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獅子王陛下の幼妻  作者: 小鳥遊彩
第四章
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74話「ヒーロー参上」

 今、私たちがいるこの場所は港のすぐ側だ。

 モールを出れば、目の前にある海を見渡すことができる。尤も、青く美しい海とは言い難いのだけど。


 水族館やモールの周辺は綺麗に整備された遊歩道となっていて、所々にベンチやテーブルが置かれ、その合間に軽食や飲み物を売っているお店もある。

 さて、何を買おうか。自販機は見つけたけれど、それではさすがに素っ気なさすぎる。

 自販機の近くに、タコ焼きを売っているお店を見つけたものの、飲み物は売っていない。

 先ほどのショッピングモールの一階にスターバックスがあったし、そこまで戻ろうか。


 そう思った私が引き返そうとした時、「こんにちは!」という声がかかった。

 周囲にいるのは私だけ……でも、嫌な予感しかしない私は、聞こえない振りをして歩みを進める。


「ちょっとちょっと、おねーさん!」

「聞いてる? こ・ん・に・ち・は!」


 複数の男の声と、それに続く足音が聞こえたかと思うと、私は彼らに取り囲まれていた。

 三人連れの若い男だ。

 私の隣に並んだ男が、耳元で一字ずつ区切るように大きな声を出したため、思わず顔を顰めた。

 とは言え、完全に無視を決め込んでも厄介になりそうで、「はい、こんにちは」とだけ言って歩き去ろうとする。


 ところが、男の一人が私の進行方向に立ち塞がった。


「ささ、どうぞどうぞ! 座ってゆっくり話そー」


 別の男が手近なベンチを座り、その隣を軽く叩いてみせたけれど、もちろん私は取り合わない。

 私の前に立ち塞がった男Aを避けようとすると、Aは素早く平行移動で私の行く手を阻む。

 何度やっても同じで、驚くほど素早い動きでAは私を行かせまいとする。

 別の男Bが、揶揄するように私に声をかけた。


「おねーさん、何してんの? 行かないの?」

「通りたいならさっさと通りなよ」


 Aがニヤニヤ笑いを浮かべながら、私を促すような身振りをしてみせる。

 ああ、段々と腹が立って来た。

 適当に愛想を振りまいておけば、もっと上手くあしらえるのかもしれない。

 でも、私は飲み物を買って早く陛下のところへ戻りたいのだ。


「迷惑です。通してもらえませんか」


 私は顔を顰め、怒りを隠そうともせずに言った。

 彼らがそこまで性質の悪い連中でなければ、さすがにこの辺で自重してくれる……と思う。

 ところが、彼らは大袈裟に「こっわ!」「こえー!」と騒ぎ始める。

 いや、騒いでいるのは男Bとベンチに座ったCで、Aはいきなり真顔になる。


「迷惑って、具体的に何が迷惑なん?」

「わからないの? あなたたち邪魔なのよ。いい加減にどいてくれる? でないと、警察呼ぶけど?」

「はぁ?」


 Aが目を吊り上げた。


「訳わからんし! 俺らが迷惑かけてるとか、何勝手に決め付けてんだ」


 何が逆鱗に触れたのかはわからないけど、Aは突如として不機嫌になった。


「具体的に何が迷惑なのか説明しろよ」


 ……駄目だ。

 この手の頭の悪い男にはありがちなことだけど、話がまるで通じない。

 しかも、群れを成すことで無駄に気持ちが大きくなっているから余計に厄介だ。


 ここに至り、護身用のスタンガンを持っていないことが悔やまれる。

 ただ普通に生活しているだけで、この手の連中に絡まれやすい私にとって、自衛のための護身具は必須だ。

 最近はずっと陛下が側にいてくれたから、慢心していたのだ。

 無理矢理にでもAの妨害工作を突破しよう、そう決めた時、いきなり背後から抱き着かれた。


「ちょっと!」


 振り解こうと抵抗するも、凄い力だ。

 私を拘束しているのはBで、そのまま引き摺られて、ベンチに腰を下ろした彼の膝の上に座らされる格好になる。

 その隣に座ったCが私の髪を掬い上げ、指に巻き付けて遊ぶ。

 Aは立ったまま私を見下ろし、ニヤニヤと笑っている。


「おっ、どうした? 偉そうに言っといて、結局力じゃ敵いませんってか? あのさ、俺空手の有段者なんよ。女の子の足ぐらい、簡単に折れるよ? 一生歩けなくしてやろっかぁ?」


