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獅子王陛下の幼妻  作者: 小鳥遊彩
第四章
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63話「カルチャーショック」

 特に何か言葉を発したわけではないのに、陛下は私を見て目を細めた。

 どこか切なそうな、あるいは何かを懐かしむような、そんな表情だ。

 私は戸惑いを覚えながら彼を見つめ返す。


「あの、陛下……?」

「いや。それでこその美夜だ」

「え?」

「落ち込んだり弱気になったりするのは、何と言うか、あまり美夜らしくなくてな」

「え、えぇ……」


 その発言にはさすがに面食らってしまう。

 目を瞬かせ、自分に向けられた金色の双眸を見つめ返す。


「私はどちらかというと、大人しいとか気が弱いほうに分類されることが多いのですが……」


 実際、そういうレッテルを貼られることは今まで多々あった。

 それは、私が如何にも大和撫子といった雰囲気の美少女だということにも起因している筈だ。


「確かに美夜は物静かなほうだ。しかし、だからと言って内面が弱いというのとは違う。淑やかに振る舞いながらも、抜け目のない目で周りの者を睥睨してこその美夜だ。だから、打ちひしがれている姿は似合わない」

「な、なるほど」


 大いに困惑しつつも頷いておく。

 確かに、私にそういう面があることは否めない。

 誉められているのかはよくわからないものの、よく見てくれているのだと思うと、悪い気はしなかった。


 




