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チェンジリング

作者: まさみ

チェンジリングならなんにでもなれる。

五大元素を使いこなすエルフの魔導士にも、尖り耳がワイルドな獣人の盗賊にも、斧をぶん回す髭もじゃドワーフの戦士にも、後光さす天使の輪と白衣が神々しい翼人の僧侶にも、伝説の剣を振りかざして魔王を倒す人間の勇者にも。

なのにどうあがいたってなれないものがある。


家に帰ってまずやることはノートパソコンの電源を入れること。

ローテーブルにはコップ入り麦茶をおき、パソコンをちょっとずらして位置を調整。

明るさよし、ボリュームよし、準備は万端整った。部屋着のパーカーに着替え、ブクマ済みのトップに飛ぶ。

「こんにちは」

軽快な音楽と共にログインすると、リュウさんが真っ先に手を挙げて挨拶してくる。

「おっ、マイラっちこんちはー。二番乗りだね」

「他の人は?まだ来てないんですか」

小手をかざしてあたりを見回すけど、中央広場に顔なじみはいない。

「もうすぐくるんじゃない?しゃべりながら待ってよ」

リュウさんに誘われて噴水の縁に腰をおろす。話題は先日実装された新種族から、自キャラが選ぶ際の決め手に飛ぶ。

「リュウさんは悩まなかったんですか?」

「ぜーんぜん。受け取るか受け取らないかって聞かれたらそりゃ受け取ったもん勝ちっしょ」

「ただより高いものはないとも言いますよ」

「もらえるもんはもらっとく主義なの」

リュウさんがいばり、「ちゃっかりしてますね」と私は苦笑い。

ウさんはワイルドな見た目をしてる。無造作ヘアーの茶髪をハーフアップに結い、革のチョッキを羽織り、腰のベルトにダガ―を差している。背中の矢筒には予備がたっぷりと。

ひょっとして、デートって思われてたりしてない?

ネトゲが原因でカップル成立はよくある話だ。実際広場で仲良くアイスをなめあってるカップルもいる。翼人と竜人、エルフと獣人、人間とドワーフ……種族と性別の組み合わせは様々。

「リュウさんは種族即決でした?」

「ダークエルフと迷ったけどやっぱコレかなって」

「人間は却下?」

「異世界の大陸だしスタマイズの幅広い方がいいかなって」

「ですよねー」

「マイラっちは?即決?」

「割と即決ですね。やっぱ憧れるじゃないですかエルフって、不老不死で賢く美しい伝説の存在。異世界ファンタジーだと大抵正ヒロインとか主人公のライバルとかおいしいポジションだし」

