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消化試合 〈1〉

スタジアムに漲る分厚く汗臭い熱気は、強大な暴風雨を生み出す濃厚な低気圧を思わせる、圧倒的なヴォルテージをはらんでいた。



リング上では、鍛え抜かれた格闘士がその肉体を激しくぶつけ合い、汗を飛び散らせながらその腕と力を披露していた。

リングを取り囲んだ客席からほとばしる野卑な息遣いは、暴力的なまでのエクスタシーを迎えて猛り狂っている。

「行けー!」

「やれー、ぶっ殺せー!」

金の賭かった試合に寄せられる、と言うよりぶつけられる粗暴な声援は、些かのつつましさも感じられない、人間の剥き出しの暴力性そのものと言えるような響きに満ちた怒声であった。客席に陣取るのは、何れも欲に駆られて身を粉にして働き、懐に硬貨をねじ込んだ労働者、或いは気の荒い相場師や流れ者の商人といった連中、この精力的な都会に集まった、刹那的な生き方を標榜する人間たちであった。或いは、昨今蔓延しつつある消費経済の権化ともいえる、経済振興策の優等生の如き者たちである。




王制国家ライマーダの外れに位置する商業都市イグベノンには、こう言った明日をも知れぬ生き方に身をさらす者たちが溢れ返っている。まさしく宵越しの金を持たない、その場限りの生き様を地で行く男たち、いや、女も含めた全ての者たちであった。





ここ、フェロウビイ王立スタジアムでは、週に一度の格闘技興行が催されていた。

第一試合から始まった本日のプログラムは滞りなく進み、いよいよ最後のメインエベントを残すのみとなった。

リングに上がった両選手。

第一試合から、順序立てるようにヴォルテージを上げてきた客席の声援は、ここにきてピークを迎えたようである。

両選手のセコンドは既にリング下に降りていた。残された二人の選手は、レフェリーのボディチェックに身を任せ、後は試合開始を待つばかりであった。


殆ど罵声、あるいは怒号に近いこの大声援の真っただ中に立つ両選手が、リングの両端に分かれてコーナーに控えていた。

渦巻くように凄まじい観客の声援を切り裂く、不思議に透明感に満ちた、澄んだ金属音が鳴り響いた。




両選手ともにゴングが鳴らされてもすぐには突っかけず、何かを確かめる様な佇まいで距離を取っていた。


リング上で対峙した二人の男__いずれも鍛え上げられた肉体の、職業的格闘士である事が一目で見て取れた。


一人は、背が高く、痩せ形で手足の長い、見るからにパンチやキックを得意とするような、ボクサー型のプロポーションである。躍動的な筋肉は見るからに強靭なバネを感じさせる打撃技のプロ、という趣だった。

観客にアッピールするにはうってつけの、かなり派手目な顔には無意味なまでに大げさな闘気と不必要に強烈な眼力が宿っている。こういった商売には珍しくない顔である。ガラの悪い盛り場などでもよく目にする顔と言えた。

その周りには、客寄せの為に磨かれた下卑た輝きが漂っている。


彼の名はピート・ロギンス。



今一人は、さほどに上背は無い。一般人に交じれば高い部類と言うくらいのもので、こういった格闘選手としては決して大型ではない、寧ろかなり小柄な部類に入る身の丈である。体の厚みは申し分無く、肉厚でバランスのとれた体操選手型の体形である。特に、首の太さは顔の輪郭をも左右から押し包むが如き量感を備えている。上半身だけが発達したようなこけおどしの筋肉美ではなく、上から下までドッシリと張りの有る、柔軟かつ頑丈な戦闘用の肉体であった。

顔付は__それほど大ぶりではない。目鼻立ちは整って、顎の線が鋭角的な為、面長に見えぬことも無いが輪郭自体はほぼ標準並みである。

鋭い面立ちであった。

だが、それは強面とか、きつい顔とか言う意味ではない。どちらかと言えば穏やかな、人の良さそうなほどの面相であるが、同時に懐の深い、只ならぬ凄みを漂わせる、油断ならぬ顔でもある。

喩えて言えば、研ぎ澄まされた鋭利な刃物が見たところ刺々しいと言うよりも、全体のフォルムで言えばむしろ曲線的であるような、そういう趣であろうか。のこぎりの様にギザギザした刃物は、触れたくらいでは手を切る事は無い。鋭い刃は大袈裟に尖ったりはせず、流れるように滑らかな稜線を描いて静かに輝くものだ。それも、その刃は容易く折れてしまう薄っぺらな剃刀などではない。分厚く頑丈な、骨まで両断する剛刀、胴田貫の如き業物である。

彼の周りに漂うオーラは上辺を塗りたくった様にきらびやかな、テラテラした安っぽい輝きではない。鍛え抜いた銘刀の地肌からジワリと滲みだす、玉鋼の輝きにも似ていた。


タツロー・コガ。

それが、この男の名前だった。


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