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獅子王陛下の幼妻  作者: 小鳥遊彩
第四章
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71話「何でもない普通の日」

翌朝、というか数時間後に目を覚ますと、既に九時近くだった。

 慌てて寝間着の上にカーディガンを引っ掛け、部屋の外に出る。

 陛下はまだ就寝中だろうか、そんなことを考えていると階下からいい匂いがすることに気付いた。

 まさか、と思いつつ階段を降りていくと、台所に立つ陛下の姿が見えた。


「陛下」

「ああ、美夜。おはよう」

「おはようございます」


 私はぽかんとして、陛下をまじまじと見つめる。

 何をしているのだろう、なんて考える間でもなく料理である。

 ただ、私にとってはあまりにも非現実すぎる状況に頭が追い付かない。

 起き抜けにいい匂いがして、台所へ向かうと自分ではない誰かが朝食を作っている……フィクションの中ではよくある場面だけど、私の人生でそんなことが起きるとは想像もしなかった。


「丁度良かった。そろそろ出来上がる頃合いだ」

「それってまさか、朝食ですか? 私の分まで……?」

「え? ああ、そうだ」


 陛下は不思議そうに首を傾げると共に、肯定の意思を示した。


「あまり大したものではないが」

「いえ、そんな」


 我へと返った私は、何かできることはないだろうかと視線を巡らせる。

 ところが、テーブルの上も全て整えられていて、後は料理を運ぶのみだ。

 そうこうしている内に、料理は全て完成した。

 陛下と共に、それらをテーブルへと運ぶ。


 陛下が作ってくれたのは、所謂ワンプレート式の朝食だ。

 大きめの皿に、薄く切ったパンが二切れずつと、目玉焼き、それに野菜料理をバランス良く盛り付けてある。

 野菜は、昨日の夕食に使用したものの余り分を上手く利用している。


「どれも美味しそうです」

「そうか、それは良かった」


 いただきます、と言って食事を開始する。

 目玉焼きは絶妙な半熟で、野菜類も程良い火加減で調理されている。

 シンプルながら、バランスもボリュームも申し分ない朝食だ。

 何より、厚意から誰かに朝食を作ってもらったのは久しぶりで、そのことが純粋に嬉しい。

 それが陛下なら尚のことだ。


「ん? あれは」

「え?」


 不意に陛下が食事の手を止めた。

 彼の視線の先、つまり窓の外を見ると、この家から少し離れた場所を馬が歩いているのが見えた。

 馬の背には誰かが乗っている。


「この世界での移動手段はジドウシャが一般的なのかと思ったが、場所によっては馬を利用することもあるのだな」

「いえ、こちらの世界……少なくとも、この国ではあまりないことですね。あ、少々お待ちください」


 あまり行儀が良いとは言えないものの、私はスマホを手に取り、あることを調べ始めた。

 思った通り、この近くには乗馬場があるみたい。


「こちらの世界では、乗馬というのは移動手段よりも趣味や娯楽、あるいは競技という側面が強いのです。その中には、外乗と言って、馬に乗ったまま馬場の外に出て楽しむ方法もあります。先ほどの方も、外乗を楽しんでいた最中だと思います」

「なるほど、そうなのか。やはり人々の生活が変われば、馬との付き合い方も変わるものなのだな」

「そうですね。少なくともこの国では移動手段として利用されることは殆どありませんが、それでも乗馬は常に人気のある趣味ですね」

「馬はこちらの世界でも愛されているのだな」


 陛下は嬉しそうに言った。それから、一拍置いて言葉を続ける。


「実を言うとだな、美夜が城下町に繰り出した翌日、馬に乗せてさしあげるつもりだった。美夜の身を守るためとは言え、貴女には窮屈な思いをさせてしまっていたからな。少しでも慰めになればと思った」

