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リベンジ__復讐の長人 【1】



「うわあ__」

既に一足先に入場し、リング上でその異様に長い体を仁王立ちさせながらタツローを待ち受ける対戦相手、スーリー・ブルタムスのバックドラフトにも似た気迫に、流石に気の強いリベルナでさえ腰が引けるような気分だった。

それにしても長い男である。手足も長いし胴体も長い、首も長ければ顔も長かった。シルエットだけ見れば細くはあるが、腕も脚も、腰周りもタツローよりはやや太い。そして、長さはそれを遥かに上回る。ヌラヌラとうねるように痩せこけた巨体は、途方も無く大きな鰻が立ち上がったようにも見えるほどだ。

この“長人”スーリー・ブルタムス、今年度バーストスピリット大会三位の実力者であり、タツローと準決勝で顔を合わせた強敵だった。彼は極宝真拳の使い手、つまりはリベルナと同門と言う事になるが、彼女は顔を合わせたことは無い。この極宝真拳、かなり大きな流派で各地に道場も多く、互いに顔も知らない門弟は少なくない。

「なんだい、あのウドの大木は__」

本日は第一試合に出場して無事勤めを果たしたジョーが忌々しげに言った。後になるほど格が上がっていくと言う訳ではないから、第一試合とは言え前座試合とは言えない。確かに、メインエベントやセミファイナルに比べれば顕かに格落ちするが、興行の先陣を切るオープニングマッチは大事なプログラムなのだ。

「チックショー、何でトーナメントでアニキにコテンパンにのされたあの野郎が、またアニキとやんだよ」

成る程、まだトーナメント終了から日も浅く、一度手合わせした選手同士が再び試合を行うのは余り自然ではないかも知れない。普通の慣例から言えば、トーナメントではタツローと闘う事の無かった選手が挑戦するのが当然と言えば当然であろう。この再戦(リ・マッチ)は、ブルタムスの強硬な申し入れによって決定したのである。

この試合の決定に最後まで反対していたのが、バーストスピリット大会四位の“肉体の虎”ニック・タイガーであった。普段ならばトーナメントで顔を合わせる事の無かった者同士が試合を組まれる筈である。別にそう言う決まりは無いのだが、それが或いは当然と言うべき自然な流れでは有った。所が今回は、最初から決まっていたとは言え、チャンピオンのトーナメント後最初の試合で他所の準優勝との対戦が組まれ、その上に一度顔を合わせた選手が再び戦うのである。ニックにしてみれば納得行かない話だが、結局トーナメント上位の選手の意見が通り、ブルタムスの強引な申し入れでそれもやむ無しと言う事になったのだった。返す返すもニックにしてみれば納得の行かない話だった。何せ、互いに準決勝で敗退した者同士、三位決定戦でブルタムスに敗れたとは言うものの、彼にしてみれば納得の行かない判定だった。その、筋肉の塊のような分厚い体躯にブルタムスの猛攻を受け、鼻も潰れて顔は血塗れ、全身痣だらけの壮絶な有様とは言え、タフなニックの闘志は益々旺盛で、これから反撃と言うつもりであった。しかし、ブルタムスに一回戦で大怪我をさせられた選手がこの千秋楽の直前に死亡したと言う情報が入り、キリの良い所でレフェリーが試合を止めさせたのである。これだけでも収まらないニックだったが、それに加えて更に今回のこの横車である。何やら、後々この二人の間に因縁が生まれそうだが、今回のブルタムスの相手はトーナメントで不覚を取ったチャンピオン、憎きタツロー・コガであった。

「ま、相手は三位だ。二回戦で負けたアンタとは発言権も違うんだろ」

「ヒデエな、姉さん」

リベルナの心無い指摘に、ひどく傷付いたジョーが困惑の表情を見せた。

「三位ったって、準決勝は二回戦の次、あの木偶の棒がアニキとやり合ったのはあっしのすぐ後じゃあないスか。アイツが準決勝にまで残れたのは組み合わせの運が良かっただけでヤスよ。何もアニキと後で当たった奴が強エとは限りませんぜ」

「ハイハイ」

リベルナが、おどけて両手を広げながら舌を出した。言い訳じみてはいるが、確かにジョーの言う事も間違ってはいない。先のトーナメントでタツローが最も手強いと感じたのはブルタムスでも、決勝戦で拳を交えた“怪腕鬼”サングレ・ドルコイズでもなかった。勿論、ジョーでもない。一回戦で試合を組まれた禽拿術の使い手、ギモス・エレンディなのである。ただ、これはタツローの個人的な感想であり、要するに苦手なタイプだったと言う事である。

