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獅子王陛下の幼妻  作者: 小鳥遊彩
第五章
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104話「母親という名の他人」

 私は詰めていた息を吐き出す。


 そうだ。

 私と母とは、血の繋がった親子とは言え全く別個の存在だ。

 私の理想を彼女に見出すべきではない。


 私を見つめて、母は満足そうに微笑んだ。


「どうやら理解してくれたみたい、ね?」

「……はい」

「美夜ちゃんは、昔から賢い子だったものね。わかってくれるって信じていたの」


 理解はしたものの、心から納得できるかどうかはまた別の話である。

 でも、一先ずその話題は脇に置いておく。

 彼女に言いたいことは他にもある。


「お母様とベレス陛下の関係については、私が口出しするべきではないことだと理解いたしました」

「良かったー」

「……ですが、私の婚姻のことについては別問題です」


 にこにこと笑っていた母が、小さく首を傾げる。


「美夜ちゃん、サリくんのことは嫌いかしら?」

「好きとか嫌いとか以前の問題です」


 私はここで言葉を切り、僅かな逡巡の後に再び口を開いた。

 母はサリクスがどんな人物なのか、全く知らないようだ。

 この際、全て話してしまおう。


「私はあの男に殺されかけました。あの男はとんでもない変態王子です。これまでも、異世界からやって来た稀人を捉えて殺しています」

「あらあら」

「あらあら、って……随分と軽いですね。彼がいつも連れている少女たちをご存知でしょう? サリクスは、稀人の死体を利用して彼女たちを創造したのです。私も危うくその『素材』にされるところでした」

「じゃあ、私が美夜ちゃんと再会した時、実はピンチだったのかしら?」

「ええ、まさに解体される寸前でした」

「だったら、もう安心していいわよ」

「……は?」


 あまりに緊張感のない物言いに、私まで間の抜けた声を出してしまう。

 聞き間違いだろうかと母を凝視したけれど、能天気ににこにこ笑っている辺り、そうではなさそうだ。


「美夜ちゃんがここにいることは、私もベレス様ももう知っているもの。サリくんは確かにちょっと意地悪だけど、頭のいい子だからね。ベレス様の怒りに触れるようなことはしない筈よ」

「え……? あの、確かにそうかもしれませんが……私は彼に殺されかけたのですよ?」

「美夜ちゃんが殺されなくて、本当に良かったわ」

「……そうですか」


 私は素直に頷いた。

 言いたいこと、突っ込みたいことは色々とあったけれど、それら全てを呑み込む。

 普通の感性を持つ人間なら、この話を聞けばもっと異なる反応を示す筈だ。

 驚くなり、サリクスへの怒りを覚えるなり、娘を彼から遠ざけようとするなり。


 でも、母にそんなものを求めても無駄なのだ。

 抗議したところで、時間と労力を費やすだけで得られるものは何もない。

 緩やかな諦観と共にその事実を受け入れた私は、話を元に戻す。


「何にせよ、私はサリクス王子と結婚する気は毛頭ございません。既に申し上げました通り、私はブラギルフィア国王の婚約者です」

「でも、ベレス様はすっかり乗り気みたいね~」

「みたいね~、って……お母様は私の味方だと仰いましたよね?」

「もちろんそうよ? 私が言って聞いてくれるならベレス様にそう進言するのだけど、言うだけ無駄だもの」

「……では、私に諦めてサリクスと結婚しろと仰るのですか?」

「うーん。今のまま行くとそうなっちゃうかしらねぇ。でも、もしかしたらベレス様の気が変わる可能性もあるじゃない?」

「……」


 私は閉口して、まじまじと母を眺める。

 ……駄目だ、この人。

 娘が嫌な結婚を強要されているというのに、のほほんとしている。

 暖簾に腕押し、糠に釘、とはまさにこういうことを言うのだろう。


 ベレス王が心変わりするなど、本気で思っているのだろうか?

