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獅子王陛下の幼妻  作者: 小鳥遊彩
第一章
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9話 「小さな違和感」

「ところで、美夜」

「はい」

「一番最初に会った時、俺の名に対して反応を示しただろう? あれはどういう理由なのか、差し支えなければ知りたいのだが」


 陛下の言葉の端々から、慎重に発言内容を選んでいるという様子が伝わってくる。

 それ故に、私も少しぐらいなら答えてもいいかなという気になった。


「……私の従兄と同じ名前らしいです」

「従兄?」

「はい。と言っても、私は会ったこともないのですが」

「従兄か……俺ではないのは確かだな。俺の父には兄弟がいなかったからな。いや、正確には兄がいたそうだが、十代で亡くなったと聞いている」

「そうですか」


 私は小さく頷いた。

 母から聞いた話によると、私の父はブラギルフィア国王の弟で、国王には息子がいたそうだ。即ち、私の従兄である。

 でも、「従兄」というのは、少なくともこの人ではないみたい。

 この時に抱いた感情は、落胆か安堵か、自分でもよくわからなかった。


 この世界を訪れた母のこと、この世界のどこかにいるかもしれない兄のこと、私からも聞きたいことは多いけれど、不用意に情報を渡すべきではない。

 私はそう判断した。


 何しろ、自分が置かれている状況さえまだ不確かなのだから。


「英雄王と同じ名だな」

 不意に、陛下が小さく呟いた。

「英雄?」

「ああ。二百年ほど前に実在した人物で、当時のブラギルフィア国王……つまり、俺の先祖にあたる」


 二百年前に実在したブラギルフィア国王? しかも、エレフザード?


 その話を聞いた私は、胸がざわつくのを感じた。

 でも、よく考えたら歴史上の偉人や聖人と同じ名前を付けることはそう珍しいことでもないのかもしれない。


「この国では、陛下と同じお名前は多いのですか?」


 私の質問に、陛下は「いや」と首を振った。

 その顔には、何とも形容し難い複雑な表情が浮かんでいる。


 もしかして、と私は思った。

 陛下は、自分の名前をあまり気に入っていないのだろうか

あくまで、私がそんな風に感じたというだけなのだけど。


 その時、外套をまだ借りたままだったことを思い出した。

 引っかけたりすることがないように慎重に袖を抜き、相手に手渡す。


「お返ししておきます。ありがとうございました」

「ああ」


 陛下が手を伸ばそうとしたその時、一瞬……本当にごく僅かな間ではあったけれど、彼は不自然に手を止めた。

 けれど、まるで何事もなかったかのように私から外套を受け取り、それを身に纏う。


 ……腕を負傷しているのだろうか?

 気になって手元を伺うと、陛下の左の袖口の辺りに、黒い靄のようなものが漂っていることに気付いた。

 その靄は、袖の内部から漏れ出しているようにも見える。

 そして、その靄は仄かな燐光を放っている。


 私は、この世界に来る直前に見たあの靄を思い出した。


「左腕をどうかなさったのですか?」


 私はそう口にしてから、しまった、と思った。

 もしかしたら、これは他の人には視えない類のものかもしれないのに、何て迂闊なのだろう。


「ん? ああ、気付かれてしまったか」


 彼は何事もないかのように答える。


「訓練中に少々痛めたんだ。それで、少し動かしにくい。なるべく気付かれないようにしていたつもりだが、美夜は観察力があるな」

「ええ、よく言われます。その、お大事に」


 私のまるで関心がないような物言いにも、彼は「ありがとう」と言った。

 ……本当に無関心に聞こえているといいのだけど。


 今のやり取りで、二つ気付いたことがある。

 一つ目は、この靄はおそらく他の人には視えていないということ。

 これが誰にでも見える前提なら、気付かれてしまったかとは言わない筈だ。


 二つ目は、陛下は何か隠している。

ごく自然な口調ではあったけれど、それ故の違和感までは拭えない。

 もっとも、常に他人の挙動と顔色を窺ってきた私だからこそ気付けたのだけど。

 とは言え、それが何なのかまでは見当も付かない。


 ふと陛下を伺うと、彼はまたしてもあの眼差しを私へと向けていた。

 特別な存在を見つめるみたいな、優しい眼差し。

 私は胃袋がひっくり返るような思いで、思考を中断させた。


「あの、何です?」

「……いや」


 陛下は短く答えて首を横に振る。

 いったい何だと言うのだろう。

 今日会ったばかりの私に、どうしてこんな目を向けるのだろう。


 そうだ、そうだった。

 これも私を籠絡するための策略の一つだ。

 そう思い込むことで、無理矢理自分を納得させた。


 ……でも、あまり上手くはいなかったようだ。

 何だか心がチクチクする。


 陛下の左腕に目を向け、それから躊躇いがちに顔を見上げる。

 自分でも何を言おうとしているのかわからないまま口を開きかけたその時、扉を叩く音が聞こえた。


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