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獅子王陛下の幼妻  作者: 小鳥遊彩
第五章
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101話「踏み込んだ先で見たものは」

 ベレス王の私室を目指して進む私に、先ほどからサリクスが制止の言葉を投げ掛けてくる。

 脚を含めて身体の半分が不自由な彼は、死人少女の補佐があっても早足の私を追いかけるのに苦労している。


「何を考えておられるのですか? 陛下の許可なしに訪れるなど、私でさえしたことがないのですよ」

「貴方がしたことがないからって、私がしてはいけない道理なんかないわ」


 何と言われようと、引き返すつもりはない。

 広々とした廊下を、早足で進んでいく。

 半月前に往復した際、道順はしっかり脳裏に焼き付けておいた。

 もっとも、その時だけで完全に覚えられたわけじゃないのだけど、何度か城内を歩き回って道順を復習すると共に城内の構造を把握した。


 お陰で、迷うこと亡くベレス王の私室へと辿り着くことができた。

 私たちの姿を見た衛兵たちは、ぎょっとした表情を浮かべる。


「サリクス殿下……!? 失礼ながら、本日はお見えになるというお話を伺っておりませんが」

「当然だ。……何しろ、私とてそんな予定は聞かされていないのだからな。お前たち、この女を止めろ」


 サリクスは心底うんざりした口調で答える。

私に対しても既に取り繕う気がないのか、事もあろうに「この女」呼ばわりときたものだ。

 不愉快だけど、今はそれどころじゃないから後回しだ。

 私は二人の衛兵の前で仁王立ちになり、居丈高に言い放つ。


「ベレス陛下に話があります。今すぐここを通しなさい」


 彼らより頭一つ分以上も小柄な私は、当然ながら見下ろされる形となる。

 それでも、睥睨するように言った。

 二人は怪訝な顔で私を見た後、お互いに顔を合わせた。

 それから、再び私へと顔を向ける。


「いや、そう仰せられましても。今は……他に誰も入れるなと命を受けております」

「他に……?」


 その言葉が妙に引っ掛かり、反芻した瞬間にある考えが脳裏に浮かんだ。


「母がまだこの中にいるのね?」

「……左様でございます」

「だったら、私が入室しても問題ないでしょう? だって、私は母の……美桜子の娘なのだもの」

「なりません」


 兵士は、私からの質問に対しては言葉を濁したけれど、この申し出にはきっぱりした口調で言った。


「どうしてよ?」

「今、入室を許可されているのは美桜子様だけです。いくら美桜子様のご息女とは言え、許可いたしかねます」

「……そう。わかったわ」


 ……わかった。

 このままでは拉致が明かない、ということが。

 私は詰めていた息を吐き出し、そう答えた。


 二人の兵士は「やれやれ」とでも言いたげな表情で嘆息する。

 そんな隙だらけの二人との距離を詰め、懐から取り出したスタンガンをオンにして電流を浴びせてやる。


「ぎゃあああああ!」


 兵士たちの絶叫が、高い天井に響き渡る。

 これは、元の世界にいる時に新たに購入したスタンガンである。

 以前所持していたものより、値段も威力も桁違いだ。

 わかったとは言ったけれど、彼らの言う通りにするとは言っていない。

 私は兵士たちが怯んでいる隙に、扉に体当たりをするようにして室内へと転がり込む。


「お母様!」


 兵士たちに簡単に捕まらないためにも、素早く奥へと進む。

 でも、室内に母の……それに、ベレス王の姿は見当たらない。

 二人でいるというからには、お茶を飲みながら語らうかチェスでもしていると思ったのだけど。


 そういえば、ベレス王はベッドから起き上がることも困難な様子だったことを思い出し、慌ててそちらを振り返る。

 そして、固まってしまった。


「……っ」


 殆ど無意識の内に、不明瞭な言葉を漏らしていた。

 喫驚するあまり、意味をなす言葉を紡ぐことができない。

 いや、それどころか頭の中が真っ白だ。


 寝具を被せたベッドには、大きな膨らみができている。

 それは、ベレス王一人分だけではない筈だ。