 私と母とは全く別個の存在であり、自分から切り離して考えるべきだということは既に理解した。

 それに加えて、たった今、もう一つ理解したことがある。

 人と人とを繋ぐものが絆だとすれば、血を分けた親子とは言え、絆を育む機会などなかった私たちは所詮他人に過ぎない。


 そして、他人というものが如何に当てにならないか、私は身を持って知っている。

 つまり、この人に対しては何一つ期待するべきではない。

 私は詰めていた息を吐き出し、それから新たに吸い込む。


「……お母様の仰りたいことはわかりました」

「理解が早くて助かるわー。……と、いけないわ、そろそろ行かなきゃ」

「またベレス王のところですか」

「ええ、そうよ」


 今更そう聞いたところで、昨日までの私のように心が乱れるようなこともない。

 冷めた目で、退室しようとする彼女を見送るだけだ。

 扉の前まで来たところで、母が私を振り返った。


「それじゃあ今日は失礼するわね、美夜ちゃん。……まぁ、あれよ。貴女も、もっと肩の力を抜いて今の状況を楽しんだらどうかしら?」

「ご忠告痛み入ります」

「今からは、婚約者同士水入らずの時間を過ごしてね」


 母は嬉々とした調子で言って扉を開くと、そこにはサリクスの姿があった。

 既に取り繕う必要もなく、顔を顰める私にお構いなしに彼は慇懃無礼に頭を下げる。


「これはこれは、美桜子殿。……相変わらず、貴殿の察しの良さには驚かされるばかりで

す」

「ふふふ、偶然よ。それよりサリくん、丁度いいところに来てくれたわ」


 サリクスの言葉には含みが感じられたけど、母はそれに気付いているのかいないのか、何でもないような顔で私を振り返る。


「美夜ちゃんったら、何だかご機嫌斜めなのよ。今日も朝からご飯食べないーってわがまま言って、下女たちを困らせていたわ」

「それは感心できませんな」

「でも、普段はそんなわからないことを言う子じゃないのよ? まだ新しい環境に馴染めないみたいだから、美夜ちゃんと仲良くしてあげてくれる? お願い、サリくん」


 首を傾げてかわいらしく「お願い」する母に、サリクスは喉を鳴らして低く笑う。


「婚約者として、するべきことはいたしましょう」

「ありがと、サリくん」


 母はそう言って破顔すると、今度こそその場を後にした。

 残された私たちの間に、重苦しい沈黙が流れる。

 私は立ち上がると、扉の側へと足を進める。


 もちろんサリクスを迎え入れるためではない。

 私が扉を閉めようとすると、白いドレスの少女が割り込んでそれを防いだ。


「帰っていただけませんか」

「ええ、言われなくとも。務めさえ果たせばすぐにでも」

「務め?」


 相変わらず、少女は見た目に似合わぬ怪力だ。

 扉を閉めようにも、それに抗する少女のほうが私よりもずっと力が強い。

 サリクスを追い出すより私が出て行くほうが早い、そう判断して無駄な抵抗を止めることにした。


 ところが。


「エレフザードから返事があったと父から聞いたでしょう。私が、代理としてそれを持って来たのですよ」

「陛下からの?」


 さすがにそれは聞き流せない。

 そんな私の反応を見て、サリクスは苦笑いを浮かべる。


「そういうわけですので、中に入れていただけますかな」

「……ええ、喜んで」


 そう口にしたものの、その声音には不本意さが滲み出ている。

 とは言え、背に腹は変えられない。


 陛下からの返事……見るのが怖い、けれども見ないわけにはいかない。

 サリクスに促され、二人の少女も部屋へと身を滑り込ませた。

 彼女たちの内の一人、黒いドレスの少女は手に包みのようなものを持っている。


「まぁ、返事と言っても手紙ではないのですがね。王女殿下は、彼奴が絵を嗜むことはご存知で?」

「……はい」

「貴殿の婚約について知った彼奴が、王女殿下に謙譲したいと言ってこの絵を寄越しまして」


 絵、と私は言葉に出すことなく反芻した。

 陛下が絵を嗜むことは私も知っている。

 いつか彼の作品を見せてもらう約束を取り付けつつも、色々あってまだ叶っていないのだけど。

 それでも、元の世界にいる間に紙にボールペンで描いたイラストを見せてもらう機会は何度かあった。


「何を思って、このような絵を寄越したのかはわかりませんが」


 苦笑を浮かべたまま、黒いドレスの少女に包みを解くように促すサリクス。

 彼女は包みをテーブルの上に置き、丁寧にそれを解いていく。

 やがて現れたのは、額縁に納められたごく小さな一枚の絵。


 いったい何が描いてあるのだろうか、多大な緊張を持って覗き込んだ私は、その絵を見た瞬間に言葉を失った。


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