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獅子王陛下の幼妻  作者: 小鳥遊彩
第六章
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114話「アスヴァレンの過去」

「私たちの……従兄は、その、どうなったのですか?」


 アスヴァレンはすぐには答えようとしなかった。

 私の言葉など聞こえていないかのように、クッキーを囓り続けている。

 先ほどはチョコチャンククッキーだったけど、今食べているのはプレーン味のようだ、なんてどうでもいいことを頭の隅で考える。


 パチパチと焚き火に焼べた薪が爆ぜる音や、騎士が他の騎士に指示を出す声が聞こえるけれど、どこか遠い場所の出来事のようだ。

 私たちの周囲だけ、世界から切り離されてしまったかのように感じる。

 ぽき、とクッキーを噛み砕く音が聞こえたかと思うと、その破片が地面に落ちるのが見えた。


「兄上は最期の最期まで騎士だったって、前に話してくれましたよね」


 そう言葉を続けたけれど、やはりアスヴァレンはそれ以上何も言おうとしない。

 何となく母とアルヴィースのほうに目を向けてみたけれど、いつのまにかいなくなっていた。

 視線を巡らせると、先ほどの場所から少し離れたところに二人の姿を見つけた。

 母はアルヴィースに促され、張り終えたばかりの天幕へと向かっている。


 やはり、こうして見ている限りは夫婦の在るべき姿に見える。

 そんな私の思考に、アスヴァレンの言葉が覆い被さってきた。


「そのままの意味だよ。兄上は、最期まで騎士としての誠心を貫いた」


 まるで、明日の天気について話すかのような口調だった。

 そのままの口調で言葉を続ける。


「結果、ティエリウスの城壁に首を晒されることになった」


 それを聞いた私は、言葉を失うと同時に我が耳を疑った。

 やっとの思いで、「どうして……」と絞り出した声は酷く掠れていた。

 カリ、と硬質な音が響く。

 どうやらアスヴァレンが飴玉を噛み砕いた音のようだ。

 彼は続けて数個の飴玉を口に放り込み、その直後に先ほどと同じ音が聞こえた。


「当時、ブラギルフィアはこの一帯で最も大きな国だった。ブラギルフィア……ブラギルフィア神聖王国の周囲にいくつかの小国があり、その一つがティエリウスだね。それぞれが独立国家って体を保ちつつも、ブラギルフィアを中心に力関係が保たれてたって言っても過言じゃない。あの厄災が起きるまでは、平和な時代が続いてたんじゃないかなぁ」


 彼が言葉を切ったタイミングで相槌を入れる。今は口を挟むべきではない。


「前にも言った通り、突如として起きた原因不明の厄災によって、ブラギルフィアは荒廃した」


 原因不明の、と私は胸中で反芻する。

 その出来事に、最も近い立ち位置にいる彼がそう評するのは、皮肉に他ならない。


「国の至るところに綻びが発生し、そこから夥しい数の禍女が出現したんだ。禍女がどんなヤツか、君ももう知ってるよね」

「……はい」


 小さく頷きながら、禍女と化した鈴木サヤカのことを思い出す。

 彼女は普通の女子高生に過ぎなかったのに、深淵を通ってこちらの世界に現れた途端、恐ろしい怪物へと変じた。

 私は彼女に……禍女に、手と足とを一本ずつ食い千切られたのだ。

 いや、陛下が助けに入ってくれなければ、完全に胃袋の中だっただろう。

 一人……いや、一匹でも厄介な怪物が夥しいほど出現したとなれば、その驚異はいかほどだろうか。


「もちろん、騎士団は禍女の討伐に出た。ブラギルフィアの騎士は禍女ごときにそうそう引けを取らないけどさ、でも、数が数だったからね。終わりの見えない禍女討伐の中で、ついにはエブラール王……僕たちの伯父上は命を落とした。そして、王位に就いたのは、当時まだ年若い……いや、幼かった兄上だよ」


 その言葉を聞いて、私の脳裏を過ったのはアトルシャン殿下の姿だ。

 私がまだ母のお腹にいた頃、兄上は今の殿下よりもう少し大きかったとは言え、それでもまだほんの子供だ。

 兄上、そしてアスヴァレンはそんな混乱の中で子供時代を送ったのだ。

 以前、私が何も知らずにのうのうと育ってきたことについてアスヴァレンから嫌味を言われたことがあったけれど、今ならその気持ちも少しは理解できる。


「幼くして父を亡くし荒れ果てた国の王となった兄上は、早く大人にならざるを得なかった。初めて実戦に出た時、今の君よりずっと若かったんだから。いくら禍女の数を減らしたところで、根本を絶たなきゃ意味がない。深淵に繋がる綻びを発見、修復するには強力な祈巫術師が必要だ。それも、可能な限り多くの。そして、ブラギルフィアだけじゃどう考えても巫祈術師の人手が足りない。……当時、テオセベイアに次いで強力な巫祈術師が、隣国のティエリウス王家の連中だった」