 断続的な息遣い、啜り泣きにも似た声が衣擦れの音に伴うようにして響く。


「お……」


 お母様、と呼ぼうとした声は掠れてしまって声にならなかった。

 私が呆然と立ち尽くしていると、寝具がもぞもぞと動いて母が顔を覗かせた。

 その顔には、恍惚と疲労が入り交じったような表情が浮かんでいる。

 こんな顔の母を、私は今まで見たことがない。


 寝具から剥き出しの白い肩が覗いている。

 おそらく……いや、間違いなく、その下には一糸纏わぬ肢体がある筈だ。


「……美夜ちゃん」


 母が困ったように苦笑する。まるで、悪戯した娘を咎めるような顔だ。


「こんなところで何をしているの?」

「お母様こそ、何をしていらっしゃるのですか」


 ようやく口にした言葉は、酷く硬質で自分の声ではないみたいだった。

 当然ながら、本当に彼女がここで何をしていたかわからないわけではない。

 質問と言うよりも、非難である。


 ところが母は、はにかむように肩を竦めて寝具を胸に引き寄せながら半身を起こす。

 その仕草が、私に怒りという感情を思い出せた。


「いったいどういうおつもりですか! 父というものがありながら、こんな……!」


 気付けば、珍しく声を荒げていた。

 そんな自分に他ならぬ私自身が驚いてしまうけれど、母のほうは平然としている。


「不貞行為だって言いたいのかしら?」

「当然でしょう」

「んー……悪いけど、美夜ちゃんに口出しされる謂われはないわよ? だって、貴女には関係のないことだもの」

「は……?」


 私は再び言葉を失った。

 関係ない、とはあんまりな言い方ではないだろうか。

 でも、母のその態度は、後ろめたいことが見つかって居直る者のそれではない。

 どこまでも堂々として、全く自分の行いに疑問を持っていないように思える。

 呆然とする私に、母はにっこりと笑いかける。


「だって、私は美夜ちゃんの母親だけど、別に所有物じゃないもの。私は私よ?」

「なっ……」


 その言葉に、頭を強く強打されたような衝撃を受ける。

 怒りはまだ胸中を激しく渦巻いているのに、その感情を言葉にすることができない。

 立ち竦む私を余所に、母は隣にいるベレス王へと顔を向ける。


「ごめんなさい、ベレス様。美夜ちゃんはね、普段はこんなお行儀の悪い子じゃないんです。私からしっかり言い聞かせておきますから、今回だけは許してあげてください」

「何、構わんよ」


 ベレス王は笑いを含んだ声で答えた。


「むしろ、このぐらい気概があるほうが良い良い。何しろ、この国の王妃となる娘なのだからな」


 王妃、という言葉に私ははっとして顔を上げた。

 やはりサリクスの言った通りだ、と改めて確信する。

 母への抗議は一旦脇に置き、そのことに物申そうとしたその時、背後から静かな声が聞こえた。


「陛下、事前連絡もなしに訪れた非礼をお詫び申し上げます」


 サリクスである。

 振り返れば、彼は室内には入らずに扉の前で膝を着いている。

 部屋の前で見張りに立っていた兵士たちは、踏み込んで良いものかわからず狼狽えている。

 確かに、主君が情事の最中である現場に踏み込むなど、抵抗があるどころではないだろう。

 私だって、普段ならとてもできそうになり。


「我が婚約者が失礼いたしました。全ては、彼女を止めることができなかった私の責任です」

「……まぁ、良い。面を上げよ」

「……はっ」


 ベレス王は嘆息混じりに言って、寝台から起き上がった。

 彼はいつの間にかガウンを身に着けていた。


「サリクスよ、お前はこの半月ほどでまだ婚約者を御せていないと見える。親睦を深めて、手懐けろと言っておいただろう」


 私がサリクスに手懐けられるなど有り得ない。

 そう言いたかったけれども、さすがにこの空気の中ではとても言えない。

 サリクスは、どこまで本心なのか「私の不徳のいたすところです」と答える。


「どの道、近い内に美夜とは再び話がしたいと思っていた。いい機会だ、今から面談を行うとしようか」


 サリクスから私へと視線を移し、ベレス王はそう言った。


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