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獅子王陛下の幼妻  作者: 小鳥遊彩
第二章
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19話「あんまりいじめるなよ」

「実は君に言いたいことがあるんだ」

「は、はい。何でしょう?」

「あんまりエルをいじめるなよ?」

「えっ……」


 思わず絶句する。いじめる、とは何という言い草だろうか。


「そんなことしていません、けど」

「ふーん?」


アスヴァレンは半眼になりながら首を傾げる。

 まるでこちらの言葉を信じていないみたい。


 でも、本当にそんなことはしていない……筈だ。


「でも、素っ気ない態度取ったりしてたろ?」

「それは……」


 そう言われると言葉に詰まってしまう。


 確かに、陛下に対しては正直なところどう接して良いかわからずにいる。

 何度か鬱陶しい絡み方をしてしまったことがあり、それについてはもちろん反省した。

 以来、当たり障りのない対応を心掛けている……つもりだ。


 最初、いきなり剣を向けられた時には驚いたし、裏切られた気分にもなった。

 それについてはまだ許せない気持ちもあるけれど、今は保留にしてある。


 ただ、何と言うか……惚れた腫れたというわけじゃないけれど、陛下が側にいるとどうにも落ち着かない。

 私を見つめる金色の双眸が、優しすぎるのだ。

 まるで、愛しい者を見るみたいに。


 どうして彼があんな目をするのか、皆目見当が付かない。

 気紛れに弄んで捨てる気だとか、子供扱いしているとか、そんなふうに思い込もうとしたけれどそれが正確ではないと心のどこかで気付いていた。


 かと言って、一目惚れされたと思い込むほど私は愚かじゃないし、陛下だってそんな軽率な人ではないだろう。


 口籠もる私に、アスヴァレンは更に言葉を続ける。


「あ、エルが僕にそう告げ口したわけじゃないからね? エルはわざわざそんなこと言う子じゃないもん」

「そ、そうですか。って、本当にいじめてなどいませんからね」

「エル、どうしたら君に喜んでもらえるかなって悩んでたよ?」

「う……」

「僕はこんな女ほっとけばいいのにって言ったんだけどさ。だってさ、住む場所と食事とを無料提供してるわけだよね? それでも十分すぎるよ」


 ……正直なところ、アスヴァレンの言う通りだと思う。

 それだけに、私は何も言えなくなってしまう。


 何か言葉を返さなくてはと思うのに、何も出て来ない。

 沈黙が落ちた部屋に、アスヴァレンがお菓子を食べる音だけが響く。


「ところで、怪我の調子はどうだい?」


 唐突な話題変換に、私はきょとんとして彼を見返した。

 相手が自分の右手の甲を軽く叩くのを見て、言わんとすることが理解できた。


「順調に回復……いえ、全然何ともありません」

「そんなの当たり前だよ」


 アスヴァレンは呆れ顔で言った。

 だったら何故尋ねたのか。

 私が怪訝な顔をしても、アスヴァレンは気にする素振りすらなくお菓子を食べ続けている。


 二人分、いや、三人分はあった筈のお菓子は既に半分以上なくなっている。

 細身に似合わない旺盛な食欲である。


「何しろ、神花(フィリス・リュネ)を原料にした貴重な薬で治療したんだからね」

「……フィリス・リュネ?」


 あまり馴染みのない、それでいて最近聞いたばかりの単語を反芻する。

 私が陛下の過去を垣間見た時、アスヴァレンはその単語を口にしていた。


「そ。開花条件不明、『最近』だと二十二年前に咲いたきりのとーっても貴重な花。あらゆる怪我や病気、そして呪術にる症状にも効果を発揮する万能花。君のはそんな大した怪我でもないし、普通の薬を使って手当てしとけばすぐに治るって僕は言ったんだけどね。エルがどうしてもっていうからさ」


