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獅子王陛下の幼妻  作者: 小鳥遊彩
第一章
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3話 「非の打ち所がない美少女」

 バンビに目を付けられたきっかけ自体は、些細なことだ。

 ただ、それまでに土台は出来上がっていたのだと思う。


 私は昔から女子グループというのが苦手だ。もっと幼い頃は何とか馴染もうとしたこともあったのだけど、結局は徒労に終わってしまった。

 故に、いつからか無理にグループに属さず単独で行動するようになっていた。

 でも、学校という数多の暗黙のルールに縛られた閉鎖空間では、一匹狼というのは浮いた存在だ。ただ友達がいないというだけなら、放っておいてもらえたのだろう。

 ところが、私の場合は容姿が良すぎるせいで却って悪目立ちした。

 上手く立ち回れば、バンビみたいにクラスメイトに一目置かれる存在になれたのかもしれないけど、私は口下手だし、そういった立ち回りも苦手だ。


 事が起きたのは、数日前の昼休みのこと。

 私のクラスの担任で生物学の担当でもある長瀬先生は、年若く風采も良いため、入学式の時から「イケメン教師」として新入生の間で話題になっていた。

 しかも、彼の母親はこの学園の理事長である。

 ある日、理事長その人が昼休みに校舎内を歩き回り、息子が担当しているこのクラスにも顔を覗かせた。


 彼女は私の養母よりも年上の世代の筈だけど、若々しさと洗練された雰囲気を持ち、人を惹き付ける魅力のある女性だった。

 理事長、しかも自分たちの担任の母親の登場に、クラス中が沸いた。

 そんな中、彼女は私の胸元の名札を目敏く見つけて、「あなたが(すめらぎ)さん?」と嬉しそうに言った。

 私は、理事長がどうして自分を知っているのかわからないし、「あ、はい」と曖昧に頷くことしかできなかった。


「息子から聞いてるわよ。クラスに一人、芸能人顔負けのかわいい子がいるって!」


 ぴきっ。



 理事長がそう言った瞬間、クラス中の空気が凍り付き亀裂が入る音を、確かに聞いた気がした。


(これは良くない流れだわ)


 今すぐこの場から走り去りたかったけれど、理事長はこの空気に気付いてすらいないようだった。


「あらまぁ、本当にかわいいわねぇ。お肌は真っ白、髪はつやつや。まるでお人形さんみたいね」


 凍り付いた空気の中、理事長は無邪気に笑う。

 一方、私はと言えば、「ありがとうございます」と言うだけで精一杯だった。

 もしかしたら、ここは「そんなことありません」とでも言うべきだったのだろうか……否、どんな対応をしたところで、バンビたちの不興を買うことは避けられなかったか。


 国が定める法律とは別に、子供社会には子供社会の秩序がある。

 例えば、クラス内で「一番かわいいのはこの子」だという決まりができてしまえば、内心でどう思っていても、クラス全員がそれを認めなければならない。

 でも、子供社会においてはとても強固なこの掟にも弱点はある。

 それは、外部からの「攻撃」には滅法弱いということだ。

 先生や親といった、秩序の外にいる誰かが意見を口にすれば、それは時として残酷な真実と成り得る。

 「誰か」が、その集団に対して強い影響力を持つ者であればあるほど、必然的に破壊力も大きくなる。


 私こと皇美夜は、非の打ち所がない美少女だ。


 透き通るような白い肌に、玉虫色の光沢を持つ長い髪。ぱっちりした大きな目を長い睫毛が縁取り、顔立ちは理事長が言ったように精巧な人形のように整っている。

 背が少しばかり低いことは否めないけれど、常日頃の努力もあって、姿勢もスタイルも申し分ない。

 これは、別に自慢でも自惚れでもなく、ありのままの事実である。


 とは言え、美というものが常に正しく理解されるかと言うと、決してそうではない。

 ある者が白いと言えばカラスも白くなる、という言葉があるように、この世の中では何らかの「力」を持った者の発言が重視され、そして人は得てして同調圧力に弱い。

 クラス内には、私が美少女であることに気付いていた者も多くいると思う。でも、「バンビちゃんが一番かわいい」という秩序が出来上がっている中で、そう口にすることは反逆行為に他ならない。

 理事長のしたことは、秩序の中心に一石を投じるようなものだ。その一石は、恐竜を滅亡させたと言われる隕石並みの威力でもってバンビ王朝へと降り注いだ。

 なのに、彼女たちの中での大戦犯は理事長ではなく、あくまで私になっている。

 理不尽だけど、、世の中そんなものだ。


 ……とまぁ、こんなことがあって、私の高校生活は既に順調とは言い難いものとなった。

 いじめ、とはとても言えない。でも、気のせいのようで気のせいではない小さな嘲笑や陰口の積み重ねは、それこそ真綿で首を絞められているみたいに私の心を苛む。


(早く飽きてくれるといいのだけど)


 そうこうしている内に、予鈴が鳴ったために各自が席へと戻り始める。そんな折に、控えめな声で背後から私に話しかける子がいた。


「皇さん、大丈夫?」


 バンビの取り巻き、それも一番下っ端ポジションである鈴木サヤカだ。

 彼女はクラス内では唯一の私と同じ中学校出身者で、前にも同じクラスになったことがある。

 私は何でもないような顔で笑って、首を傾げる。


「え? 何がかしら?」

「あ、うん。だったらいいんだけど……」


 彼女は曖昧に答えて、すぐに口を噤む。

 まぁ、無理もない話だ。

 こんなところをバンビたちに見られたら、反逆者のレッテルを貼られかねないもの。

 サヤカとは、中学生の時も特に親しいわけではなかった。

 でも、彼女としては慣れない環境で顔見知りを見つけて安心感を抱いたのだと思う。

 席が名簿順になる関係で私のすぐ前に座った彼女は、入学当初から暫くはよく私に話しかけてきた。

 バンビ一味に加わったこと、何よりリーダーのバンビが私を攻撃対象と見做したことで、私と距離を置くと決めたものとばかり思っていたけれど、多少は引け目を感じているということか。


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