「えっ?」


 シルウェステルの付き合いで街に行った翌日……というと、こちらの世界に転移した日だ。

 そういえば、私が帰ると伝えた時、陛下の様子が少し妙だった気がする。

 あれは、私を喜ばせる計画を伝える前に、「帰る」と言い出したからだったのか。


「そ、それは、申し訳ないことを……」

「いや、いいんだ」


 気まずさを覚えた私は、紅茶を一口飲んでから再び窓の外へと視線を向ける。

 馬の姿は既にない。

 ついでに言うと、今の私たちには予定と呼べるものは特にない。


「陛下、今からでも乗馬場に行きませんか? 歩いて行ける距離のようですし」

「是非とも行ってみたいな」

「では、決まりですね」


 少し寝不足気味で、頭が重たかったのだけど、そう決めた途端に元気が出て来た。

 朝食を終えた後、後片付けぐらい私が行うという申し出を、陛下はやんわりと棄却した。


「美夜のほうが準備に時間が必要だろう?」


 そう言われると反論することもできず、後片付けも陛下に任せて、シャワーを浴びることにした。



 

 因みに、ゲームに熱中しすぎたことを大いに反省した私は、一般論に則って「ゲームは一日一時間まで」というルールを自分たちに課すことを提案した。

 ところが、この提案に対して陛下は暫し思案した後、こう言った。


「一時間という数値に、具体的な根拠はあるのだろうか?」

「え? それは、やはり睡眠を初めとする日常生活に影響が出てしまうからでは……」

「要は影響が出ない範囲で、自制すればいいということだろう? ……二時間でどうだろう?」


 陛下の案に、私は言葉に詰まってしまう。

 それから、気付けば頷いていた。


「そ、そうですね。二時間なら……ええ、では二時間までということにしましょう」


 こうして、ゲームは一日二時間までということに決まった。




 言う間でもなく、陛下はこちらの世界の乗馬ライセンスなど何も持っていない。

 でも、移動手段という意味も含めて日常的に馬に親しみ、しかも戦場では甲冑を身に纏い剣を振るような環境に身を置いて来た人だ。

 陛下の乗馬レベルに、乗馬クラブを運営する人たちも喫驚していた。


 ……当然と言えば当然である。






 そうして、少なくとも表面上は平穏無事な日々が過ぎて行った。

 あの一件以来、私たちの間には諍いも含めて何も起きていない。

 例えるなら、それこそ仲の良い兄妹のような共同生活が続いている。


 何とか陛下を元の世界に……ブラギルフィアに帰さなければいけないけれど、その方法は検討も付かない。

 長瀬先生なら何か知っているのではないか、そう思って話を振ってものらりくらりと躱されるばかりだ。

 陛下とて焦りがない筈もないのに、私を気遣ってそんな素振りも見せない。

 そんな毎日の中、私は焦燥と無力感ばかりを募らせていた。


 ……いや、正直に言おう、私自身、今の生活を甘受していた。

 何でもない普通の日が楽しいとは、まさにこのことだろう。

 以前の私にとっては、料理はしなければならないことだったのに、最近ではそれ自体が楽しくて仕方ない。

 陛下に、ブラギルフィアでは食べられないものを振る舞いたい。

 そんな思いから、今日は何を作ろうかと考えるのが毎日の楽しみの一つになっている。

 養父母も従妹たちも、好き嫌いが多くて非常に面倒臭かったけれど、陛下は何でも喜んで食べてくれる。


 和食は彼の嗜好に合っているようで、出汁を使った味付けを特に好む。

 筑前煮、揚げ出し豆腐、茶碗蒸し、白和え、蕪の千枚漬け、この辺りはすっかり大好物になった。

 すき焼きも喜んではいたけれど、それ以上にみぞれ鍋を好んだ。

 洋食より和食、肉より魚や野菜を中心にした、所謂あっさり嗜好みたい。


 また、意外とカップ麺やファーストフードといった俗に言うジャンクフードも好んだ。

 特にカップ麺はすっかりお気に入りのようで、その製造方法を知りたがった。

 ネットで調べればすぐに出て来たものの、一般家庭で実行するのは難しそうだ。

 一応、メモを取った上で陛下にもその内容を伝えておいた。


 ……もしかすると、近い将来、ブラギルフィア国内でカップ麺の製造及び販売が開始するかもしれない。

 陛下の希望とあれば、アスヴァレンは開発のための協力を惜しまない筈だ。


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