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獅子王陛下の幼妻  作者: 小鳥遊彩
第三章
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44話「出生の秘密」

「主神が創り上げた、六柱の神々」


 アスヴァレンは抑揚のない声で呟いた。

 その言葉の意味をすぐには理解することができず、暫しの間、彼の顔を見返していた。

 ようやくその言葉の意味が脳に浸透したけれど、神と言われてもあまりぴんとこない。

 あまりにも荒唐無稽に感じた。


 神と聞くと、どうしてもただの概念としてしか捉えられない。

 実在し、生身の人間に影響を与えられるようなものなのだろうか。

 でも、よく考えれば私の祖母は姫神テオセベイア、即ち八柱目の神だ。

 そのことを踏まえると、アスヴァレンの言葉もそう不可解なことではない気がする。


「その六人、というか六柱の神がミストルト王家を呪っているのですか?」

「そう。ロスヴェルグ、ノルヴァール、カルデア、ディアルファス、ルナリーフ、ノクターナ。主神メリールゥを除く六柱の神々さ」

「でも、いったいどうしてですか? どうして神々が王家を呪うのです?」


 私は、自分でも驚くべき順応の速さで、アスヴァレンの言葉を受け入れていた。

 もしかすると、自分にも神の血が流れている故なのか。

 暫しの沈黙の後、アスヴァレンはこう尋ねた。


「君、この世界の創造神話についてはどの程度知ってる?

特に、僕たちの敬愛すべきおばあ様のこと」

「母によく聞かせてもらっていたので、だいたい知っていると思います。

主神が六柱の神々を創造し、その六柱の神々が人間たちを創造した。

ところが人間たちは互いにいがみ合い、与えられた知性や能力を殺し合いのために使った。

そのことを嘆いた主神は、八柱目の特別な神を創造し、原初の女性となる『彼女』を地上へと遣わした。

それこそが姫神テオセベイアで、彼女は神でありながら人に近い性質も持ち合わせている。

……と、こんなところでしょうか」

「ん、合ってるよ。にしても、よく覚えたよねーそんな退屈な話」

「た、退屈な話って」


 幼い頃、私は母からブラギルフィアの話を聞くのが大好きだった。

 そしてそれらの話は、母亡き後も私の励みとなってきた。

 それを「退屈な話」呼ばわりされて、むっとしてしまう。


「実はその話には続きがあるんだよね」

「続き……?」

「うん。地上に降り立った末妹のため、兄神たちは彼女を守るための人間を贈ろうとした。

自分たちが創造した中でも、特別に優秀な人間さ。因みに、彼らは各国の王侯貴族の祖先でもある。

でも、姫神はどれも気に入らなかった」

「お眼鏡に叶わなかったというわけですか」

「そういうこと。だからって、大事な大事な」末娘を単独で地上にほっぽり出すわけにもいかない。そこで主神は、腕によりをかけて自ら人間を創造することにした。それが、初代ブラギルフィア王……ミストルト王家の祖先さ」

「ああ……」


 私は曖昧に答えて頷いた。

 無神論者で、進化論を疑いなく信じて育った私には神が人間を創造しただなんて俄かには信じ難い話だけど、すんなりと受け入れることができた。


 陛下の姿を思い浮かべる。

 その佇まいはどこまでも凛々しく美しく、生まれながらに人の上に立つことを定められたかのような器量の持ち主だ。

 まさに、神に愛されているとしか言い様がないほど。

 それがただの比喩でないと言うなら、納得のいく話だ。


「完璧なまでに整った容姿、文武両道にして高潔。まさに、人の身でありながら神々をも凌駕する傑物だった。テオセベイアも、一目で彼を気に入ったんだってさ」

「……当然ながら、六柱の神々としては面白くないでしょうね。って、まさか」

「いや、それが理由で王家に呪いをかけたわけじゃないよ。もちろんミストルト王家のことを快く思ってなかっただろうけど」


 考えてみれば、確かにやっかみだけで呪いをかけるようなことはしないだろう。

 主神が文字通り精魂を込めて創り上げ、愛する末妹にとっても大事な存在だ。

 内心、苦々しく思っても、表面だけでも祝福せざるを得ない。

 アスヴァレンは顔を顰めて言葉を続ける。


「全ての元凶はアークヴィオンとテオセベイアだ。そして」


 そこで言葉を切り、真っ直ぐに私を指差す。


「君だよ」

「え……」


 私は言葉を失い、ただ彼を見返すことしかできない。

 元凶は、私?