「そっち系の漫画やラノベ好きだって言ってたもんね」

「おかげ様でクラスじゃオタ扱い……あ」

反射的に口を塞げば、リュウさんが片手を振ってとりなす。

「すいません」

「気にしないで、リアルな話タブーじゃないし。マッキマキはそのへんうるせーけど」

「メタOKですか、よかった」

「いまさらっしょ」

「リュウさんてなんか話しやすいんですよね。近くに住んでる従兄弟のおにいちゃんみたい」

「そこはお兄ちゃんでよくね?」

「兄貴と仲悪いんで」

「ひょっとして年齢もまま?」

「下心アリで言ってます?」

「ごめん忘れて」

「怒ってないですよ」

反省するリュウさんを許す。悪気がないのはわかってる。

「まあ、おんなじです」

リュウさんは「へえ~」としきりに感心してる。今度はこっちの質問ターン。

「リュウさんはリアル27歳?結構行ってますけど、ひょっとしてニート?」

「ずばり切り込むね」

「長時間ログインしてるし」

「仕事サボ、じゃねえ、休憩時間にスマホいじってるだけ」

「何の仕事?」

「古着屋のバイト」

「暇なんですか?」

「ずばずばくるね」

さすがにやりすぎか。リュウさんが仕返しとばかり、ニヤケた顔で突っ込んでくる。

「ガッコに好きな人とかいんの」

「え」

脳裏に浮かぶのはクールなクラスメイトの顔。

「いるんだ?どんな子?」

「言いませんて、この話はいいじゃないですか」

「なげっぱはずるくね?」

困っていた所に「おーい」と駆けてくる3人。巨大な斧を担いだ髭もじゃドワーフの戦士、純白の翼が神々しい翼人の僧侶、青髪を逆立てた人間の勇者。

「やっとこギルドメンバーそろい踏みかよ、待ちくたびれた」

リュウさんがお尻をはたいて立ち上がり、縁石に立てかけといた杖を持って慌てて続く。

リュウさんとの恋バナはそれでお開きになり、私はホッと胸をなでおろした。


私には好きな人がいる。同じクラスの米良(めら)くんだ。

米良くんは目立たない。特別かっこいいわけでもない。そんな彼はクラスで一目置かれている。

何故かといういと。

『おい見ろよ、日置(ひおき)がガッコに不要物持ちこんでる!』

『ちょっと、返してよ!』

『何これ漫画?』

『中は字ばっかだぜ』

『ウチの姉ちゃんがハマってんのと同じラノベだろ』

『や、休み時間に読むだけだから……不要物じゃないし』

クラスの馬鹿っぽい男子に読んでたラノベをかっさらわれた時、私に味方はいなかった。

オタク友達はいる、一応。たまたまトイレに立ってたその子たちは、自分たちが巻き込まれるのを恐れ、教室の入口でおろおろするだけ。

バカ男子は机に飛び乗り、私がこっそり伏せて読んでたラノベの表紙をみんなに見せびらかす。

『日置ってオタクくせーな、ラノベなんて読んでやがる』

ガキっぽい。ホント信じらんない。何読んだって私の勝手でしょ、信じらんない。

喉元まで反論がこみ上げるのにどうしても出てこず、悔しさのあまり涙が滲む。クラスメイトは面白がる子と気の毒がる子に二分され、どっちも私に声をかけてこない。

その時。

『ラノベなら図書室にもフツーにあんじゃん。俺もこないだリクエストしたよ』

『え』

『行かないから知らないか』

たまたま通りがかった米良くんが机の脚を蹴り、男子が『うおっと!?』とよろけてラノベを放りだす。

米良くんはラノベを鮮やかにキャッチ、無表情に私に返す。

『どうぞ。日置さんのでしょ』

『……あ』

ありがとうと言いたかった。言えなかった。

『テメ米良、日置の味方すんのかよ!?』

『学校にジャンプ持ってくるヤツが言ってもね』

米良くんは軽く肩を竦めて自分の机に戻っていき、図書室から借りたらしい小説を読みだす。

毒気を削がれた男子たちはそそくさ退散し、私は手元に戻ってきたラノベを抱いて席に着く。

それが恋に落ちるきっかけだった。


リュウさんはムードメーカーだ。

「そっち行ったよマイラっち!」

「まかせてください!」

リュウさんが火矢でスライムを仕留めて叫び、私は杖で複雑な印を切り呪文を唱える。

「火の精霊よ我に加護を、彼の者を滅したまえ!」

杖の先端を向けるとスライムが炎に包まれ消滅する。

「ナイスプレー!」

リュウさんが親指立てるのにこっちも返す。後衛は上手く回ってる。問題は前衛だ。

「三匹討ち漏らしてるぞドワっさん!」

「またなのもー、いい加減にしてよ!」

私から見てもチームワークガタガタ、今にも空中分解寸前ってとこ。

ドワーフのドワっさんは斧で力押ししてくスタイル、めちゃくちゃに振り回すだけで戦法も何もあったもんじゃない。

「まずい、合体するぞ!」

「だ~か~ら~スライムに斬撃は逆効果だって、切ったぶん分裂する性質ちゃんと覚えてんの!?」

「あ」

ドワっさんが斧を振り抜いた姿勢で固まる。忘れてたのかよ、と心の中で突っ込む。