 そう言ってAは私の足を蹴る。

 痛い。

 明日以降、青あざができること確定の痛みだ。


 私はたこ焼きを焼いている男性に視線を向けたけれど、彼はすぐに目を逸らした。

 ……わかりきっていたことだけど、他人なんか宛てにならない。


「……っ、いい加減に……しなさい!」


 何とかBの拘束を解こうと、勢い良く肘で胸を叩いてやった。



「おぼっ!」


 Bが苦し気に呻くと同時に、腕の力が弱まった。


「大丈夫か!」と叫ぶCの声を背中で聞きながら、一気に猛ダッシュ。

 足は、物凄く速いわけでもないけど遅いわけでもない。

 さすがに多少の人目のある状況で、そこまで必死に追いかけて来るわけがない……。


「うおぁあぁぁああああああ!」


 雄叫びと共に、凄まじい勢いで足音が接近して来る。

 私は追いかけて来たAにあっさりと捕まってしまい、髪の毛を乱暴に掴まれながら先ほどのベンチへと戻されてしまう。

 ベンチに座ったBが、胸の辺りを押さえながら顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくり、Cはそんな彼を慰めている。


「てめー、よくも俺のダチに暴力振るいやがったな? どうなるかわかってんだろうな?」

「暴力って……先に絡んで来たのはそっちでしょ?」


 私は気丈に返したものの、内心では恐怖を覚えていた。

 泣き腫らした顔のBも、Cも、全員が私を睨み付ける。


「もーキレた。許さん」

「今から犯すからな。犯した後、コンクリ詰めにして海に捨てたる」


 ひやりとしたものが背中を伝うのを感じた。

 この辺りは、人通りもそう多くない。

 それに、私が今いるこの位置は、丁度死角になっていて、ベンチに座ってしまえば遠目に見ただけではわからない。


 言う間でもなく、強姦は犯罪だ。

 でも、後先考えない連中はそんなこと考えもしない。

 それに、見たところ彼らは未成年のようだ。

 強姦自体、そこまで重い犯罪としては扱われない上に、未成年となれば先に待ち受ける罰則も大したことがない。


 ……結局、どう転んでも私の一人負けだ。

 私は再びベンチに座らされ、Aの大きな手が顔の下半分を覆う。

 必死の抵抗も虚しく、あっさりとコートを剥ぎ取られ、下着ごとタイツを脱がされてしまう。

 この間、何度か顔や頭を殴られた。

 スカートに伸びる手から逃れようと身を捩るも、このままでは時間の問題だ。


 不味い。

 街中だから大丈夫だとどこか高を括っていたけれど、本当に犯されてしまう。

 二人組の若い女性がすぐ近くを通り過ぎた時、助けを求めて彼女たちに懇願するような視線を向けたものの、「何あれ、やばくね?」「確かに」と笑いながら通り過ぎて行った。


 ……そうだった。世の中というのは、こんなものだった。

 その事実を改めて噛み締めたその時だ。



「美夜?」


 それはまるで、天から降って来た声のように思えた。

 私を見つけた陛下が駆けて来るその姿は、まるで救世主だ。

 私に……私が置かれている状況に気付いた陛下は、金色の双眸を大きく見開いた。

 それから、険しい面持ちで三人の男たちを見る。


「やはり美夜のことが気になって追いかけてみれば……お前たち、いったい何をしているんだ……?」

「あ……」

「えっと……」

「なんつーか……」


 三人は、滑稽なほど狼狽している。

 静かな怒りを湛えた陛下が歩み寄ると、弾かれたように私から離れた。


「美夜……!」


 陛下は私を助け起こし、乱れた服装に気付くと自分の上着を私に着せた。

 それは、当然ながら私にはサイズが合わず、膝近くまですっぽりと隠れる。


「どこに行く気なの?」