 そう言って彼は嘆息した。

 そういえば、あの時渋るような様子を見せていたっけ。

 あれは、貴重な植物を原料にした薬を私に使ったためだったのか。


 早い話が、遠回しに私を非難しているということらしい。


「その節はありがとうございました、アスヴァレン様」


 とは言え、渋々とは言え怪我を治してもらったことは確かだ。

 包帯を巻いたままなら、入浴の際に困っていただろう。


「先生、でいいよ。アスヴァレン先生」

「は、はぁ」

「とにかく、エルは君のために心を砕いてくれてるんだ。君が今ここで漫然と過ごしてられるのも、エルの尽力のお陰だってことを理解しなよ」

「え……? あの、それはどういう……?」


 陛下が私のためにしてくれていることは十分に理解しているつもりだ。

 でも、アスヴァレンの物言いは私が知らない部分を指しているみたいにも聞こえる。


 こちらを心底馬鹿にしたような溜息を付く彼に、少しむっとしながらも真摯に問いかける。


「あの、よろしければ教えていただけませんか? 陛下の尽力というのは……」

「……マレビト」

「え?」

「稀人。君みたいな異世界からの来訪者のこと。禍女にならなかった奴のことを稀人って呼ぶんだよ。そして稀人は需要が高い」

「需要……」


 その言葉を反芻しながら、何となく嫌な予感を覚える。


「稀人の髪や爪、それに血肉は様々な素材として高値で取り引きされる。また、稀人の産む子は不思議と高い魔力を有することが多く、稀人を孕ませたいと思う者は多い。それに、稀人と交わること自体に回春や魔力を高める効果が期待できると信じられてる」


 予感的中。

 ぞっとしない説明に、思わず顔が引き攣る。


「そ、それは、その効果や効能は本当なのですか?」

「や、不明な部分も多いよ。何しろ稀人自体、滅多にお目にかかれない存在だからね。検証のしようがないんだ」

「な、なるほど」


 重要なのは効能の有無ではなく、それを信じている者が多いという点だ。

 元いた世界でも、長きに渡って信じられてきた迷信は多い。


 ある動物の角や鱗が万病に効くと多くの者が信じ、高値で売買されるようになった結果、乱獲で絶滅寸前に追い込まれたという話は快挙にいとまがない。


 まさか自分がその対象になるなどとは想像さえしたことがないけれど。


「私の存在は……私がその稀人だという事実は、既に何人かに知られていますよね」

「うん。サリクス殿下も含めて、君を有効利用しようって声は既に上がってるよ。あと、稀人って謂わば異質な存在だからね、異質な存在は取り敢えず排除しとこうって奴もいる。レイドリックくんとかね」


 サリクス、それにレイドリック。

 どちらも聞き覚えのある名前だ。


 レイドリックには、こちらの世界に来て早々に殺されかけた。


 サリクスは姿形こそ確認しなかったけど、私を自分の手元に置きたかった。

 もしそれが叶っていたら、いったい私をどうする気だったのか、考えたくもない。


「そして、陛下は彼らから私を守ってくださっている……」

「そう、そゆこと。ましてやサリクス殿下はベレス陛下の嫡男で、ティエリウス国の王太子だからね。……君にもわかるように説明すると、ブラギルフィア諸侯連合は、四つの国から成る連合王国だ。国政を執り行うのはティエリウス国王、つまり現王であるベレス陛下だね。つまりエルは、ブラギルフィア国王であると同時にベレス陛下の騎士でもあるんだ」

「では、その、ベレス陛下のご子息であるサリクス……殿下の意向に反しても構わないのですか?」

「君、まだわかってないんだね?」


 アスヴァレンが吐き捨てるように言うと同時に、焼き菓子を噛み砕く音がやけに大きく響いた。


「騎士の忠誠は絶対だ。それでもエルは、サリクス殿下を宥めて賺して君を守ってくれてるんだよ。サリクス殿下は一目見ただけの君にえらく執心して、城に連れて帰りたいとエルに打診してる。承諾してもらえるまで、自分も帰る気はないって居座ってるよ」


 今まで淡々としていたアスヴァレンの声音が、徐々に熱を孕んでいく。

 乱暴な仕草でラングドシャを割り、それらをまとめて口に放り込んだ。


「あいつは酷い癇癪持ちな上に、聞き分けのない子供みたいにわがままだ。この数日間、あいつがどんだけエルを貶めて罵倒したか……」


 かしゃん


 アスヴァレンがティーカップを手に取った瞬間、それは彼の手の中で砕けた。

 紅茶が零れ出し、テーブルクロスに染みを作る。


 暫しの間、私は瞬きや呼吸さえ忘れて、その様子を眺めることしかできなかった。


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