「くそっ、スライムごときに必殺技使うのは癪だが仕方ねえ。光聖剣ライトニングフェニックス、雑魚どもを焼き払え!」

「お眠りなさい永遠に!」

勇者のマッキーさんが両手に構えた大剣から渦巻く炎を放ち、僧侶のえらんとさんが聖典を開き、スライムたちに催眠魔法をかける。

私とリュウさんも頷き合って前線に突進、火と石化の魔法でスライムを殲滅していく。

「いや~、今回も楽勝だったね」

スライムの掃討が済んだあと、リュウさんが大袈裟に額の汗を拭く。

「どこがだよ」

マッキーさんが憮然と腕を組む。

「スライムに手こずらされるなんて超屈辱」

えらんとさんが翼を振り立てる。

「えーと……」

二人が怒ってる原因はハッキリしてる、ドワっさんだ。

「一体何回スライム倒してるのよ、下等モンスターの性質くらい覚えてよね」

「すまぬ」

「口では謝るけど全然改善されねーんだもんな」

「すまぬ」

「すまぬすまぬって」

えらんとさんが鼻白む。ドワっさんは哀しげに俯く。彼がわざとやってるんじゃないのがわかるだけに、この状況はいたたまれない。

ドワっさんは一か月前にギルドに入ったメンバーで、私の後輩にあたる。

後ろの人の事はよく知らないけど結構年が行ってるか逆に幼いのか、時々派手な打ち間違えをやらかす。

「こんなこと言いたくねェけど……ドワっさんさあ、ギルド変えたほうがよくね?」

マッキーさんが大剣を鞘におさめる。

「もっと自分のレベルに合ったトコさがせばたくさんあるでしょ。スローライフ向きのギルドなんていいんじゃない?スライムだって300年や500年狩り続けりゃレベルアップできるでしょ」

えらんとさんが髪をかきあげる。

二人ともいらだってる……無理もない、ずっとドワっさんのフォローをしてきたのだ。

「マイラは?どう思ってんの」

「どうって」

「ドワっさんのこと」

「え……」

急に振られて言葉に詰まる。

私個人としてはドワっさん嫌いじゃないし庇ってあげたいけど、二人を敵に回すのは怖い。

「もっと上の依頼チャレンジしてーのに、現状ドワッさんのレベルが足かせになってんだよな」

「ステータス見てよ、ひとりだけヤバい」

前々から不満をためこんでたらしいマッキーさんとえらんとさんがぼやきあい、ドワっさんがますますしょんぼりする。いまや完全に自慢の髭の中に首が埋もれてしまった。

「あの」

何か言わなきゃ。

「スライムってすげーよな、大勢集まりゃ魔王城まで覆っちまうんだぜ」

場違いな発言に向き直る。

リュウさんが頭の後ろで手を組み、飄々と笑ってる。

「いきなり何?」

「ありゃ、二人とも知らね?無理ねえか、すげー初期のイベントだもんな。大陸中のスライムが群れて巨大化、ゼリーみてえにずぶずぶ城を飲み込んで大騒ぎ。それをみんなで掃討したの、すっっっげー大変だった」

話の先が読めず困惑するマッキーさんとえらんとさん、ドワッさんと私。

「今ドワっさんのこと話してんだけど」

「うん。だからすげーじゃん。ドワッさん最初の頃はスライム一匹倒すだけでへとへとだったのに、今じゃ立派にふたりの盾役こなしてる」

「「え」」

えらんとさんとマッキーさんが目を丸くする。

リュウさんは恥ずかしそうに立ち尽くすドワっさんの背中をぽんぽん叩き、ステータスを呼び出す。

「使えるスキルは確かに少ねーけど防御力はピカイチ。えらっちとマッキマキってさ、二人とも強えーけど前衛じゃ張り合い癖が出るよね。どっちが多く倒すか夢中になって、後衛のこと忘れがちなのが玉に瑕」

「そんな……」

マッキーさんが絶句する。

「そうだったの?」

えらんとさんに聞かれ、「はあ、まあ、ですね」と濁しておく。

「ドワっさんは二人を庇ってたんだ。スライムに斬撃はちょっとアレだけどさ、次の次あたりでレベルアップできんじゃね?」

「本当か!ワシ、すまなくなくなるのか!」

ステータスをチェックしたリュウさんが太鼓判を押し、ドワっさんが喜びに目を輝かせる。

「スライムだって力を合わて下剋上はたす。寄せ集めのギルメンだってイケるっしょ?」

ちなみにギルメンとはギルドメンバーの略だ。

リュウさんが屈託ない笑顔でえらんとさんとマッキーさんを抱き込み、二人が気まずそうな顔をする。

最初に頭をさげたのはマッキーさん。

「……ごめん、ドワっさん」

「私も。わがままだった」

続いてえらんとさんが詫びる。ドワっさんは二人の背中を軽く叩き、「世話かけてスマイル」と返す。

たまらずマッキーさんが吹き出す。

「世話かけてスマイルって!」

えらんとさんが爆笑する。

「予測変換あらぶってる!」

「いいじゃん世話かけてスマイル、ドワっさんの称号にしちゃいなよ。マッキマキの称号は謝れる勇者で決定な」

リュウさんがはやしたて、マッキーさんに小突かれる。

「…………」

さっきまでの険悪ムードが嘘みたい。リュウさんはギスギスした皆を取り持って、あっというまに笑顔に変えてしまった。


私は?