 私がそう声をかけると、決まり悪そうにお互いの顔を見合わせながら立ち去ろうとしていた三人は、ぎくりと足を止めた。


「いや、その。冗談っすよ冗談。別にゴーカンとかそんな大袈裟なやつじゃないんで。なっ?」

「そーそー! てか、その人っておねーさんの彼氏さん? やば、めっちゃイケメンじゃん」

「じゃ、俺らもう行くんで。何か、普通に邪魔してごめん」

「待て」


 調子のいいことを言いながら逃げようとする三人の足を、静かな声が止めた。

 立ち上がった陛下が、ゆっくりと彼らに近付いて行く。


「ひ……あ、あ、あ、」

「お……」


 男たちは、蛇に睨まれた蛙さながらに怯え切っている。


「お前たちは、自分が何をしたかわかっているのか?」


 陛下は声を荒げるようなことはしなかったけど、そこには静かな怒りが滲んでいる。

 この三人は、自分たちが束になっても敵わない存在を怒らせてしまったことを悟ったようで、逃げることも忘れて顔面蒼白になって立ち尽くす。


 自称空手有段者のAの股間に、染みが広がり始めた。

 その様子を冷めた目で眺めながら、嘆息すると共に肩を竦めた。

 格闘技経験者だとか、有段者だとか、自分に従わない女に対して腕力を振りかざす男ほど精神面は脆いものだ。

 陛下の手がAの首を掴んだかと思うと、そのまま持ち上げた。Aの足が地面から離れる。


「俺ら関係ねーし! そいつが勝手にやっただけだし!」

「俺らは巻き込まれただけだー!」


 BとCはと言えば、Aが標的に選ばれたと誘った瞬間、あっさり「ダチ」とやらを置いて駆け出した。

 陛下のほうが彼より頭半分ほど長身とは言え、Aは幅のあるがっちりした体型だ。

 自分の身に何が起きたかわからないAは、情けないほど狼狽している。


「陛下!」


 私は咄嗟に叫んだ。


「いけません。それ以上は」


 肩越しに振り返った陛下に訴えかける。

 別にAを庇うわけではないけど、騒ぎを大きくするのは得策ではない。

 何しろ、陛下はこちらの世界では身分を証明する手段がなく、謂わば不法滞在者だ。


 私の言わんとすることを理解した陛下は、忌々しそうにAを一瞥するとその場に下ろし「行け」と言った。

 言葉が通じていないにも関わらず、Aは弾かれたように駆け出した。

 陛下はすぐに私へと向き直ると、側に駆け寄ってくれた。


「美夜……何て酷いことを」


 陛下は私の服に付着した汚れを払いながら、痛ましい表情で言った。

 掛けてもらった上着に隠れながら着衣を整えたとは言え、無理矢理引っ張られた服は完全に元通りとは言えない。

 それに、殴られた形跡も残っている筈だ。


「私は平気です」


 そう答えた声は、自分でも意外なほど平静だった。

 陛下の顔に驚きが広がる。


「あのー、大丈夫ですか? 俺、忙しくて気付かなかったんですけど、もしかして何かあったんですか?」


 第三者の声が聞こえて顔を上げると、たこ焼きを売っている男性が私たちの側まで来ていた。

 その言い様に私は呆れてしまう。

 気付かないほど離れていたわけでもない癖に、今頃になって何を言っているのだろう。

 ところが、首を突っ込んで来たのは彼だけではなかった。


「どうしたんですか? もしかして、痴漢とかですかね……?」

「警察とか、呼んだほうが良くないですか?」


 襲われている私を見て、他人事みたいに(実際そうだけど)笑っていた女性二人まで「見ず知らずの人を心配するいい人モード」に突入している。

 陛下は、そんな三人を気味悪そうな表情で見つめる。


「あー」


 三人は決まり悪そうに視線を泳がせ、それぞれ言い訳めいたことを口にし始める。


「知り合い同士でふざけてんのかなーみたいに思ったんですけど」

「仕事してて、気付くの遅れたんです。すみません」