 この私が?


 そういえばアスヴァレンは、陛下の苦しみの原因が私にあるかのようなことを言ったっけ。

 でも、いったいどういうこと?

 暫しの間呆然として、それからやっとの思いで口を開いた。


「……人を指差すのは大変失礼な行為です」

「そりゃ悪かったね」


 意外にも素直に聞き入れ、彼はその手を下ろした。


「その二人は何をしたのですか?」

「アークヴィオンは錬金術師だった。それも、史上最高と言っても過言じゃないほどの。テオセベイアは、彼の……っていうか、ミストルト王家の子を産みたがってた。彼女は、母親になることに憧れを抱いてたらしいよ」


 そう言って、僅かに唇の端を吊り上げる。

 皮肉めいた笑みとさえ言えない、心の底から馬鹿馬鹿しいと思っているかのような表情。

 それを見た私は、何だかわからないけどムカムカとした。

 でも、一先ずはその苛立ちを抑えて問いかける。


「それまで産む機会はなかったのですか?」

「無理だよ。テオセベイアに生殖機能はない」

「え……」


 私は再び言葉を失った。

 でも、よく考えればそこまで驚くことではない。

 私と兄がテオセベイアの孫なら、他にも彼女の血に連なる者がいるのではないか、そう考えていた。


 でも、テオセベイアの子に関する逸話は、書物や絵画の中には一切存在しない。

 人と子を成すことができないというなら、腑に落ちる。

 アスヴァレンは肩を竦めて言葉を続ける。


「アークヴィオンにも、テオセベイアが有性生殖で子を授かれるようにすることは不可能だった。

そこであの男は、研究に研究を重ねて、新たな魂を創造したんだ」

「魂の、創造」


 呆気に取られながら、その言葉を反芻する。

 何だかよくわからないけれど、それはとても不味いことのように思える。

 そう、まるで……。


「そう、神の領域を侵したんだよ。本来、人間には許されない……いや、到達できる筈のない業だった」


 そう語るアスヴァレンの顔には、何とも複雑な表情が浮かんでいる。

 恨み辛みもあるのだろうけれど、そこには認めたくない称賛と嫉妬の色も見受けられた。

 多分きっと、自分に祖父ほどの力があれば陛下を救えたのにという悔しさだろうか。


「アークヴィオンは自分とテオセベイアの細胞から創った人形に、その魂を入れた。魂を宿したそのお人形こそ、僕たちの愛するパパだよ」

「……なるほど」


 私は小さく頷いた。

 驚くべきことを聞いた、とは思う。

 とは言え、あまり実感が沸かないというのが正直なところだ。

 何しろ、私は今まで父親というものを知らずに生きて来た。

  その父親が、人間ではなく人形……正しくは人造人間と呼ぶべき存在だと聞いても、今一つぴんとこない。


「あんまり驚いてないね?」

「そういうわけでもないのですが」

「まぁいいや。とにかく、アークヴィオンの行ったことは紛うことなき禁忌だ。

でも、あいつにとってはそれさえ通過点に過ぎなかった。アークヴィオンの最大の目的は、第二のテオセベイアを創造することだったからね」


 それを聞いた瞬間、思わず顔を上げた。まさか、と呟いた声は掠れてしまって殆ど声になっていなかった。

 脳裏に浮かんだその考えを肯定するように、アスヴァレンは小さく笑った。


「テオセベイアの遺伝子を受け継いだ人形、彼に子供を産ませようとあの男は考えた。

そこに現れた稀人、それがミオコ=スメラギだったってわけさ」

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