何したの?


何もしてない。

ただ突っ立ってただけ。

マッキーさんたちに逆らって、空気を読めない子扱いが怖くって、ドワっさんを庇ってあげられなかった。

これじゃあリアルと一緒だ。

名前だけ借りたって、米良くんになれやしない。


「ごめん、友達からメールだ。抜けるね」


大団円の雰囲気にどうしてもまざれず、そっとぬけだす。

パソコンの電源を落としたあと、ローテーブルに突っ伏して自分を罵る。

「チェンジリングなんて嘘じゃん。全然生まれ変わってないじゃん」


エルフの魔導士マイラは私が『チェンジリング』内で作り上げたキャラクターだ。

モデルはクラスメイトの米良くん。

種族を人間にしなかった本人に似すぎるのを避けるため。銀髪に変えたのも同じ理由。

そんな偶然ありえないだろうけど、もし米良くんが『チェンジリング』をやってて、ばったり出くわしちゃったら気まずすぎる。

だって気持ち悪い。

自分だったらと、試しに想像してみれば痛いほどわかる。

オンラインゲームの世界に何故か自分のそっくりさんがいて、知らない仲間とフツーに冒険してるのだ。


『ガッコに好きな人とかいんの』


興味津々で聞いてきた、リュウさんの顔を思い出す。


『いるんだ?どんな子?』


いくら見た目をまねたって、中身が付いてこないんじゃ意味ない。


チェンジリングならなんにでもなれる。

五大元素を使いこなすエルフの魔導士にも、尖り耳がワイルドな獣人の盗賊にも、斧をぶん回す髭もじゃドワーフの戦士にも、後光さす天使の輪と白衣が神々しい翼人の僧侶にも、伝説の剣を振りかざして魔王を倒す人間の勇者にも。

