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獅子王陛下の幼妻  作者: 小鳥遊彩
第四章
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69話「何の落ち度もない薄幸の美少女・美夜」

夕食を終えた私は、お茶を飲んで一服して後片付けをかかろうと思ったのだけど、陛下がそれを制止した。


「片付けは俺がするから、美夜は少し休んでいてくれ」

「それは助かります、が……」


 言葉を濁し、ちらりとキッチンを一瞥した。

 陛下が生まれ育った国とは色々勝手が違うのに、まだここに来て二日目なのに大丈夫だろうか。

 なんてことを思っていたら、陛下はそれを察してくれたみたい。


「昨日、美夜が後片付けを行う様子を見て、ある程度は使い方を理解できたと思う。まだまだ聞かなければわからないことも出て来るとは思うが、実際にやってみたほうが覚えも早い筈だ」


 なるほど、それは確かにそうだ。

 陛下の適応力と積極性に関心しつつ、その申し出に甘えることにした。

 結論から言うと、何の問題もなかった。

 リビングのソファに座り、彼が後片付けを行うのを見ていたけれど、実に手際良くこなしてくれた。


 食器を洗う前に油汚れを軽くティッシュで拭き取る、魚を焼いたフライパンは予め浸け置きしておく、生ゴミは水を切ってから小さなビニール袋に入れた上でゴミ箱に放り込む……といった、「見えない家事」に該当する部分も行き届いている。

 私がそのことに関心を示すと、陛下は小さく笑った。

 私がブラギルフィアにいた時にも一度あったように、陛下は騎士団を率いて遠征に行くことも多い。

 そういった状況下では、陛下自らも衣食住に関わる雑事を行うこともしばしばあるのだとか。

 その際の、食事の準備や衛生状態の維持のための知識や経験が生かされているということか。


 これならお任せしておいても大丈夫だろう。

 私は陛下に断りを入れて、二階の書斎へと向かった。

 パソコンを立ち上げて、調べ物をすることにした。


 ……先生にスマートフォンを借りた後、どうしても気になって伯父のことを調べた。

 やはり彼は既に死去しているようだ。

 他にも知りたいことはあったものの、昨日も今日もあまり時間がなかったし、それに思った以上にダメージが大きかった。

 自分でも意外ながら、私は伯父の死を知ってそれなりに傷付いていた。

 何しろ、母が亡くなってからはずっと彼だけが私の肉親だったのだから。


 伯父の名を検索窓に打ち込むと、いくつもの検索候補が表示された。

 「姪、虐待」「性的虐待」「脱税」「死亡」といった穏やかではない単語が並んでいる。

 それらに戦きながら、先ずは伯父に関するニュースを取り扱った記事、つまり客観的な情報を探す。


 伯父が亡くなったのは「今」から約五年前、つまり私が行方不明になってから六年後のことだ。

 私が行方不明になってからの伯父の人生は、はっきり言ってボロボロだった。

 まず、翌々年に麻薬の所持及び服用が発見されて逮捕に至った。

 一年と少しの懲役を経て刑務所から出て来たものの、その翌年には脱税が発覚して多額の罰金を払っている。

 それから再び大麻取締法違法によって二度目の逮捕。

 次に出所して、数ヶ月後に交通事故で死亡に至った。

 多量にアルコールを摂取した状態で車を運転し、ガードレールを突き破って海に転落したのが原因ということだ。

 因みに、倫香は一度目の逮捕の際に離婚して、早々に子供たちを連れて家を出たようだ。

 さすが、要領だけはいい女だ。


 それらの情報に目を通した後、私は詰めていた息を吐き出した。

 ……この事実を、どう受け止めて良いのかすぐにはわからなかった。

 ただ、ざまぁみろと笑う気になれないことだけは確かだ。

 伯父に対して、愛着があったわけではない。

 彼に愛情を期待するだけの純粋さなど、とっくの昔に捨て去った。


 それでも、完全に情を棄て切れたわけではなかったということか。

 肉親の情などというものが私にあったとは驚きだ。


(失えば二度と手に入らない)


