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獅子王陛下の幼妻  作者: 小鳥遊彩
第四章
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65話「戸惑いばかりの再会」

先生は車を路肩に止めると、運転席から降りて私たちに近付いて来る。

 私はと言えば、逃げることもできず彼の動向を見守るしかなかった。


「いやぁ、本当に久しいな。こっちはもう十年ぶりぐらいかな? 皇さんとしてはどれぐらいだい?」

「……三ヶ月ほどです」


 一瞬の逡巡の後、正直にそう答えたけれど、困惑は強まるばかりだ。


「なるほど、たった三ヶ月なんだ」

「先生は驚かないのですね。十年以上前に姿を消した生徒が、当時の姿のままで現れたというのに」

「ってわけでもないんのだけどね。まぁ、こういう事態も予測していた、というのが正しいかな」

「はぁ」


 そういうものだろうか。

 どうにも腑に落ちない私を余所に、先生は「ところで」と言って陛下を一瞥する。


 ……ん?

 あれ……。

 何だろう。

 今、違和感が脳裏を掠めた……気がする。


「隣にいる彼は、皇さんのお連れさんかな?」

「ええ、まぁ」

「彼氏さん、とか?」

「……」

「う、ウソウソ。やだなぁ、ほんの冗談だって。見たところ、彼も皇さんが抱える事情に関わっている感じかな?」


 そういえば、この先生は昔から(と言っても私にすればほんの三ヶ月前だけど)こういう鬱陶しい冗談や悪ふざけが多い人だったことを思い出す。

 多くの女生徒たちはそれを面白いものとして笑っていたけど、私には寒々しく感じられた。

 それ以上取り合おうとせず、「恐れ入ります」と言った。


「私たちはそろそろ失礼します」

「あー、ちょっと待ってよ。見たところ、行く宛もないんじゃないかい?」

「いえ、既に今後のことについては目処が立っていますので」


 そう言って頭を下げた。

 多少の誇張は入っているけれど、あながち嘘ではない……と言えなくもない。

 とは言え、弱り切っているところや打ちひしがれているところを見せるのは嫌だった。

 それに、陛下のことでこれ以上追求を受けるのは避けたい。


 陛下を促し、歩き出そうとしたその時だ。


「今から安宿を借りようと思っているけど、実はお金にはそんなに余裕がない。違うかな?」


 内心でぎくりとしながら、それでも表には出さない。

 歩みを緩めない私の背に、先生はお構いなしに言葉を投げ掛ける。


「大方、お連れさんから換金性の高いものでももらったんじゃないかな? でも、それじゃ到底足りないよねぇ。その安っぽい、如何にも量産品ですと主張するような服を揃えるだけでもそこそこの痛手だったろ?」


 ……くっ。

 どういうわけか全てを見透かされている。


「悪いことは言わないから、私の家においでよ。お連れさんも一緒に、ね。きっと力になれる筈だよ」


 一瞬、ほんの一瞬だけ歩く速度が減退した。

 すぐに元の速度に戻すつもりが、気付けば完全に足が止まっていた。

 それを好機と見做したか、先生は更に続ける。


「皇さんとお連れさん、それぞれに部屋を用意してあげられるよ。キッチンや浴室だって好きに使ってくれて構わない。お連れさんも、そのほうが寛げると思うんだけどなぁ」


 足を止めた私は、ゆっくりと肩越しに先生を振り返った。


「……有り難い申し出ですけど、そこまでしていただく理由が思い付きません」

「何を言っているんだい?」


 何が目的なのか、何を見返りとして求めているのか。

 遠回しにそう尋ねたところ、先生は満面の笑みで返した。

 天使や聖人……の皮を被った悪魔、もしくは詐欺師を連想させる顔だと私には思えた。


「元とは言え、生徒が困っているのを見過ごせる筈がないじゃないか」


 思わず言葉に詰まる。

 嘘臭い、というのが真っ先に思い浮かんだ感想だ。

 元担任と言ってもその期間はたった一ヶ月未満で、直接言葉を交わす機会も殆どなかった。


 確かに魅力的な提案だけど、あまりにも怪しすぎる。

 そもそも、この男は本当に長瀬先生なのだろうか?


「……貴方はいったい何者ですか?」

「嫌だなぁ、君の元担任の長瀬克也だよ」

「……」

「美夜」


 ずっと沈黙を貫いていた陛下が、この時初めて口を開いた。


「俺は彼の申し出を受けるべきだと思う」

「えっ? で、ですが……」


 確かに、そうするのが現状における最適案に思える。

 いくら安宿と言っても、二人で泊まればそれなりの金額になり、所持金はすぐに尽きてしまう。


「そう、です。陛下がそう仰るなら」

「じゃ、決まりだね」


 先生は満足そうに笑った。

 正直、まだ納得できない気持ちはあるものの、こうなったら腹を括るしかないだろう。

 陛下は一歩前に出ると、先生に向かって深々と頭を下げた。


「お世話になります。先生」

「いや……」


 先生は短く答えて、目を細めた。

 この時、私は先ほど抱いた違和感に対して確信を覚えた。


 先生が陛下を見る目は、明らかに初対面の者に向けるそれではない。

 懐かしさ、慕わしさ、愛おしさ……様々な感情が入り交じった目。

 私はこの目を知っている。


(アスヴァレン……)


 脳裏に、別世界で再会を果たした兄の顔が浮かぶ。

 兄が陛下に向ける目、長瀬先生はそれと同じ目をしている。


(いったいどういうこと? 彼は何者……?)