 実を言うと、換金には少々手間取った。


 再び陛下には神社で待っていただいて、繁華街に赴いた私は金・プラチナ高価買取の看板を掲げている店を探した。

 本来、未成年から貴金属や宝石を買い取ることは、法律で禁止されている。

 この時代なら、一応私は二十六歳ということになる筈だけど、それを証明する術はない。

 制服姿、しかも身分を証明できない私が、金を現金に換えるのは合法的に不可能だ。

 そう、合法的には。


 店主も私の切実な状況を察知してくれたのか、「個人的な買い取り」なら可能だと言ってくれた。

 つまり、一切合切記録に残らないやり取りということになる。

 随分と買い叩かれたと思うけど、背に腹は変えられない。


 手に入れたお金で、一先ずは陛下の服を購入しよう……と思ったところで、立ち止まった。

 男性物の服を買う買うと言っても、どんなものを選べばいいかわからないし、それにサイズ感もぴんと来ない。

 どうしたものかと迷った挙句、私は急いで陛下のところに戻り、事情を説明した。

 服を買うなら、やはり着用者に一緒に来てもらったほうがいい。


 陛下の装いではあまりにも目立ちすぎて、人通りの多い場所に出ることには不安を覚える。

 でも、逆に堂々としていれば却って違和感を感じさせないのでは……と、無理矢理自分に言い聞かせて、一緒に繁華街を歩くことにした。

 陛下の今の立場を考えれば、なるべく目立つことは避けたいとは言え、致し方ない。



 結論から言うと、私の認識は甘すぎたと言わざるを得ない。

 平日とは言え、夕刻の繁華街は学校帰りの学生や夕食の買い物に出て来た人たちで、それなりの賑わいを見せる。

 ……そこら中から視線を感じるのは気のせいではない、そう断言できる。


 金髪で長身の美形が、中世の貴族のような服装で歩いていたら、目立たないわけがなかった。

 目立つと言えば、私が着ているこの制服も、十一年後の世界にはそぐわないようだ。

 同じ学校の校章を付けた生徒を見かけたけど、ブレザーとスラックスという装いに変わっていた。


 とは言え、好奇の目の殆どが陛下へと向けられたものだろう。


「何だか、随分と見られている気がするのだが」

「……そうでしょうね」

「美夜が、あまりにもかわいいからかな」


 それを聞いた私は、歩きながら舌を噛みそうになった。

 この方は、こういうことをさらりと真顔で言うことがあるけれど、冗談なのか本気なのかが全くわからない。

 私もこの手の駆け引きに全く慣れていなくて、「ご冗談を」と流すだけで精一杯だった。

 その時、「あのぉ」という声が聞こえた。


「すみません、もしかして次の公演に出られる方ですか?」


 話しかけて来たのは、私より少し年上と思しき女性三人だった。

 陛下は不思議そうに彼女たちを見て、それから私のほうを向いた。


「美夜、彼女たちは何と言っている?」

「えっと……」


 どうやら、陛下には彼女たち……いや、おそらくはこの世界の者の言葉がわからないみたい。


「いえ。彼は、その、日本に来たばかりでして。彼の国では、これが礼服なのです」


 私が適当な嘘を並べ立てると、三人は黄色い声を上げた。


「えっ? じゃあ、これが普段着みたいな感じですか?」

「あー道理で! 何か衣装っぽくないなーと思ったら!」

「うんうん! めっちゃ馴染んでるよね!」


 何とか誤魔化せたみたい。私は内心で焦りを感じながら、愛想笑いを浮かべておく。


「何ていう国なんですか?」

「もしかして、彼氏さんだったりします」

「……も、申し訳ありません。約束の時間に遅れてしまうので、そろそろ失礼いたします」


 長引くほど、答えに窮する質問が飛び出してくるだろう。

 そう危惧した私は、強引に話を切り上げて半ば逃げるようにその場から遠ざかることにした。

 三人は残念そうにしていたけれど、陛下に微笑を向けられた途端、再びあの黄色い悲鳴を上げた。


 それを背中で聞きながら、私は無性にムカムカするのを感じた。






「美夜、着替えが終わった」


 試着室から聞こえた言葉を、そのまま店員へと伝えた。

 彼女が「失礼します」と言って試着室のドアを開けた瞬間、思わず固まってしまった。


「一先ず着てみたが、着方はこれで合っているか? やはり、どこか変だろうか」

「いえ、変じゃないと思いますけど……」


 そう答えたは声は、我ながらどこか自信なさげだった。

 特にどこがおかしいというわけではない。

 何というか、美人は何を着ても似合うとはよく言ったもので、それをつくづく再認識しただけである。


「とてもお似合いです!」


 私とは対照的に、店員が高めのテンションでそう評した。


「うわぁ、すごい素敵です……! やっぱり背が高いと、映えますねぇ。はぁー、モデルさんみたい」


 店員がこうして客を誉めちぎるのは常套手段だけど、この時ばかりは本心から言っている気がした。

 もちろん、彼女の言葉は陛下には理解できない。

 でも、そこに込められた感情は読み取れたようで、照れ笑いを浮かべる。

 ああ、またしても何だかムカムカする。


「じゃあ、この一式とこれください。このまま着て行きます」


 事務的な口調でそう伝えると、早々に会計を済ませて店の外へと出た。

 購入したのは安さが売りの大量生産品で、男性物の服など何を買っていいかわからないから、目に付いたマネキンが着ていた一式を陛下に試着してもらった。

 チャコールグレーのスラックスに白いシンプルなシャツ、その上から青いカーディガンという飾り気のない装いだけど、いや、それ故にと言うべきか、一層のこと顔の良さを引き立てる。

 惜しむらくは、ズボンの裾がやシャツの袖口が寸足らずなことだ。


「あまりお身体に合っていませんでしたね」

「少し肩回りが窮屈には感じるが、いや、これで大丈夫だ」


 陛下はその服が珍しいのか、しげしげと眺めまわしている。

 自分用には、丈の長めの黒いカーディガンとニット帽を買った。

 カーディガンのボタンを留めて着れば、セーラー服だということは取り合えず誤魔化せる。

 自販機を見つけた私は、喉の渇きを覚えたこともあってミネラルウォーターを二本買った。

 これを、と言ってペットボトルを手渡すと、陛下は不思議そうな顔で受け取った。


「美夜、これは……?」

「これはペットボトルと言いまして、このように開けます」

「おおっ」


 私が自分の分のペットボトルを開けてみせると、大きく目を見開いて驚いた。

 よく考えれば、ペットボトル入りの飲料など見るのも初めての筈だ。


「珍しい水筒だな。軽くて、しかも丈夫そうだ。こんな材質は初めて見た」

「プラスチックという……えーっと、人工的に作り出した素材です」

「ぷらすちっく? なるほど、こんなものはブラギルフィアにはないな。軽量で、しかも水をしっかり封じ込めておけるとは、凄い技術だ」


 ほぉ、と感嘆の溜息を漏らしながらペットボトルを眺め回す。

 まさかペットボトル一本でこんなに感動してもらえるとは思わなかった。

 でも、考えてみれば、私にとってはごく当たり前のものでも、陛下には見るもの全てが新鮮なのだ。


 陛下までこの世界に来てしまったのは、想定外の事故のようなものだったけれど、せっかくだから楽しんでもらえればいい。

 私は、そんなことを思った。


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