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獅子王陛下の幼妻  作者: 小鳥遊彩
第二章
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38話「救出」

そんな、どうして。

 何故、陛下がここにいるのだろう。

 帰還まではまだ日数があった筈だ。

 そう言いたくても上手く声を発することができない。

 私は目を見開き、信じられない思いで陛下を見つめる。


 驚き、安堵、そのどちらも正しくてどちらも違う。

 この時の気持ちをどう形容すべきか、私にはわからない。

 ただ、息苦しくなるほどの切なさが胸を満たすのを感じた。


「美夜」


 そう言って私を見下ろす陛下の顔に、僅かながら安堵の色が浮かぶ。

 けれども、それはすぐに痛ましい表情へと変わった。


「アスヴァレン、美夜を頼む」

「はいはーい、お任せー」


 陛下が呼び掛けると、緊張感のない声と共にアスヴァレンが姿を現した。

 陛下は私を彼へと渡すと、剣を引き抜いてあの化け物のほうに向き直る。

 そういえばあいつはどうなったのだろうか。

 見れば、黒い帯状のものがその身体に巻き付き、動きを封じている。

 少し離れた場所には従騎士の姿があり、どうやら「これ」を行っているのは彼のようだ。


「陛下……!」


 化け物に向かって駆けて行く陛下に呼び掛けたけれど、その声はあまりにも小さかった。


「ちょっと厄介な奴だけどそんなに上位の禍女でもないし、エルなら大丈夫だよ……っと」


 私の手足には、まだあの醜怪な生き物が何匹も噛み付いている。

 アスヴァレンが手を翳すと、それは拉げた蛙のような悲鳴と共に灰となって崩れ落ちる。


 これも錬金術の一種だろう。

 全てのものはエーテルから構成されており、物体の性質を決定付けるのがエーテル構造式だ。

 そして、錬金術はエーテル構造式を自由に書き換えることを可能とする。

 でも、生命体のエーテル構造式は無機物のそれよりも複雑かつ強固で、錬金術でも書き換えることはできないと聞いた。

 もしかすると、サヤカが吐き出したこの生き物は厳密には生命体ではないのかもしれない。

 気が付けば、私に纏わり付いていた生き物は全て消えていた。


「随分と遅かったですね」

「……開口一番がそれかい?」


 私の言葉にアスヴァレンは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 あの生き物が一掃されたとは言え、奴らがもたらした痛みはまだ続いている。

 怪我の状態はよくわからないけれど……いや、正確には知るのが怖いというのが本心だ。


 普段は、いきなり現れては私が食べようとしていたお菓子を横取りしていく癖に、肝心な時にいない彼に無性に腹が立ってきた。


「私を守るのではなかったのですか?」

「う、それは、うん。わ、悪かったよ。でも仕方なかったんだよ。『これ』は神使の管轄だもん」


 珍しく弁解めいた弱気な発言をするアスヴァレン。

 物理的な脅威から民を守るのが、国王であり騎士の役目だ。

 彼のような錬金術師も、そちらに属する。それに対し、神使は神秘的な脅威に備えるためにいる。

 以前、陛下からそう聞いた時はその意味がよくわからなかったけれど、今なら理解できる。

 神使の役目、あるいは存在意義についてもようやく実感が沸いてきた。


 神秘的な脅威とはあまりに漠然としているけれど、つまりは空間に生じた綻びもその一つの筈だ。

 サヤカが現れた綻びも、本来なら神使ことクラヴィスが早期に発見して対処しておくべきだったのだ。

 私はいち早く綻びに気付いていたけれど、それを誰かに言って信じてもらえる自信がなくて口を噤んでいた。

 もっと早くに誰かに話しておけば……なんて今更言っても遅いけれど。


 思えば、私が現れた時のレイドリックたちの反応は過剰だった。

 少女一人に警戒しすぎだと思ったけれど、「変異が始まる」というのはつまりこういう事態を指していたのだ。

 この場合、アスヴァレンの言い分は確かに正しい。

 錬金術師、それに変成術師も物理的な問題へ対処に長けているけれど、綻びを見つける目は持っていない。

 さすがにこんな事態は予測できなかった筈だ。

 そもそも綻びを自ら広げたのは私であり、自業自得と言えなくもない……かもしれない。


「ま、思ったより元気そうで安心したよ。にしても、うっ、君さー重いんだけど」


 私を抱え上げたアスヴァレンは、嘆息混じりに言った後、余計なことまで口にする。

 何か言い返してやりたかったけれど、正直言って心身共に限界だった。

 助け出されたことへの安堵感も手伝ってか、急速に意識が遠のいていくのを感じる。


「ギョァアアアアアアアア!」


 大気を劈くような悲鳴が、私の意識を強引に引っ張り上げた。

 視線を向ければ、化け物の……サヤカの身体から斬り離された腕が虚空を舞うのが見えた。

 陛下はそのまま勢いを殺すことなく、サヤカへと肉薄し、躊躇なく剣を一閃させた。

 サヤカの頭部が均衡を崩し、胴体と別れを告げる。


 それが、私の見たサヤカの最期だった。

 他人事のようにその様子を眺めながら、今度こそ私は意識を手放した。

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