なのにどうあがいたってなれないものがある。

米良君の友達だ。

本当はこのままの私で米良くんの友達になりたい。あの時はありがとうって、好きですって伝えたい。

日置加恋として、米良智樹の友達になりたい。

その願いだけどうあがいたって、チェンジリングの中でかなえようがないのだ。

リアルで勇気を出さなきゃ。

ローテーブルから上体を起こし、目尻を濡らす涙を指に吸わせる。


それから数日間、チェンジリングにログインしなかった。

ギルドチャットからメールを打ち、例の噴水広場でこっそりリュウさんと待ち合わせたのは、ギルド分裂騒動から一週間後だった。

「やほーマイラっち、元気そうじゃん。ログイン率落ちてたから心配してたんだ」

「ご無沙汰してます……ってほどじゃないか」

「で、何?俺に相談って。なんでも聞くよー」

リュウさんがごく軽いノリで請け負い、私は噴水の縁石に腰かける。

「リュウさんってその……リアルでもモテますか」

「は?いきなり……ひょっとして告白?」

「違くて」

「じゃあ恋の相談?」

図星だ。まんまと見抜かれて顔が火照りだす。リュウさんは微笑ましそうに目を細め、こっちに身を乗り出してくる。

「マジ?あたり?お相手は誰、クラスの子?俺に恋のアドバイス頼むとか見る目あんね。で、何悩んでんの。告り方?生とメールどっちがいいか?個人的には生推し」

「釣り合いません」

リュウさんが茶化すのをやめて真顔になる。

私は俯いて続ける。

「僕が好きな人、無愛想だけどすごく優しいんです。僕だけじゃなくてみんなに、分け隔てなく」

「それは……ヤキモチかな?」

力ない首振りで否定し、両手に持った杖の先端で、石畳に○を書く。

「たとえば……休み時間になると他の子の机にどっかり座ってどかない子、いますよね」

「あーーーー。うん、いたいた」

「そういうときは『困ってんじゃん』って、言いにくいこと言ってくれるんです」

他の子の机にどっかりふんぞり返るってるのは、大抵クラスの派手めグループだ。奪われた本人は気が小さくて文句も言えない。私のように。

「名前も彼から借りたんです。読み方は違うけど」

「……男なんだ?」

「驚きました?」

背後の性別を誤解してたら驚くはずだ。リュウさんの返事を待たず、皮肉っぽく口の端を曲げる。

「この世界ならあの人みたいになれると思った。名前と見た目だけじゃない、大好きな中身もちゃんとロールプレイできると思ったのに」


ドワっさんを見捨てた時点で、私はマイラじゃなくなった。

米良(マイラ)を名乗る資格がなくなった。


「まねっこだけ、うその私が、リアルで友達になれるわけない」

勝手に名前を使い、外見を借り続けた罪悪感が胸を塞ぐ。

リュウさんは私に寄り添い、そっと囁く。

「嘘吐きはマイラさんだけじゃありません」

「え?」

聞き間違い?

目を丸くして顔を上げれば、リュウさんであってリュウさんじゃない誰かが、私の横で少し寂しげに笑ってる。

「僕も同じです。ネトゲは好きな自分になれる世界だから、ずっと憧れの人をロールプレイしてたんですよ」

「それ、リュウさんの……?」

「友達といいますか恋人といいますか……細かいことはスルーしてください」

リュウさんがシャイに照れ笑いする。

「マイラさんのいうとおり、僕ってニートだったんですよ。中学校のいじめが原因でひきこもって、親の脛を齧り続けてました。唯一秋葉原にだけは通ってたんですけど」

「オタクなんだ」

「はい」

誇らしげに胸を張り、この上なく優しい目で遠くを見る。

「オタクでニートでひきこもりの三重苦、ほんの少し前までそんな自分が大嫌いでした。オフ会なんてとても無理、ネトゲの世界でだけイキれる可哀想なゴミムシ、それが僕です」

「卑屈すぎる」

「今は好きですよ」

リュウさんが慌てて訂正、こっちを向く。

「マイラさんにだけ話しますが、キャラクターネームも彼から借りたんです」


リュウさんはごく自然に「彼」と言った。

男の人なのだ。


「リュウさんと出会えたから変われたんです、本当にいっぱい助けてもらった、背中を押してもらった。ホントのリュウさんは僕なんかと正反対の人で、明るくて優しくてカッコよくて喧嘩も強い。せめてネトゲの世界だけでも理想に近付きたくて、ツッコミどころ満載のずたぼろイケメンロールしてたんですよ」


リュウさんは、リュウさんのニセモノだった。

本当のリュウさんは別にいるのだ。


「本人知ってるんですか?気持ち悪がられたりは」

「喜んでましたよ、僕がモデルのキャラ登録するからとりかえっこだって」

「のろけですか」

「かもしれません」

幸せそうに笑み崩れるリュウさん。

「ネトゲの世界は作り物だけど偽物じゃありません。少なくとも僕やギルドのみんなにとってはここにいるマイラさんが本物です。もし本物が別にいて、君がその人に片思いしてるのだとしたら」

「……したら?」

「一日一回でいい。おはようとまたねからでいい。まずは話しかける所から始めませんか」


噴水広場のギルドメンバーにするみたいに。

言えなかったありがとうの分まで。


「……米良くん、リュウさんにちょっと似てるんです。ドワっさんを助けた時なんかそっくり」

「僕はただのネト廃です。リリース時から遊んでるから人よりちょっとだけイベントに詳しいだけで、それだけが強みですね」

「だけってことはありませんよ」

リュウさんがリュウさんじゃなくたって、この人を好きな気持ちは変わらない。


チェンジリングならなんにでもなれるけど、米良智樹の友達になりたければ、日置加恋ががんばるしかない。


翌日、教室に入って真っ先に米良くんをさがす。

米良くんはいた。机に座って本を読んでる。

深呼吸で覚悟を決め、上履きで床を蹴るようにして彼の席へ近付いていく。

ポケットの中のスマホが震え、メールの受信を告げる。リュウさんからだ。


『100匹集まればスライムだって下剋上。100日続ければおはようだって好きになる』


「わっかりにくい応援」

遂に机の前に来る。米良くんが訝しげに顔を上げる。

私は日頃使ってない頬の筋肉を総動員し、ギルドメンバーと広場で合流するマイラになりきってはにかむ。

「おはよ」

放課後はチェンジリングに行かなきゃ。

みんな待ってる。

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