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獅子王陛下の幼妻  作者: 小鳥遊彩
第二章
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28話「お食事会と人形遊び」

「本来ならこちらから出向かうべき、でしたの、に……」


 最後まで言い終える前に、クラヴィスの声が濁り始めた。

 口元に手を当て、何度か小さく咳き込む。


「クラヴィス!」


 マティルダは慌てた様子で彼女に駆け寄り、その身体に手を添える。


「ああ、大丈夫なの? 無理はいけませんよ」

「平気よ、お母様。ちょっと、咽ただけだから」


 私は自分の耳を疑った。

 お母様、と聞こえた気がしたけど聞き間違いかしら。

 そんな私に、サーシャがそっと耳打ちした。


「マティルダさんはクラヴィス様の実のお母様なんですよ」

「そうだったの……」


 私は小さく頷きながら、これまでのマティルダの発言を思い出す。


 彼女はやたらとクラヴィスを擁護、賞賛するようなことばかり言っていた。

 私への当たりの強さとはあまりに対照的で、不思議に思っていたけれど、自分の娘となれば腑に落ちるというもの。

 親馬鹿ならぬ馬鹿親だ。


 にしても、一介の侍女の娘が現神使とは、何だか訳ありな匂いがする。

 そういえば、クラヴィスの娘がエレフザード陛下の異母妹とのことだけど……。


 私は人形を横目で伺ってから、侍女たちへと視線を移す。


「ねぇ、クラヴィス様のご息女って……まさか、その」


 どう尋ねて良いかわからず、しどろもどろな言い方になってしまう。

 けれども、私が何を言いたいのかはわかる筈だ。

 沈黙するサーシャに変わり、口を開いたのはマルガレータだった。


「そのまさかなんですよね。あれがクラヴィス様のご息女……アトロポス様なんですよ」

「え……いったい、どういう……」

「そういう『設定』なんです。アホらしく思うでしょうけど、付き合ってあげてください。あたしたちもそうしなきゃいけないっていうのが、この王城での暗黙の了解なんです」


 マティルダに聞こえないように言ってから、彼女は「それ」を……ソファに座る人形を一瞥した。

 マルガレータに代わり、今度はサーシャが言葉を紡いだ。


「アトロポス様は、今から四年前に亡くなられたんです。ご存命なら、今年で十六歳になられました」

「そうなのね」


 痛ましい面持ちのサーシャに、私は曖昧に頷いた。

 つまり、あの人形は幼くして亡くなった娘の形代というわけか。


 それにしても、そういう「設定」だとという話だけど、クラヴィスはどこまで自分の妄想を信じ込んでいるのだろう?

 事実を理解した上で人形遊びを続けているのか、それとも……。


「美夜様」


 名前を呼ばれ、我に返った私はそちらを振り返る。

 申し訳なさそうな笑みを浮かべるクラヴィスと、何故か私を睨み付けるマティルダが視界に入った。


「失礼致しました。もう大丈夫ですよ」

「クラヴィスは病を患っているんですよ。あまり無茶させるんじゃあありませんよ」


 ……それは私のせいなのだろうか。何だか物凄く理不尽な気がする。


「もう、お母様ったら。そんなに心配なさらないで、私は大丈夫だから」


 いや、お母様ったらじゃなくて、他に何か言うことがあると思うのだけど。

 はぁ、と私は誰にも気付かれないように嘆息した。


 クラヴィス=クレイスとかいう女を一目見たいという気持ちは確かにあったけれど、よく知らない相手と食事というのは私にとってはあまり気の進まない案件だ。

 それに、今の一連のやり取りで、すっかり嫌気が差してしまった。


 あの、と口を開く。


「クラヴィス様のお身体に障るといけないので、今日のところは退散させていただきます」

「いえ、どうかお気になさらないで」


 ……気を遣っているわけではなく、さっさと退散したいというのが本心である。

 席を勧められ、仕方なくそれに従うことにした。


「母は……マティルダは口うるさいことを言うかもしれないけど、どうぞ、ゆっくりと寛いでくださいな」

「はい。ありがとうございます」


 私は愛想笑いを浮かべながら、さり気なく人形を伺う。

 一見すると人間と見紛うほど精巧な造形だけど、こうして間近でよく見ると、あくまで人形は人形だ。無機物感のようなものは拭えない。

 でも、人間ではないものが限りなく人間に近い姿をしているというのは、言い知れぬ不気味さがある。

 ……今、目が合った気がするのはさすがに気のせいだろう。


 ああ、何だかおかしなことになってしまった。

 でも、せっかく神使クラヴィスと対面することができたのだから、これは新たな情報を得る絶好の機会だ。

 私は腹を括り、この訳のわからないお食事会に臨むことにした。


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