「サリクスの……先祖?」

「そう。兄上はティエリウスに協力を要請した。そこで、ティエリウス国王が見返りとして要求したのは……」


 アスヴァレンはそこで言葉を切った。

 その顔には、我慢ならないという苦々しい表情が浮かんでいる。

 それを見て、何を話そうとしているのか察せられた。

 私は彼の代わりにそれを口に出す。


「ティエリウス王家に仕えよ、と……?」

「うん」


 アスヴァレンは頷き、そのまま暫く無言だった。

 次に口を開いた時には、いつもと変わらない語調になっていた。


「兄上はその条件を飲んだ。当然、周囲からは反対の声が上がったよ。テオセベイア亡き今、ブラギルフィアも彼女と共に殉ずるべきじゃないか、小国の主に膝を屈してまで生き長らえる必要があるのか、ってさ。でも、兄上はこう言ったんだ。自分はテオセベイアに仕える騎士だ。そして、テオセベイアはこの地を、この地に住まう人々を愛した。ならば、彼女の想いを無碍にするべきじゃない、我々にはまだ守るものがある、って」


 それを聞きながら、私は無意識の内にスカートの生地を握り締めていた。

 それでも何も発することなく、続く言葉を待つ。


「ティエリウス王家の協力を得た結果、空間の綻びの修復が進み、それに伴って禍女の数も目に見えて減ってった。でも、数年に渡って禍女どもに荒らされたブラギルフィア国は人口が大幅に減少し、農耕地や牧場も滅茶苦茶で、国力が大幅に低下。……ティエリスや周辺諸国に依存せざるを得ない状況になり、必然的に力の差は明らかとなった」


 私は小さく相槌を打った。

 ミストルト王家がティエリウス王家の臣下となった過程はわかったけれど、この話にはまだ続きがある筈だ。

 いや、むしろここからが本番ではないだろうか。


「諸侯連合の西、山脈を挟んだ向こう側にグラニエル帝国があることは君も知ってるよね。二百年前はまだ帝国として成立してなくて、いくつかの公国が寄り合って一つの王国って体を為した状態だった。ミストルト王家と友好関係もあったいくつかの家は、禍女が跋扈してた頃、様々な面で協力してくれた。……混乱が治まりつつある頃、時のティエリウス王が兄上に下した命令はグラニエルへの侵攻だよ」

「それは……協力してくれた相手に、ということですか?」

「うん。厄災の影響はグラニエルにも出てたし、ブラギルフィアに兵を進軍させたこともあって、国内は手薄になってた。不意を突く形で、先ずはブラギルフィアに留まってる戦力を潰し、それから偽の情報をグラニエルに送って攪乱させた上で攻め入る魂胆だった。でもって、ティエリウスの連中は兄上にその一連の作戦の指揮を命じたんだよ」


 私は苦々しい気持ちになり、内心で呻いた。

 ここから先のことは、聞かなくても想像が付く。


「……後は、わかるよね? ミストルト王家は、ティエリウス王家に多大な恩があった。何しろ、アークヴィオンやアルヴィースが犯した過ちの尻拭いを手伝ってもらったんだからね。兄上は葛藤の末、主君となったティエリウス王に考え直すよう進言した。ティエリウス王は、兄上の心を屈服させ支配するために……様々な手段を用いたけど……」


 アスヴァレンの声が、徐々に上擦ったものへと変じていく。

 様々な手段がどういうものだったか、想像さえしたくない。

 でも、アスヴァレンはその現実と直面したのだ。


 思わず彼の手に添えると、うるさそうに顔を顰めたものの、その手を振り解こうとはしなかった。

 大きく息を吐き出し、再び言葉を紡ぐ。


「ティエリウス王は、兄上の心を折ることはできなかった。だから首を刎ねて……城門に晒した」


 そこまで語った後、アスヴァレンはこれ以上話すことはないとばかりに口を閉ざした。

 ここに至り、彼がお菓子を食べる手を止めていたことに気付く。

 私もまた、掛けるべき言葉を見つけることができず、両者の間に沈黙が落ちる。


 不意に、手を伸ばしてこのボサボサ頭を撫でようかという気になった。

 自分でも、どうしてそんなことを思ったのかはわからない。

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