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獅子王陛下の幼妻  作者: 小鳥遊彩
第二章
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34話「会いたい」

少しの間、うとうとしていたみたい。

 控えめに扉を叩く音が、私の意識を引き上げた。

 応じるべきか、それとも放っておくべきか思案していると、今度は扉越しに声が聞こえた。


「王女殿下、あたしです、マルガレータです」


 その声が抑え気味に聞こえるんは、扉越しだからというだけではなさそうだ。

 まるで、他の者に聞かれたくないというように。

 少し悩んでから、私は返事をした。


「開いています」

「ちょっといいですかね?」

「ええ、どうぞ」


 失礼します、そう言って彼女はそそくさと部屋に入って来た。

 さり気なく室内を見渡すのを、私は見逃さなかった。

 何か内密に伝えたいことでもあるのだろうか。


「何か忘れ物でも?」


「や、そういうわけじゃないんですけどね」


 マルガレータの様子を観察しながら、私は小さく首を傾げてみせた。

 彼女は私の視線から逃れるみたいに、部屋の中をぐるりと見回して言った。


「いつも思うんですけど、素敵なお部屋ですよね」

「私もそう思います」

「知ってます? この部屋ね、もうずっと何年も前、あたしが宮仕えを始める前から用意されてたんですよ」

「はい、そう伺っています」


 少しばかり驚きながらも、努めて平静を装いつつ答えた。

 マティルダの言葉の端々からそれらしいことは覗えたけれど、そんなに前から用意してあったとは思わなかった。


 陛下は、本当に私との邂逅を心待ちにしていたのだ。

 その事実を改めて思い知り、胸を打たれるような思いだ。


「神使様に会われて、どう思いました?」

「え?」


 予想外の言葉に面食らってしまう。

 神使についての噂は、御法度という空気感がある。

 もっとも、人の口に戸を立てられないとはよく言ったもので、彼女に纏わる噂を何度か耳にしたことがある。

 だいたいはあまり良くない内容……彼女が神使という地位に就いていることへの疑問、血統や立場に対する揶揄だ。


「少し変わった方という印象を受けたわ」

「……ですよねー」


 当たり障りなく答えると、マルガレータはへらへらと笑った。

 それから声を潜め、「ここだけの話……」と切り出す。

 私は表面上は涼しい顔をしながら、耳はダンボ状態で「ここだけの話」とやらに聞き入る。


「ご子息、つまりアトロポス殿下が亡くなられてからは、現神使様にその地位から退いてもらおうって声も少なくないんですよ」

「まぁ」

「王女殿下、もう少しの辛抱かもしれないですよ?」

「え?」


 ははぁ、なるほど。マルガレータが何を言わんとしているのか、ぴんときた。

 でも、あくまで私は世間擦れしていない深窓の令嬢の顔で、きょとんと首を傾げる。


「あの、よくわからないのだけど。マティルダが、私にきつく当たるのを止めてくれるということかしら」

「ま、そんなところです」


 マルガレータは適当に言葉を濁し、それから申し訳なさそうに苦笑する。


「その件なんですけど、本当にすみません。あたしたち、マティルダさんに逆らえないんですよ。

あの人がクラヴィス様のお母様ってこともあって、言い方悪いですけど幅利かせてるーみたいな?

本当は王女殿下を庇ってあげたいんですけど、あたしも下手したら職を失っちゃう危険もあるんですよね」

「まぁ、それはいけないわ。詳しい事情はわからないけれど、マルガレータがいなくなったら困るもの」


 私は口元に手を当てて、無邪気に言った。


 神使というのは、女性がその地位に就くということ以外は法則らしい法則がない地位である。

 もちろん求められる能力というのもあるけれど、それは希有な能力な上に実証しにくい。

 王妃がその地位を兼用することがあるように、神使というのは象徴という意味合いが強い。


おそらく、王宮内においてクラヴィス=クレイスという女を持て余しているのだ。

 彼女は一介の侍女でありながら先王の子を孕み、今度は先王の息子であるエレフザード陛下の子まで産んだ。

 正式な王妃にできない彼女の格好の受け皿が、神使だったのだろう。

 それに、アスヴァレンが言うには「アトロポス」の人格を抑える目的もあるらしい。


 マルガレータは、どうやらクラヴィスが近々神使の地位を追われるのではと予測しているようだ。

 その根拠にしているのが、私の存在だ。

 彼女は、私こそが次期神使だと考えている。


 私自身にその自覚はないけれど、陛下はそのつもりで何もかも用意している……というのが彼女の見立てだろう。

 実際は違うけれど、何年も前から用意しておいた部屋に住まわせ、陛下自ら気に掛ける存在となれば、そう思うのも無理はない。

 早い話が、マルガレータはそれを見越した上で私に自分を売り込んでいるのだ。

 残念ながら、陛下は私を元の世界に帰そうとしているのだけど、マルガレータには知る由もない。


 とは言うものの、別に馬鹿正直に彼女に話す必要はない。

 むしろ、そう思わせておいて味方に引き込むほうが何かと便利なのではないか。

 マルガレータは軽率でお喋りが過ぎるきらいはあるものの、その分様々な噂話に精通している。

 上手く利用すれば役に立ってくれるだろう。


 私はそう判断し、花の顔に愛らしい笑みを浮かべる。


「ありがとう、マルガレータ。お陰で元気が出たわ。

マティルダったら、私にあんなおばあさんみたいなドレスを着せたり、意地悪なことばかり言うものだから、てっきり嫌われているものだと思ったわ。

でも、実際は違うということよね?」

「ええ、そうですねー。多分嫌いってわけじゃないっていうか。

まぁ、もうちょっとだけ我慢してください。

あ、あたしは今も王女殿下の味方ですよ?」

「本当? 嬉しいわ。ここではまだお友達ができなくて寂しく思っていたの。

マルガレータがブラギルフィアでの初めてのお友達ね」

「そんな、もったいないお言葉ですよ」


 とんでもない、という顔をするマルガレータ。でも、その瞳の奥には狡猾な光が宿っている。

 私は私で、心にもないことを平気で口にする自分に内心で苦笑する。




 彼女が自分の仕事に戻ると、部屋に再び静けさが戻って来た。


 一番気に入っている席に腰を下ろし、庭の様子をじっと眺める。

 室内からではわからないけれど、一歩外に出れば冷たい風に晒される。

 それでも、濃い緑の合間を彩る黄色は春の訪れを告げている。


 陛下の帰還まで、まだ一ヶ月以上ある。

 ミモザの花の見頃が過ぎる頃には再会できる、筈だ。


「……その頃には、陛下のお考えも変わっているといいのだけど」


 私と離れて過ごしたことで会えない辛さを痛感し、もう二度と元の世界に帰そうなどと思わなくなればいい。

 そんな思いを込めて、小さく呟いた。


 実際は、そうはならないだろうけど。

 唇を引き結び、ガウンの裾をぎゅっと握り締める。

 ああ、一ヶ月は長過ぎる。

 色々と不安はあっても、こんなにも誰かに会いたいと思ったのは生まれて初めてだ。 


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