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獅子王陛下の幼妻  作者: 小鳥遊彩
第五章
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111話「神域の落とし子としての在り方」

「近衛隊長のグレンが、秘密裏に情報を流してくれたんだ。美夜とサリクス殿下が……正式な場で顔合わせするのが今日だということも」


 グレンが、と私反芻した。

 母と随分懇意な仲だとは思っていたけれど、まさか主君を裏切ってまで母に付いていたとは。


「彼は私のことを……その、様々な事情を知っていたのですか?」

「ええ、ベレス様とグレンにだけは何もかも話したわ。美夜ちゃんのこと、女神様のこと。それに、いずれ美夜ちゃんが……女神様の孫が帰ってくることもね。でも、ベレス様とグレンでは、一つだけ決定的な違いがあったのよね」


 決定的な違い、と胸中で反芻したところであることに思い当たった。


「神域の落とし子かどうか、ってところかな」


 不意に、お菓子を頬張っていたアスヴァレンがそう呟いた。

 それを聞いて、自分の想像は概ね正しいのだろうと予測を付ける。

 母は不思議そうに首を傾げながら、言葉を続ける。


「それも関係あるのかしら? 私には難しいことはよくわからないけど、グレンは私たちの味方になるって言ってくれたのよ。……彼がいたから、この二年間を耐え抜くことができたと言っても過言じゃないわ。敵の陣地の中で、唯一の味方だったのだもの」

「……そうでしたか」


 まぁ、そういうことにしておいても良い。

 ともかく、グレンが私へと関心を向けていた理由がこれではっきりした。


 テオセベイアに対する信仰、そして思慕は今も多くの人々の心に、そして生活に深く根付いている。

 中でも、神域の落とし子にとって、その血脈は信仰対象以上の意味がある。

 何しろ、彼らは文字通り神域からこの地に生まれ落ちるのだから。

 彼らからすれば、テオセベイアの神性を受け継ぐ私は義務や立場を超越した部分……それこそ本能レベルで、額ずき守り抜くべき存在なのだ。


 ……正直なところ、グレンが私に目をかけるのは、別の理由もある気がするものの、今ここで話すべきことでもないだろう。

 この件は一先ず脇へ寄せておこう。


「彼が騎士として、最も正しい選択をしてくれて本当に良かった」


 陛下が半ば独白のように言って、私の頭にそっと手を添える。

 声音こそ静かなものだけど、そこには深い感慨が込められている。


 そう、陛下の言う通り、グレンの……近衛兵団の協力がなければ、こんなにも早く救い出されることもなかった筈だ。

 その場合、自分がどうなっていたかは深く考えたくない。


「そういえば、陛下がこちらの世界に戻られた時は、どのような状況だったのですか?」

「いや、それがあまりにも一瞬のことだった」


 私の問いに、陛下は首を捻りながら答えた。

 やはり、陛下自身の意思とは関係なく転移させられたということか。


「ニホンに転移した時と同様に、突如として目の前の空間に裂け目が現れたかと思うと、身構える間もなく呑み込まれた。そして、気付けば例の転移室にいたという次第だな」

「そうそう! もーびっくりしたよ! だって、いきなりエルの姿が消えるんだもん!」


ふて腐れたように敷布の上で転がっていたアスヴァレンが、突如として身を起こすと同時に言った。


「いやー、もう、寿命が縮む思いってああいうことを言うんだろうね。もう二度とあんな思いはしたくないよ。エルが戻ってくるまでの時間は、今までの人生の中でも一番長く感じられたよ」

「大袈裟だな、アスヴァレン。ほんの数分のことだろうが」


 陛下はそう言って苦笑した。

 それでも、アスヴァレンへと向けた目には深い愛情が宿っている。


「つまり、陛下のご不在が皆に知れ渡るようなことはなかったのですね」

「ああ、美夜があの時間に転移してくれたお陰で何の問題もなかった」

「美夜のお陰でっていうか、美夜のせいだけどね」

「まぁ、いいじゃないか。彼女があちらに来てくれたからこそ、私もこうして故郷へ帰還することができたのだから」


 そう纏めたのは、今まで聞き手に徹していたアルヴィースだ。


「もっとも、私が出現した場所は城壁から遠く離れた荒れ地だったけどね」

「……そうでしたか」


 陛下がそうならなくて良かった、そんなことを思いながら相槌を打つ。

 陛下は、アルヴィースへと視線を向けて言った。


「それにしても、まさか先生がアルヴィース殿だったとは」

「意外だった、かな。しかし、君も私の正体には薄々と勘付いていた筈だろう?」


 そう問われ、陛下は躊躇いがちに頷く。


「一目見た時から、あの世界の者ではないと確信しておりました。それに、ミストルト王家の縁者だということも。それらを踏まえれば、該当する者はそう多くない」

「そうか」


 アルヴィースは短く言うと、目を細めて笑みを形作る。

 玉座の間で、不特定多数に見せていた茫漠とした笑みではない。

 陛下を見つめる彼の目には、鮮明な感情が見て取れた。


「君のことだから、あちらにいつ間も国のことが気掛かりで仕方がなかっただろう。すぐに戻れれば良かったのだけど」


 そこで言葉を切り、私に視線を向けたアルヴィースは大仰に溜息をついた。


「娘が駄々を捏ねて引き留めたからね。娘のわがままに付き合わせてしまって申し訳ない。あちらで過ごす間、私が少しでも君の助けになれたのなら良かった」


 ……つまり、住む場所を用意して、生活費を全面的に援助したのは、娘のわがままに付き合わせたお詫びということか。

 私とて、あの時は意図的に空間を渡る方法がわからなかったのだから仕方がない。

 陛下との同居生活を楽しんでいたのは確かだけど……。


 苦々しい思いでアルヴィースを見たけれど、彼は全く意に介する様子もない。

 再び息を吐き出し、それに忍ばせるように呟く。


「もう少しで偽造パスポートが出来上がる予定だったのに、何故よりにもよってあのタイミングだったのだろう。我が娘ながら、間が悪いというか何と言うか。ああ、世界一周の船旅やフィヨルド観光、パリの美術館巡り、他にも色々と計画していたのに……」

「美夜ちゃんって、昔から間が悪いところあるのよね」


 アルヴィースの長すぎる独り言に、母まで便乗して来る。


「もういいよ、そんなこと。とにかくエルは帰って来たんだからさ。もうどこにも行かないよ。っていうか行かせない」


 アスヴァレンが割り込み、この話はこれで終わりとばかりにぴしゃりと言い放つ。

 はー、と大仰に嘆息した後、視線を持ち上げて陛下を覗う。


「エルはずっと大変なこと続きだったし、今日だって疲れただろ? そろそろ休んだほうがいいよ。僕たちはまだ美桜子と話すことがあるから、もう少しだけ残るよ」


 一拍置いて、陛下は「そうか」と頷き立ち上がる。


「では、先に失礼させていただくとしよう。……美夜」

「はい」

「行こうか。寝所に案内しよう」

「あ……はい」


 母にはまだ確認したいことがある。

 そのため、一瞬だけ逡巡したものの言外の意図を悟った私は陛下に倣って立ち上がる。

 そして、彼と共に天幕から出た。


 アスヴァレンは、気を利かせて……少なくとも陛下のために、私たちを二人きりにしてくれたのだ。


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