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獅子王陛下の幼妻  作者: 小鳥遊彩
第五章
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91話「今から死ぬ理由」

 地下室という言葉に加え、残された唯一の抵抗手段を封じられたことが、更なる恐怖心を煽る。


「ああ、そうそう」

 喋ることも身動きすることもできない私を見下ろしながら、サリクスが言った。


「この際だ、ご自分が今から死ぬ理由について教えてさしあげましょうか。おそらくは、貴殿も何か勘違いをしておられるでしょうからな」


 勘違い?

 いったいどういうことだろうか。

 私に目を付けたのは、その出自に薄々勘付いているからではなかったのか。

 あるいは、エレフザード陛下の大事な存在だと気付いたからこそ、私を傷付けて彼を苦しめたいのだと思ったけれど。


「初めに言っておくと、私はエレフザードのことなどどうでも良いのですよ。多くの者は、ティエリウスの王太子でありながら神域の落とし子ですらなく、生まれ付き身体も弱く、あらゆる面で臣下(エレフザード)に劣り、彼奴のように何も期待されていない……そんな私を哀れんでいる。当の私は、彼奴への嫉妬などとは無縁に生きているというのに。生憎と、私は国内外の面倒事など何もかも彼奴に任せて、気ままに自分のやりたいことができるこの立場を謳歌しているものでね」


 私の内心を読み取ったかのような言葉だった。

 それから彼は、薄ら笑いを浮かべながら私の頬に触れた。

 その指先の冷たさと、触れられることへの嫌悪感に思わず身震いしてしまう。


「王女殿下、貴殿はなかなかにお美しい」


 そう評された私は、眉根を思い切り寄せて彼を睨め付けた。

 なかなか、ですって?

 この私を捕まえて「なかなかにお美しい」とは、冗談にしても言って良いことと悪いことがある。

 誰よりも美しい、が正解である。


「だが、それだけだ」

「っ……?」


 あまりにも失礼な言い様に、私は全身全霊で不快感を露わにする。

 それが伝わっているのかいないのか、サリクスは低く嗤った。


「おや、何かお気に障りましたかな? しかし、ご安心いただきたい。貴殿は肌も髪も美しい。その美しい手は、まさに労働とは無縁に生きてきた者のそれですな。しかも稀人となれば、あらゆる意味で完璧だ」


 労働と無縁だったわけじゃないけれど、私が髪の先や踵まで手入れが行き届いているのは紛れもない事実だ。

 生まれながらにして美貌に恵まれていたとは言え、放っておけば今のような輝きは生まれない。

 美貌を維持し、更に磨きをかけるためには、それなりの知恵と知識と実行力が必要だ。

 つまりは、私のこの類い稀なる美貌は明晰な頭脳に裏打ちされたものであり、「美しいだけ」なんて言われる筋合いはないのだ。


「稀人というのは、時にはこの世界における上流階級の者に匹敵するほどに手入れの行き届いた髪や肌の持ち主もいる。特に貴殿は、私が今までに見た稀人の中でも抜きん出ている。申し分のない素材だ」


 そう言って彼は、私を押さえ付ける少女たちを交互に見た。

 まさか……。

 その瞬間、ある考えが脳裏を過ると同時に、背中を嫌な汗が伝った。

 素材というのは、もしや……。


「気付かれたようですな」


 私の不安を読み取ったか、サリクスが一層のこと笑みを深める。


「彼女たちは、顔や手先こそ少女のように美しいが、胴体部分まではそうはいかなかった。何しろ、美しい肌があまり手に入らなかったものでね。稀人も必ずしも若い娘とは限らないし、こちらの世界では素材に適した者ほど攫って来るのが難しいのですよ」


 そういうことか、と私は合点がいった。

 以前、シルウェステルと町に繰り出して茶屋へと入った時、そこで働く少女の手は荒れていた。

 変成術や錬金術が存在する世界とは言え、現代日本のように庶民の世界まで利便性が行き届いているわけではないのだ。


 サリクスのお眼鏡に適うほど手入れされた「素材」は、それなりに上位の貴族の中にしかいないのだろう。

 けれども、貴族の令嬢を攫うのは、その辺の村娘を攫うよりもリスクが高い。

 そして、彼が言う素材というのは……おそらく、あの少女たちを創造するためのもの。

 即ち、人体。


「それに」


 サリクスは私の髪を掬い上げ、言葉を続ける。


「貴殿はエレフザードのお気に入りのようだ。彼奴にさほど興味はないと言ったが、正直、快くは思っていない。あの取り澄ました顔を見る度、無性に殴りたくなるのですよ。特に理由がなくとも、ね。貴殿を解体した後、破棄する部分を彼奴に見せてやれば、果たしてどんな反応を示すやら」


 悪趣味な提案を口にし、喉をくっくと鳴らして嗤うサリクス。

 薄々気付いてはいたけれど、この男、頭がおかしい。

 それに、相当に歪んだ性癖の持ち主のようだ。


 お喋りはここまで、と言わんばかりにサリクスが二人の少女に身振りで示す。

 それを合図に、少女たちは私の身体を丸太か何かのように軽々と持ち上げた。

 まずい、このままでは本当に……。


 ところが、その地下室とやらに歩き出すかに思えた少女たちは、不意に動きを止める。

 私の身体を下ろし、訝しげに首を傾げるサリクスへと歩み寄ると、その耳元で何か囁いた。

 会話の内容まではわからないけど、サリクスの顔に一瞬苛立ちが浮かび、それから不適な笑みへと変じた。

 彼はその笑みを張り付けたまま、私へと向き直る。


「どうやら客人のようですな」


 客人……?

 いったい誰だろうか。

 彼の表情を読み取ろうとしたものの、そこから何かを推測することはできなかった。


 二人の少女は、私を縛していた縄と猿轡を解いた。

 抗議したい気持ちは山々なのに、堰き止められていた血の流れが元に戻った反動か、手足に痛みを感じて顔を顰めた。

 起き上がれずにいる私を、二人の少女が両脇から支える形で無理矢理起こした。


 よくわからないけど、突然の訪問者のお陰で助かった……ということか。

 サリクスは私たちに背を向け、玄関のほうへと向かう。

 その場に残った私はと言えば、少女たちに半ば引き摺られる形で先ほどの部屋へと戻った。


 途中、これまでの狼藉行為に対する非難を込めて彼女たちを睨み付けたものの、二人とも全く意に介する様子はない。

 死人……それは、文字通り死体を素材とした人造人間ということらしい。

 だとしたら、彼女たちに自我はないのかもしれない。


 サリクスの命令に忠実な、人間離れした怪力を持つフランケンシュタインのようなものか。

 そう考えると、かなり厄介な存在と言える。

 何とか隙を見つけて燃やしてしまいたい。


 無理矢理ソファへと座らされた後、ややあってサリクスが戻って来た。

 彼のすぐ後ろには、二人の男女の姿がある。

 私への暴行……というか、「素材」にする行為を中断したということは、彼の忠実な部下というわけではないのだろう。

 少なくとも、彼の行いを非難する立場の人物なのだと思う。


 二人に目を向けた私は、次の瞬間には頭の中が真っ白になり、何も考えられなくなってしまう。

 正確には、その女性を目にした瞬間からである。


 男性のほうは初めて見る顔だったけど、女性には見覚えがある。

 否、見覚えという表現では生易しい。

 何故なら、彼女は……。


「お母様……」


 私は掠れた声で呟き、殆ど無意識の内にソファから立ち上がっていた。


 そう。

 サリクスを訪れた二人組……その内の一人は、八年前に亡くなった筈の母だった


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