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獅子王陛下の幼妻  作者: 小鳥遊彩
第三章
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47話「完璧な瞬間」

 優しい手に支えられながら、ゆっくりと身体を起こす。

 陛下は慎重に私の身体を抱き上げると、寝台の側に置いた車椅子へと乗せる。

 その一連の動作の間、私は私で陛下に寄り掛かり、遠慮なく身体を預けさせてもらった。


「美夜、痛みや違和感はないか?」


 さっきも念入りに確認したばかりの車椅子を再び検めながら尋ねる陛下に、私は問題ないという旨を伝える。

 陛下は安堵の表情を浮かべると共に、私の肩へとストールを掛けた

 その周囲には三人の侍女が控えている。

 サーシャとロザリンドは無表情だけど、マルガレータだけは苦笑気味に言った。


「いやぁー……あたしたちがすること、ないですねぇ」


 混ぜっ返すような言い方をする彼女を、サーシャが視線で咎める。

 けれども本人はお構いなしという様子で肩を竦めるだけだった。


「すまない。君たちの仕事を奪ってしまったな」


 本気で申し訳なさそうな顔をする陛下に、マルガレータは慌てて首を左右に振る。


「いえいえ! そんなこといいんです、全然! むしろ、仲が良くて何よりっていうか。や、失礼しました」


 サーシャに脇腹を抓られ、慌てて口を閉ざした。





「随分と春めいてきましたね」


 陛下と共に庭へ出た私は、そんな感想を口にした。

 彼もまた、頷いて同意の意思を示す。


 ミモザの季節が終わり、今は木蓮の花だ。

 色も大きさも様々な花が、枝葉を彩っている。

 地面にはカモミールやローズマリーといった素朴な花、ノースポールのような可憐な花、実に多くの花が見られる。


「この庭は、テオセベイアが好んで過ごした場所だ。彼女が去った後も、そのままの姿で残してあるんだ」


 私を乗せた車椅子を押しながら、陛下はそう言った。

 テオセベイアがまだこの地にいた頃、この王城の実質的な主は彼女だった。

 そもそも、テオセベイアのために建てられた居城なのだ。

 テオセベイアが去った今も、多くの人はいつか彼女がこの地に戻って来ると考えている。

 彼女の愛した庭やお気に入りの設備の大半が大切に残されているのも、そういった想いに基づいてのことなのだろう。


 アスヴァレンに例の話を聞いてから、一週間が経過した。

 その間、私は侍女や医師からの手厚い看護を受けながら順調に快復へと向かっている。

 今の調子なら治癒の儀を受けられる日も近いと、私の主治医が保証してくれた。

 あまり寝台で寝たままでいるのも良くないということで、今日は外出の許可が出た。

 正確には、陛下が気を利かせて主治医から許可を取ってくれたのだ。


 あの日以来、彼は時間を見つけては私に会いに来てくれる。

 私は私で、身体の自由が利かないのをいいことに、陛下の厚意に存分に甘えることにした。

 陛下としても迷惑がるどころか、むしろ私に頼られるのが嬉しいみたい。

 それこそ、うっかり侍女たちの仕事を奪ってしまうぐらいに。

 もっと早くからこうするべきだった、かもしれない。


 そんな私たちを、マルガレータは微笑ましく……かどうかはわからないけど好意的に見守り、サーシャは完全に無表情を貫いている。

 ロザリンドは何を考えているかわからないけど、多分、あまり関心がないのだと思う。


 マティルダは、驚くほど大人しくなった。

 特別に親切というわけではないけれど、私に嫌味や意地悪を言うこともなく、黙々と自分の務めを全うしている。

 おそらくは引け目もあるのだろう。

 何しろ、本来なら綻びを発見・修復して禍女の侵入を防ぐのはクラヴィスの役目だ。

 なのに、よりにもよって王城の最奥部を侵されたのだ。


 この一件は他の臣下たちにもすぐに伝わり、マルガレータに聞いた話によるとクラヴィスを神使の地位に留めておくことを疑問視する声は、一層強くなっているのだとか。

そして、私はそこに光明を見出している。


「ここの花々は、二百年前から季節の巡りを見て来たのですね」

「そうだな。主が去った後も、毎年花を咲かせ続けた」


 綺麗に整備された石畳の上を、車輪が滑らかに転がって行く。

 私が興を惹かれるものを見つける度、陛下は立ち止まってくれる。

 唐突に風が吹き付け、私の左肩部分にかかったショールが捲れ上がった。

 肘から先がないため、押さえておけないのだ。

 陛下は慌てて風を遮る位置へと移動し、優しい手付きでショールをかけ直してくれる。


「ありがとうございます、陛下」

「いや。それよりも美夜、寒くはないか?」

「平気です。ちゃんと暖かな服を着せていただきましたから」

「そうか。なら、いい」


 陛下は安堵の笑みを浮かべて、少し乱れた私の髪を整える。

 指先が頬に触れた時、心臓が跳ね上がるのを感じた。


 私の目を見つめる陛下の眼差しはどこまでも優しく、次に起こるであろうこと……というか、起こって欲しいことを意識し、鼓動が速くなる。

 けれども、特に何事もないまま、陛下は私の頭にくっついていたと思しき葉を摘まみ取った。


「今の風で飛んで来たのかな」

「……そのようですね」


 落胆しながら、頷いておいた。

 私が負傷してからというもの、陛下は私に触れることへの躊躇いがなくなった。

 それはそれは甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。

 まるで、生き別れの兄は本当は陛下だったのではと思うほどに。


 確かにそういうのも悪くないのだけど、それだけでは不十分なのだ。

 その葉を落とそうとする陛下の手に、自分の手をそっと添える。

 少し驚いた顔をする彼を見つめて言った。


「この葉っぱを持ち帰ってもよろしいでしょうか?」

「ん? ああ、構わないが」


「押し葉にして、栞にしたいと思います。

 今日の記念に、なんて言ったら子供っぽいですけど」


 言いながら、添えた手にぎゅっと力を入れる。

 私の手のほうがずっと小さいから、包み込むというわけにはいかないけれど。

 そんな私を見て、彼は柔らかく微笑んだ。


「いや、かわいらいいと思う。そうだ、せっかくだから他の花やクローバーも探そうか。この葉に、小さな花を添えるのもいいな」

「素敵ですね」


 そんなことを話しながら、私たちは庭の散策を再開した。

 木漏れ日の間から透明な光が降り注ぎ、地表を暖める。

 春先の庭は、至るところから生命の息吹を感じた。


 そして、今、この庭にいるのは私と陛下だけ。

 平穏そのものを閉じ込めたような、完璧な瞬間だ。

 色々と対面しなければいけない問題があるとわかっていても、全て後回しにして、今はこの完璧な瞬間を甘受したい。

 欠損した四肢もクラヴィス=クレイスも、陛下の実子の存在も、何もかもが些末なことに思えてくる気がした。


 ……ふと、肩越しに振り返ると、やはり少し離れた場所に例の従騎士の少年がいるのが見えた。

 ああ、そうだ、彼のことを忘れていた。

 陛下の従騎士で、確かシルウェステルと言ったか。

 彼は常に陛下に付き従っているため、厳密には二人きりになることができない。

 陛下の立場上、こればかりはどうしようもない。


 春の陽気が見せた一時の夢から醒めた心地である。


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