女を労ってくれているの?」
「え? それは……」
さり気なくそう切り出すと、今まで饒舌だったチェルシーが少し口籠った。
「尽力や献身を当たり前のものとして受け取らず、常に感謝の心が必要よね」
「……あの」
「なぁに?」
「えっと、美夜様は、その……美桜子様のご息女なんですよね? 美桜子様から、『近い内に娘がここに来る』って以前より伺ってはいたんですけど、思ったより大きくてびっくりしました」
「ええ、間違いなく実の娘よ。母は年齢より若く見えるからね」
「ははぁ、そうなんですか」
母は若くして私を産んだ上に、別々の世界で過ごしたことにより更に年齢差が縮まってしまった。
母娘に見えないのも無理はない。
言葉を濁し、もじもじするチェルシーを私は見守った。
そろそろ何か重要なことを漏らしてくれてもいい頃合いだ。
「何か、お二人ってあまり似てないですよね?」
「……そうね、確かにそう言われるかも」
「美夜様はすごく落ち着いてて、理知的っていうか、まだお小さいのに大人っぽいです」
「母は何だか小さな子供のよう?」
私が冗談めかした口調で言うと、チェルシーは苦笑気味に頷いた。
「ええ、何か凄く……奔放ですよね。ちょっと、羨ましいっていうか」
「あはは、わかるわ」
チェルシーの言葉に耳を傾けながら、あくまでも表面上は朗らかに笑った。
下手に急かしてはいけない、そんなことをすれば警戒されてしまう、私は逸る気持ちを抑えながら続く言葉を待った。
「だから、ご息女も似た感じなのかなーって思ってたら、私たちのことも気遣ってくださる方で、あんまり似てなくて驚きました」
「あら……」
私はきょとんとした面持ちで、口元に手をやった。
今朝、彼女たちを労った時に驚いていたのはそういう理由からだったのか。
「母は、ここでも皆を振り回しているのかしら?」
これは、謂わばカマかけである。
私自身、ここに至って母のことを殆ど何も知らない可能性に気付いたばかりだ。
チェルシーは視線を泳がせ、決まり悪そうに笑った。
「いえ、とてもかわいらしくて良い人なんですよ? 陛下がお気に召すのもわかります。ただ、ちょっと、悪気なく人を振り回しちゃうところがあるかもしれません」
「もう、困った人。ごめんなさいね、私からも言っておくわ」
申し訳なさそうに答えながら、私の意識は別の方向を向いていた。
そのまま、率直に切り出すことにした。
「母は今も陛下のところにいるのかしら?」
「ええ、多分。最近、陛下は美桜子様しかお側にいることを許さないみたいですし……」
チェルシーは声のトーンを落とし、内緒話をするみたいに言った。
母は、ベレス王の側から離れるわけにはいかないと話していた。
彼に世話になったから、とのことだけど、チェルシーの話を聞く限りではどうもそれだけではないような……。
その時、サリクスの言葉が脳裏に蘇った。
まさか、彼の言う人面獣心女狐って……。
「そういえば、母とサリクス様とは仲良くやれているの?」
「いやー、あんまり仲良くないと思いますよ? 噂では、殿下が王城を出て別邸に移ったのも、美桜子様から離れるためって……」
やっぱり、と私は確信した。
サリクスの言う女狐とは、母のことだ。
そして、それはおそらく、母がティエリウス国王の側にいることに起因している。
そうなると、母とベレス王との関係が非常に気になる。
サリクスの言い様だと、まるで愛人か何かのようだけど、さすがにそれはない筈だ。
それだけの価値がある男かはさておき、母は今もアルヴィースを愛しているのだから。
「あ~、うーん」
チェルシーの唸り声を聞いて、私は思考を中断させた。
見れば、彼女は何やら思い悩む様子で腕組みしている。
「どうしたの、チェルシー?」
「私、美夜様のことをとても賢い方だと思ってます」
「え? ああ、ありがとう……?」
「ですから、お話しちゃうのもありかなーなんて思ったりもするんですけど。いいですか? ここだけの話ですからね? 私が言ったって、誰にも話さないでいただけますか?」
「ええ、約束するわ。それで、何のお話なの?」
私が身を寄せると、チェルシーは周囲に視線を巡らせて、改めて誰もいないことを確認してから口を開いた。
「ここだけの話……もうすぐ、この国のお姫様になれるかもしれませんよ?」
「……え?」
それを聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
目を瞬かせ、チェルシーの顔を見つめ返す。
頭が混乱しすぎて、まるで全く見覚えのない女が目の前にいるみたいだ。
「それって、どういう……」
チェルシーは私の内情に気付いていないのか、下世話な噂話を楽しむ顔のまま、再び口を開いた。
けれども、その口から言葉が発せられることはなかった。
扉を叩く音が、彼女を凍り付かせたからだ。
「美夜ちゃん、私よ。入ってもいいかしら?」
私が返事をする間もなく、扉が開いた。
入って来たのは、もちろん母である。
「あっ! 美桜子様……!」
木製の椅子に座っていたチェルシーは、慌てふためいた様子で立ち上がった。
「あら、貴女もいたのね。美夜ちゃんの話し相手になってくれていたのかしら?」
「は、はい。僭越ながら」
「そうなんだ。ありがとうね。ああ、そうだわ、何だか喉が渇いちゃったからお茶を淹れてもらっていいかしら?」
おっとりとした口調で要求を伝える母とは対照的に、チェルシーはまるで軍事訓練中の兵士のように直立不動の姿勢で応じる。
「あ、は、はい。あの、本日はどのようなお茶をご所望で……?」
「んー、そうねー。今日はミルクティーの気分かしら? 後からミルクを加えるのじゃなくて、ミルクで茶葉を煮出してちょうだい? ああ、それと、シナモンとクローブも一緒にね。それと、最後にマシュマロも加えてもらっていいかしら? あ、でも、あんまり大きすぎるマシュマロは駄目よ?」
詳細な注文を述べる母に、チェルシーは真剣な面持ちで頷いてその内容を反芻する。
それから恐る恐る顔を持ち上げ、問いかける。
「お茶と一緒にお出しするお菓子は、どのようにさせていただきましょう?」
「んー……」
母は大きく伸びをしながら言った。
「何でも……お任せ。あんまり重くない、あっさりしたのがいいかなぁ……うん、やっぱりお任せしちゃう」
「……畏まりました」
説明するのが面倒臭くなった気持ちを隠そうともしない母に、チェルシーは重々しく頷いた。




