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獅子王陛下の幼妻  作者: 小鳥遊彩
第三章
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42話「感動の再会」

 沈黙が落ちた部屋に、アスヴァレンが……我が親愛なる兄がお菓子を食べる音だけが響く。

 その沈黙を破ったのは私だった。


「アストルフォ兄様。……私の、兄様」


 半ば呆然としながら、改めてそう口に出した。

 そして、再び沈黙が落ちる。

 つい、と視線を反らして訂正するように「アスヴァレン」と呟く。


「今後もそう呼びますね?」

「うん、そうして」


 どう考えても、彼を「兄」と呼ぶなど無理難題だ。

 私の提案に、彼は頓着することなく頷いた。


 これが、私と兄との感動の再会だった。

 元の世界にいた頃、ずっと会いたかった兄がアスヴァレンだと知った私は多大なショックを受けた……かというと、特にそんなこともない。

 アスヴァレンと初めて顔を合わせた時、不思議とどこかで会ったことがある気がした。

 ある意味では、陛下よりもずっと親近感のようなものを感じた。

 それに、知り合ってまだ間もない内から彼に対してはなかなかにぞんざいな口の利き方をしていた。

 振り返ると、無意識の内に近い血の繋がりを感じていたのかもしれない。


「君は僕と違って、なーんにも覚えてないみたいだけどね?」

「え? 覚えていない、と言われましても。私が生まれたのは、母が元いた世界に戻ってからです」

「だから、ミオコの胎内にいた頃のことは何も覚えてなくても仕方ないって言いたいのかい?」


 私は言葉に詰まる。

 図星だったからじゃなくて、こんなことまで責められるのかと驚いたからだ。


「具体的に、私は何を忘れてしまっているのですか?」


 脳内に溢れる情報を探ってみたけれど、自分の目で見たブラギルフィアの記憶は、このごく最近のことだけしかない。

 アスヴァレンは、私の問いかけに「さぁね」と投げ遣りに答える。

 彼が何を言わんとしているのか気になるけれど、今は答えてくれそうにない。


「いつから気付いていたのですか?」

「最初から、かな。君の名前は、あの二人が『妹』に付けるつもりだった名前と一緒だからね。

それで、気になって君の髪の毛を一本失敬して鑑定してみたんだ」

「えっ」


 思わず声を上げてしまった。

 知らない内にそんな行為をされていたことへの不満と、DNA鑑定のような技術があることへの驚きとを込めている。


「……それはさておき、陛下はこのことをご存知なのですか?」

「うん、知ってるよ。君が現れたその翌日に話したからね」


 ということは、陛下はずっとその事実を知った上で私に接していたということか。

 これをどう捉えるべきかと考えた時、ふと、ある疑問が過った。


「あの、私の……私たちの父は、ミストルト王家の者なのですよね?」

「うん。アークヴィオン……二百年ほど前に存在したブラギルフィア国王、その子息にあたるエブラール。

表向きには彼の弟ってことになってるアルヴィース。このアルヴィースこそが僕たちの父親だね」


 ……弟ということになっている?

 その意味深な言い方が気になったけれど、それ以上に看過できない事実を知ってしまった。


「ということは、私たちの父……の父にあたる方は、陛下のご先祖様ということですか? それも、二百年も前に存在した」

「そうだよー」

「まさか、そんな」


 私は言葉を失ってしまう。自分の理解を超えた事実を知ったことで、何だか頭がクラクラしてきた。

 母は二百年前にこの世界に来て、そして王弟アルヴィースの間に二子を授かった。

 その二人目の子、つまり私を身籠もった母は元の世界へと戻って私を出産した。

 母の帰還から十年近く経ってこの世界にやって来たわけだけど、既に二百年もの月日が経過していた。

 つまりはそういうことである。


 ……考えれば考えるほど、事態の大きさを実感して余計に混乱するのは気のせいではないだろう。

 二百年も経過したとなれば、さすがに父も既に墓の中か。

 そう考えた時、私はあることに気付いてはっとした。


「アスヴァレンはいったい何歳なのですか?」


 その質問に、彼は明後日の方向に視線を向けると同時に、今まで以上のペースでお菓子を食べ始める。

 カリカリ、ポリポリ、妙に小気味良い音が短い間隔で部屋に響き渡る。


「エルよりちょっとだけお兄さんかな」

「……そうですか」


 独白のような呟きに、これ以上触れてはいけないと感じた私は曖昧に頷いた。

 それに、気になることはまだまだある。


「私たちが兄妹であることを陛下がご存知なら、私がミストルト王家の者であること、本来なら私がこちらの世界で生まれる筈だったこともご存知ですね?」

「うん」

「前にアスヴァレンは、私が稀人だから狙われやすいため、それ故に陛下が私を守ってくださっているのだと言いましたね? 

でも、私は実際には稀人ではなく……」

「君が言いたいことはわかるよ。だったら帰らなくてもいいじゃないか、とかそういうことだろ?」


 嘆息混じりのその言葉に、私は小さく頷いた。


「……君の立場は、君が思ってる以上に微妙かつ際どいんだよ」

「それは、私が姫神テオセベイアの孫だからですか?」

「ま、そゆことだね。でも、エルが君を帰したがる本当の理由はそこじゃないよ」

「では、本当の理由とは何なのですか?」


 アスヴァレンに当たっても仕方ないと理解しつつも、語気が荒くなってしまう。

 陛下は私のことが好きな筈だ。

 そして私は彼と同じミストルト王家の血筋で、ここにいたいと願っている。

 これだけの条件が揃っていて、元の世界に帰したがる理由とはいったい?


「エルはね、君は生まれ育った世界を……そこで育んだ絆、つまり家族や友人を大事にするべきだと考えてるんだ。


 そう言われても、はいそうですかと納得はできない。

 元の世界には、私が再び会いたいと思えるような者はいない。


「でも、そんなの……」

「それがあの子の価値観なんだよ。自分のわがままで美夜を引き留めるべきじゃない、そう言ってた」


 アスヴァレンの言葉に、私は大きく目を見開く。

 それはつまり、陛下も本心では私に帰って欲しくないということ?

 そこに光明を見出したけれど、アスヴァレンはあっさり希望を打ち砕いた。


「でも、エルの意思は覆らないよ。あの子は、ちょっと……頑固なとこもあるからね。

ま、そういうところもかわいいんだけどさ」

「そ、そんなぁ……!」


 思わず情けない声が零れ出た。

 そんな私を見つめながら、アスヴァレンはすっと目を細める。

 何だか纏う空気が変わった……気がする。


「僕もエルの意思を尊重するつもり、だった」

「だった……?」


 過去形、ということは今は違うのだろうか。

 けれども、私の味方をする気になったというわけでもなさそうだ。

 というよりも、私を見つめる彼の目は完全に据わっている。


「エルは僕が所持するフィリス・リュネを君に使うつもりだ。これはもう決定事項だからね、覆らない。あの子は、君が回復すれば元の世界に帰すつもりだけど、その前に一仕事してもらうよ」

「仕事……ですか?」


 大人しく元の世界に帰る気など更々ないのだけど、その件については一先ず脇に置いておこう。

 アスヴァレンの放つ見えない重圧に気圧されながら、私は頷いた。


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