 陛下は以前、家族の存在についてそう語った。

 家族だからと言ってわかり合えるわけでも、血縁だけで良好な関係でいられるわけではないけれど、それでも簡単に捨てていいものではないと。

 ……あの時は反発を覚えたし、今も完全に納得がいくわけじゃないけれど、以前よりその言葉を理解できる気がする。


 私は気を取り直し、検索画面に戻る。

 一瞬の逡巡の後、次は皇隆俊の名前の後に「姪、性的虐待」と入力して、検索する。

 ……これについては、公的に発表があったわけではないようだ。

「虐待」について見つかったのは、匿名掲示板のログや個人のブログばかりで、ニュース記事には載っていない。

 伯父が脱税や麻薬の件で家宅調査を受けた際、あの記録が……浴室に設置したカメラで撮影した映像が見つかった。

 そう、伯父が私の裸を盗撮していた動かぬ証拠だ。

 本来ならこれは秘匿情報の筈だけど、調査に関わった者の一人がうっかりネット上で喋ってしまい、それが瞬く間に広まった……ということらしい。


 更には、小学生の頃の私が児童相談所や学校の先生に対して、家族から受ける仕打ちにについて相談した事実まで、どういうわけか広まっている。

 有名人だった伯父が世間に吊し上げられたことで、調子に乗った誰か……小学校の頃の担任辺りが、暴露したのかもしれない。

 匿名掲示板の過去ログは、伯父への誹謗中傷や揶揄、それに可哀相な姪への同情を示す言葉で溢れ返っていた。


 さすがにこれには苦笑を禁じ得ない。

 そういえば、「今から」十一年前に行方不明になった私についてはどのような取り扱いになっているのだろう。

 調べたところ、真っ先に出て来たのは、バンビこと岩澤ケイが私を線路に突き落としたあの一件だ。

 もちろん岩澤ケイの名は、「表向き」には匿名になっている。


 高校一年生の少女が同級生を線路に突き落とし、傷害罪で現行犯逮捕されたというのが大まかな流れである。

 尚、突き落とされた少女の怪我の程度については調査中と記されている。

 確かに、私の状態については濁すしかないだろう。

 何しろ、文字通り消えたのだから。


 バンビは、クラスの女王様だっただけではなく、モデル活動もしていて、SNS上ではフォロワー百万人を超えるインフルエンサーだった。

 バンビのSNSアカウントは既に削除済みだったものの、彼女が辿ったであろう艱難辛苦の道のりは容易に見つけることができた。

概ね、鈴木サヤカから聞いた通りだった。

 女王の座から転落した彼女に対して、世間はあっさりと掌を返すと共に、とことん強気に出た。


 やはり、ここでも「何の落ち度もない薄幸の美少女・美夜」像は健在だ。

 多くの場合、人間というのは自分より優れた者……あるいは、「皆」がそう信じている者を崇拝するのが大好きだ。

 彼らは、「優れた者に対して嫉妬しないどころか素直に認められる自分」に酔っているのだ。

また、多数派に所属することで安心感を覚えたいという心理もあるのだろう。


 ところが、その崇拝は実に浅い。そして、崇拝対象が何らかの理由で凋落した時に、その浅さが露見することとなる。

 隆俊伯父にせよ、バンビにせよ、崇拝者たちの掌返しっぷりはいっそ清々しいものがある。

 彼らには「私」という共通点もあったから余計にだ。


 学校でのいじめ、家庭内での性的なものも含む虐待の被害者である皇美夜。

 この可哀相な美少女に同情し、加害者たちの非道っぷりに義憤を感じた人々は、伯父とバンビに対して相当な嫌がらせを繰り返したようだ。

 窓硝子を割られ壁に落書きをされた皇宅や、酷く傷付けられた伯父の愛車の写真を見つけた。

 バンビに至っては、あれから十一年経ってもまだ付き纏われているらしく、今の職場や自宅の住所まで晒されている。


 要するに、私は体のいい叩き棒だ。