 ……彼らの心理状態は、何となくだけどわかる。

 多くの人間は可哀想な人に同情するのは大好きだけど、幸か不幸か、私は大抵の場合は可哀想な対象にならない。

 何故なら、美少女だから。

 彼らにとって、私のような美少女は謂わば先天的な脱税者のようなものだ。

 少々痛い目に遭わなければ帳尻が合わない、そういった心理が働く。


 ところが、陛下が私を守ったことで状況が一転した。

 多くの人間は綺麗な女性に対しては冷淡だけど、相手が男性だと話は変わってくるものだ。

 それに、日本人は総じて欧米好きという傾向にある。

 この状況に現れた長身で金髪の美形を、彼らは一目で映画やアニメに登場する正義のヒーローのように認識したに違いない。

 となれば、彼らがすることはただ一つ。

 ヒーローの登場に沸き立ち、応援する善良な市民の立場を主張することだ。


「何故だ? 何故、見ていながら助けようとしなかった?」


 陛下に険しい目を向けられ、三人の善良な市民はしどろもどろな態度を取る。

 善良な市民がヒーローに責められるなど、あってはいけないことなのだ。


「えっと、英語はちょっと……」

「陛下、もう行きましょう」


 通じないのは、言語だけではない。

 仮に共通の言語を話せたとしても、陛下と彼らでは存在そのものが根底から違いすぎて、話が通じる筈もない。

 私の言葉に、陛下は納得がいかないという顔をしたものの、再度「行きましょう」と促すと今度こそ頷いた。

 私の隣に並んだ陛下は、心配そうに見つめながら言った。


「美夜、痛むところはないか?」

「足を蹴られたせいで、少し歩きにくいです」


 実際は歩行に困るほどでもなかったのだけど、それを口実に陛下の腕に自分の腕を絡ませる。

 彼は「そうか」と痛ましい面持ちで頷くと、私を軽々と抱き上げた。


「えっ? そ、その、ここまでしていただかなくとも」

「いや。怪我の程度がわかるまで、無理をしてはいけない」

「う……はい」


 これでは目立ちすぎる。

 駅に着くまで、どれだけの注目を集めることになるだろうか。

 そこまで考えてから、今日はもうタクシーで帰ろうと思い直す。

 その旨を陛下に伝え、タクシー乗り場に向かってもらう。


「あのっ」


 聞こえた声に振り返れば、先ほどのたこ焼き屋の男性が駆けて来るのが見えた。

 私たちに追い付くと、白い発砲スチロールのパックを差し出す。


「これ、良かったら食べてください。それじゃあ、そのー、お大事に」


 気まずそうに早口でそれだけ言うと、パックを半ば押し付けるようにして去って行った。

 中身は、案の定たこ焼きである。

 せっかくだからと一つ口に入れたものの、正直、あまり美味しくはない。

 野菜の切り方が荒すぎるし、生地も粉っぽくてダマがある。


「陛下もお一ついかがですか? あまり美味しくはありませんが」


 私を抱き上げたまま黙々と歩く陛下に声をかけると、一拍置いてから「いただこう」と返事があった。

 未使用の楊枝で、たこ焼き一つを陛下の口に入れる。


「……確かに、あまり美味くはないな」

「ですね」


 と、私は頷いた。

 創意工夫、というものが感じられない味だ。

 それは、まるで彼の人生そのものを反映しているかのように思えた。

 これからも彼は、日々、何も考えずあの場所でたこ焼きを焼き続けるのだろう。

 きっとそこには進歩も成長もないままだ。


「……」


 あのたこ焼屋の男や二人連れの女、ああいう連中が「可哀想な美少女・美夜」を叩き棒に、隆俊伯父やバンビを匿名で非難したのだろうな。

 陛下に運ばれながら、そんなことを考えた。


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