33話「葛藤」
部屋の前でアスヴァレンと別れてすぐに、侍女たちがやって来た。
今、私は彼女たちにドレスを脱がせてもらっている最中である。
彼女たちは、このドレスについてもクラヴィス=クレイスについても何も言わずにただ黙々と仕事をこなしている。
何とも言えないモヤモヤした気持ちを持て余した私は、それを吐露した。
「先ほどアスヴァレン様から伺いました。このドレスは時代遅れだそうね」
そう言ってから、さり気なく三人の侍女の様子を伺う。
ロザリンドはびくりと肩を震わせると共に目を伏せ、マルガレータは決まり悪そうに視線を泳がせる。
サーシャだけは何の反応も見せない。
でも、口を開いたのは彼女だった。
「確かに今の流行ではありませんが、素敵なドレスですよ。王女殿下のお腰の細さや曲線美が強調されますし、それに視点を高い位置に持ってくることで、実際より背を高く見せる効果もあるんです」
誉められているのかどうかわからない言葉に、取り敢えず「ありがとう」とだけ言っておく。
「でも、色も形状も好みじゃないわ。それにコルセットが苦しすぎるもの」
「そうですか。大変申し訳ありませんでした。では、今後は王女殿下のお好みを取り入れるようにいたします」
サーシャはあくまで淡々とした物言いを崩さない。私が求めている反応は、これじゃないのだけど。
「貴女たち、マティルダの意図に気付いていたのでしょう?」
彼女が時代遅れのデザインで、しかも目立つべきではない者が身に着けるという色合いのドレスを私に着せたのは、嫌がらせだったのだと今ならわかる。
職業柄、この世界のファッション事情に詳しい彼女たちが気付いていなかった筈がない。
正直言って、マティルダの意図に全員が加担したことで、私は大いに落胆した。
「意図……ですか? 何のことか、私のようなものには理解が及びませんが、王女殿下のお気持ちを汲めなかったのは私たちの落ち度です。猛省いたします」
「ごめんなさいっ!」
私が言わんとすることを理解できないわけでもないだろうに、冷静にのらりくらりと躱すサーシャ。
まさに暖簾に腕押しだ、そう思った時、マルガレータが勢い良く頭を下げた。
「あたし、気付いてました! 今日だけじゃなく、マティルダさんが王女殿下をあんまり快く思ってなくて、意地悪してるって。でも、今まで怖くて何も言えなかったんです。見て見ぬふりして、すみませんでした!」
全員の視線がマルガレータに集中する。
彼女は眉尻を下げ。泣き出しそうな顔でそう語った。
サーシャは僅かに眉を潜め、それから「手を動かしなさい、マリー」とだけ言った。
その後は特に会話もなく進み、私は窮屈なドレスから寛ぎやすいガウン姿へと着替えさせてもらった。
着替えが終わり、一息をつく私にサーシャが声をかけた。
「マティルダさんがあのドレスを選んだことは、決して間違いではありませんよ。王女殿下、貴女は陛下のご遠戚ですが、それでも神使様の前では慎みを持つことが大事です。マティルダさんは王宮のしきたりに不慣れな貴女が恥をかかないよう、配慮してくれたんです」
マティルダは無知な私を庇ってくれた、つまりサーシャが言いたいのはそういうことか。
いや、それどころか今までのマティルダの言動も、まるで私のためだとでも言いたげだ。
横目でマルガレータを伺ったけれど、彼女はまたしても見て見ぬ振りをする気か、ドレスやコルセットの後片付けに余念がないように振る舞っている。
「神使と言っても、クラヴィス様の地位は盤石ではないみたい」
私がそう言うと、サーシャの瞳が僅かに揺らいだ。
今の言葉をどう受け取ったにせよ、予想以上に私が様々なことを知ったと気付いて驚いているようだ。
「王弟であるアトロポス様が健在であれば、と望まずにはいられないわ」
「王女殿下」
サーシャが私の言葉を遮るように言った。
真っ直ぐに私を見つめるその瞳は凪の海のように静かだけど、底知れない冷たさを感じさせる。
その視線を受け止めながら、ひやりとしたものを覚えた。
「どうか、あまり深入りされぬように」
穏やかな、それでいて有無を言わせぬ厳しさを含んだ声で彼女は言った。
咄嗟に言い返せずにいる私に、サーシャは深々と頭を下げる。
「それでは、私たちは一度退室させていただきます。ご用の際にはまたいつでもお申し付けください」
その後、私は少々疲れたこともあって、午後のお茶を断って休むことにした。
退室する際、ロザリンドは消え入りそうな声で「すみませんでした」と言って一礼した。
……ふむ?
サーシャはクラヴィス付きの侍女というだけではなく、もっと昔からの付き合いがあるらしい。
つまり、完全にマティルダ及びクラヴィス側の人間と考えて間違いない。
でも、マルガレータとロザリンドの意図は?
彼女たちの謝罪を全面的に信じるわけではないけれど、あの二人は根っからマティルダの傘下というわけでもなさそうだ。
今は彼女たちのことより、もっと気掛かりなことがある。
陛下に子供がいた。それは、はっきり言ってとてもショックだった。
子供がいるからと言って、クラヴィスの……そしてアトロポスの語った妄想が真実になるとは思わないけれど、少なくとも陛下が彼女と一度はそういう関係になったのは間違いない。
でも、いったいどうして?
陛下は、もうずっと前から私のことが好きな筈だ。
でなければ、私をあんな目で見るわけがないもの。
なのに、クラヴィスと関係を持ったの?
とは言え、陛下も若く健全な男性である。
誘われて断り切れなくて……ということがあったのかもしれない。
男性の心と身体は別物だと聞いたこともあるし。
それに、考えなければならないことが他にもある。
「私は陛下のことを……」
それ以上は言葉に出せなかった。
陛下に対する気持ちは偶像に対する憧れなどではない、それは確かだ。
ならば、具体的には彼とどうなりたいのか?
普通に考えたら、告白を成功させて交際開始となるのだろう。
でも、相手は一国の王という立場にある。
となれば、交際というのも元いた世界での認識より遙かに重みがある筈で、結婚を念頭に置いて然るべきだ。
仮に、本当にあくまで仮定の話だけど、もしも晴れて陛下と結ばれることになったらどんな未来が待ち受けている?
私はブラギルフィア国の王妃で、そして血の繋がらないアトルシャン王子の母となる。
……陛下に惹かれているのは事実だけど、それだけの覚悟が私にあるかと言うと、否だ。
まともに現実を見ないまま、初めての恋に浮かれていただけだったと痛感する。
詰めていた息を吐き出すと、そのまま広い寝台へと身体を投げ出した。
柔らかな感触が全身を受け止めてくれる。
見るともなく天井を眺めながら、そもそも一番の問題が片付いていないことに思いを馳せる。
陛下は私を元の世界に帰す気でいる。
それは彼の中で既に決定事項で、アスヴァレンも同意している。
私が嫌だと言っても、賓客という名の居候に過ぎない立場である以上、いつまでも我を通せるとは思えない。
この国に必要な人材だということを証明できればと思ったけれど、今のところ成果らしい成果はない。
「んー……」
小さく唸って身体の向きを変える。
ああ、考えれば考えるほどに思考は空回りするばかり。
もしかすると、私は初めての恋の予感に浮かれて判断力が鈍っていただけなのだろうか?
陛下の言う通り、元の世界に帰るべきなのか……。
様々な思考の断片が浮かんでは消え、脳裏にぼんやりと霞がかかったみたいにまともにものを考えられなくなってくる。
それに伴うように眠気が訪れ、気が付けば瞼が落ちていた。