 スクールカーストの女王様にしてインフルエンサー、上級国民を攻撃する口実として、これほどの適任者はいない。


「……」


 私はブラウザを閉じると、大きな溜息を付いた。

 何だか酷く疲れてしまった。

 人間の弱さ・醜さなど、とっくに知っていたつもりだったけど、だからといって慣れ切ることはできないようだ。


 私は物心付いた頃から、強姦で生まれた子供、レイプ犯の娘として常に揶揄と好奇の目で見られていた。

 私のように、お金持ちの家に生まれた美人にそんな出生の秘密があれば、凡百な連中が食い付いついて当然だ。

 皆、美人やお金持ちのスキャンダルが大好物なのだから。

 母を亡くしてから十年近く、私の味方など一人もいなかったというのに、伯父やバンビを叩く口実に私を擁護する連中がいる。

 何という皮肉だろうか。

 賭けてもいいけれど、その連中がもしも私のクラスメイトだったならば、間違いなくバンビに追従していた筈だ。


「……」


 再び溜息を吐いた。

 我へと返ったのは、階段を登る音が聞こえたから。

 振り返ると、扉を開けて陛下が顔を覗かせるのが見えた。


「美夜、片付けは全て終わった」

「あ、ありがとうございます」

「入っても構わないかな?」

「ええ、どうぞ。むしろ、断りを入れていただかなくとも構いません」


 慌てて居住まいを直して陛下を迎え入れた。

 彼はお盆を手にし、その上には二杯分のお茶が乗っている。


「茶を淹れて来た。美夜が淹れてくれたものほど美味くはないかもしれないが」

「そんなこと……いただきます」


 私たちはL字型のソファに移動し、そこで斜めに対面する形で座ってお茶を飲む。

 ほうじ茶だ。

 その温かさと優しい香ばしさに、胸の奥に沈み込んでいた痼りのようなものが解れていく気がした。

 そういえば、誰かに淹れてもらったお茶を飲むのは随分と久しぶりな気がする。

 ブラギルフィアにいた頃、侍女にお茶を用意してもらうこともあったとは言え、仕事の一環という意味合いが強い。


 このお茶はそういうのを一切抜きに、本当に厚意だけで淹れてもらったものだ。

 大きく息を吐き出すと、先ほどまでよりずっと気持ちが楽になった。

 不意に、陛下がじっと私を見つめていることに気付いた。


「陛下?」

「いや……何となく、元気がない気がしてな。俺の気のせいならいいのだが」


 私は心臓が小さく跳ねるのを感じた。

 努めて表に出さないようにしたつもりが、気付かれてしまったことに驚く。


「いえ……」


 何でもありません、と言いかけて口を噤んだ。

 一拍置いて、再び口を開く。


「あの箱のようなものはパーソナルコンピューター……略してパソコンというもので、こちらの世界の様々な情報を見ることができるものです」

「あの箱で、そんなことができるのか?」

「はい。養父母の現状や、私がどういう扱いになっているかを調べました。やはり養父は亡くなり、養母は新たな人生を歩み始めています。私の消息については様々な噂が飛び交っていますが、遺体がない以上は『行方不明』という扱いでしょうね。とは言え、身元引受人が誰もいないのですが」


 陛下は僅かに眉を動かしたものの、殆ど表情を変えることなく私の話に聞き入っていた。

 聞き終えた後、暫しの間を置いて「そうか」と呟いた。

 そのまま沈黙が落ちた。

 私は決まり悪さを誤魔化すように、陛下が淹れてくれたお茶を飲む。

 マグカップが空になる頃、陛下は「美夜」と私の名を呼んだ。


「今日も色々あって疲れただろう。風呂の準備を済ませてあるから、入るといい」


もう、そんなことまでできるようになったのか。私は驚きを覚えつつ、それを追求するのも億劫なほど疲労を感じていたため、「ありがとうございます」と言うに留めておいた。


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