「しっかし、なんだよなあ。俺とアニキの決勝戦なら大会ももっと盛り上がったろうによ、マッチメーカーの野郎、何考えてやがるんだ。組み合わせってのはトーナメントの大事なプログラムなんだぞ。ボーっとしてんじゃねえってんだ」

忌々しげにジョーが、自陣営のセコンドを従えたようにぬうっと立つブルタムスを睨み付けたが、相手はそんな視線を気にも止めず、ひたすらタツローの方に底に篭ったように凄みに満ちた目を向けていた。その姿に、ジョーも正直悪寒に近い物が走った。

大男の中には人当たりが良く鷹揚な、所謂気は優しくて力持ち的な性格の者も多いが、その反面慎重で勘定高く神経質で執念深い者も案外少なくない。どうもこのブルタムスは後者の典型のようであった。

彼は、自分の事を不遇の実力者だと思っているようであった。否、事実その通りでは有るのだが、別に彼だけが取り立ててその実力に見合う扱いを受けていない訳ではない。しかし、彼は何とかこの不遇を抜け出したいと野心に燃えており、今回のメジャートーナメント出場は絶好の機会だったのである。その機会をタツローに潰された。三位ならばまずまずの成績だし気にする事も無いのだが、どうもそう言う訳には行かないらしい。

この大男は、人とは顕かに見てくれの違う異様な体格に相当のコンプレックスを抱いており、その裏返しとして殆ど病的なほどに自意識が強かった。尤も、彼の劣等感の根拠は体格だけではなく、言っては悪いがその顔にも有った。その平たく長いまな板のような土台に目だけが小さく、他の部品は大振りな顔立ちは確かにお世辞にも美男とは言い難く、どちらかと言えばかなり怖い顔である。こんな顔の巨漢となれば、気の毒ながら矢張り他人は怖がるに違いない。怪物のような、と言っても現実には本人が気にするほど醜魁でも無いのだが要するに神経過敏な性格で、他人とはかなり違う自らの容貌に根の深い劣等感を抱いていた。恐らく、このような性格の人物は平均並みの体格、普通の顔に生まれたとしても容姿以外に何か理由を見つけてコンプレックスを掻き立てたであろうと思われる。

他人から見れば怪物のような自分が人から尊敬されるには強さしかない。そう思ってひたすら拳法を修行し、一角ならぬ実力を身につけたブルタムスだったが、その強さは直接他人の敬慕に結びつかないと知り、今度はその力に見合う名声を欲するようになった。しかし、世の中思うようには行かず、苦労の末漸くこの度のチャンスを、メジャートーナメント出場の切符を手にしたにも拘わらず、その好機をタツローに阻まれたのだから、自意識過剰で執念深いブルタムスにしてみれば許し難い屈辱だったのだろう。何としても苦汁を舐めさせられたタツローにリベンジを果たし、己の実力を業界全体に知らしめねばならない。

今回の再戦申し入れが受諾された理由の一つとして、彼等二人の試合がトーナメント中最高のベストバウトとして評判が高かったからでも有ろう。興行収益の充分見込める試合としてプロモーター側も許可したに違いない。それに加えてブルタムスの執念とも言うべき執拗な闘争心でリベンジマッチはいやが上にも盛り上がり、今回もスタジアムは満席、試合の組み合わせが発表され、前売り券が発売と同時に完売となったのである。アスマッドとしては笑いが止まらないであろう。

しかも、例の八百長破りの一件が__やや、否、かなり脚色されて__派手に喧伝されるや試合の賭け金も膨れ上がり、プロモーターにとって今やタツローは大事な金の成る木であった。この先、どの位続くか知れないが、確かに現在タツローの株は上昇中、今が儲け時と言う事らしい。この前のトーナメント公式戦の際には見るからに強そうなブルタムスに賭けの人気も集まったが、今回はタツローのほうが上、しかし、それ程大きな差も付いていなかった。

遺恨試合の前評判は最高潮に盛り上がり、客席は狂気に似た期待感を抑えかねているようにも見え、それに煽られてタツローもブルタムスも正常ではいられないらしい。最早選手個人を追い越してそれを見守る観客の野蛮で無責任な盛り上がりが何かを生み出し、この一戦に異常な展開を齎しそうにすら思われた。

そして本日のプログラムが滞り無く消化され、今年度バーストスピリットトーナメント女子部優勝“銀狐のエリス”エリス・ブレスティアの登場したセミファイナルも済んで、いよいよメインエベントの開始が告げられようとしていた。


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