 そんな疑問を抱いたまま、私は陛下と共に先生の車へと乗り込んだ。






 車を走らせること一時間。

 その間、窓の外の景色はどんどん緑が多くなって行く。


 やがて辿り着いたのは、山間に建つ日本家屋である。

 周囲にも何件か家が建っているけれど、家ごとの間隔が住宅街では考えられないほど広い。


「立派なお屋敷ですね」

「いやいや、広いばかりのボロ家だよ。あ、でも、君たちに使ってもらう予定の離れはまだ真新しいから住みやすい筈だよ」


 率直な感想を述べる私に、先生はそう言った。

 彼の言う通り、本邸と思しき建屋の他にも別棟が建っているように見える。

 広い敷地を源氏塀がぐるりと取り囲み、門を潜ると細い小道が続いている。

 小道を囲むように木々が生い茂り、見れば前庭だけでもかなりの広さを持っている。


 小道を進むと家屋の入り口が見えて来たけれど、先生はそこには入ろうとせず、その右手へと進んだ。

 そちらにも、枝分かれした小道が続いているのだ。

 やがて、もう一件の建屋が見えて来た。


「ここが離れだよ。ちょっと手狭だけど、生活に必要なものは全部揃っているよ」

「……はい」


 私は頷くだけで精一杯だった。

 確かに、今通り過ぎて来たばかりの家屋に比べれば小規模だけど、それでも普通の一軒家ぐらいの広さがある。

 先生に促され、中に足を踏み入れる。


「陛下、恐れ入ります。お靴を脱いでいただけますか」

「えっ? あ、ああ」


 当然ながら、陛下にとっては日本の住居というのは未知の世界だ。

 靴のまま上がろうとする彼に、この玄関と呼ばれる場所で靴を脱ぐのだと説明する。


「慣れない文化だと戸惑うよね。はい、代わりにこれをどうぞ」


 先生は好々爺然とした笑みを陛下に向けながら、彼の足下にスリッパを置いた。


「先生、私もお借りしてよろしいですか?」

「ああ、そこにあるから好きなの使ってくれて構わないよ」

「は、はぁ」


 ……こ、この雑な対応、陛下と私とでの温度差、ますます既視感がある。


 離れは二階建てで、一階がリビングとキッチン、バスルーム、それに空き部屋が一室。

 二階が寝室二部屋に大きなテレビを置いた書斎という間取りになっている。

 家電や家具どころか、本やDVDまで揃っているにも関わらず、使用した形跡が全くない。

 まるでモデルルームみたいだ。


「まだ真新しいですね」

「もちろんさ。何しろ、今年完成したばかりだからね」


 それを聞いて、私は僅かに眉を顰める。

 この離れが今年建てたばかりということは、家財道具を揃えたのもつい最近ということになる。

 まるで、私たちが現れることを見越していたかのような周到さだ。


「ささ、こちらへどうぞ」


 先生の言葉に顔を上げると、彼は陛下の背を軽く叩いてリビングへと案内しているところだった。

 困惑しながら、私も二人の後を付いて行く。


 リビングには座り心地の良さそうなソファ、画面の大きなテレビやゲーム機が置かれ、ソファの中央にはローテーブルがある。

 そのテーブルの上に、何かが置いてあるのが見えた。

 よく見ると、クレジットカードが二枚、それにスマートフォンが二台だ。


「カードとスマホを渡しとくね。皇さん、使い方は知っているよね?」

「はぁ、知っていますけど」


 もちろん知っている。

 けど、いくら何でもこれはない。


「どちらも、準備するのは多少の手間を要する筈です。これではまるで……」

「君たちが来ることがわかっていたみたいだ、って?」


 そう言って先生は茫洋とした笑みを浮かべる。

 窓から差し込む夕日が逆光となって、何とも名状し難い不気味な雰囲気を醸し出す。

 私は思わず息を呑んだ。


「仮に、もしそうだとしたら君はどうするのかな?」

「どう、って……」


 挑発するような、あるいは面白がるような口調だった。

 私は言葉を返すことができず、口籠もる。


「どうすることもできないだろう? だったら、勘繰るのも程々にしておくべきだ。そうは思わないかね?」

「……」


 随分と尊大な物言い似思えて、眉を顰めてしまう。

 とは言うものの、彼の言うことは確かに的を射ている。

 その時、陛下が静かな声で「先生」と呼び掛けた。


「何から何までありがとうございます。助かりました」

「いやいやー」


 途端、先生は顔を綻ばせた。


「どういたしまして。さて、一先ず私は退散させてもらうとするかな。後は好きなように過ごしてくれて構わないからね」


 それだけ言うと、彼は戸口へと向かう。靴を履きながら「そうそう」と言って振り返った。


「私は、表の屋敷にいることもある。何か用があったら尋ねておいで」


 その言い方に引っ掛かりを覚えた。

 いることもある、ということは不在のことのほうが多いという意味にも受け取れる。

 それは、平日の昼間などは仕事に行っているという意味なのだろうか。


 先生の気配が遠ざかり、陛下と二人きりになった途端、静けさが訪れた。


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