99話「生還者のからくり」
ソウジたちは森を抜けて、ラトレイアに面した道の出口へ差し掛かろうとしていた。
ここまで来る間に生還者とは遭遇しなかったので大丈夫だろうと高を括っていたが、その期待は大きく外れることになった。
霧に包まれた道の先へ目を凝らすと、生還者らしき不審な魔の影がいくつもうろうろしているのが見えた。
「どうする? また迂回する?」
「いや、これ以上悠長にしていたら間に合わなくなりそうだ。弱点は分かっているし、強行突破しよう」
「オッケー!」
アンナは腰に巻いたサイドポーチのポケットからナイフを抜いた。直情型のアンナは逃げ回る展開にやきもきしていたらしく、暴れられると知ったその表情は嬉しそうに見えた。
ソウジも鞘から剣を抜いて、来たる戦闘に備えた。体を掴まれる前に腹部を攻撃し、そのまま駆け抜けてしまえばいい。あの緩慢な動きを見切るのは簡単なことだ。そうやって甘く考えていた。
白いローブを身にまとった四名の生還者たちは、ソウジたちを視界にとらえると、即座に襲いかかってきた。
一番手前に陣取っていた生還者は驚異的な脚力でソウジの頭上にまで飛び上がると、片腕を突き出しながら攻撃してきた。
いままでに見てきた生還者とは一線を画すその俊敏な動きに、ソウジは面食らった。
慌てて剣を振り、辛うじてそれを跳ね除けることに成功した。
立て続けに、両腕を横なぎに振るう生還者。剣の腹でガードしながらソウジは数歩後ずさった。尋常とは思えない剛力を受け止めた腕が、じんじんと痺れている。
はじめは彼らの強さを舐めていたアンナも、いままでと段違いの戦闘力に驚いたようで、振り回される腕をひょいひょいと避けながらソウジの隣に退いた。
「さっきよりめちゃくちゃ強くないか? 気を抜いたらやられそうだな」
「きついけど、それでもやるっきゃないっしょ!」
ソウジはアンナの前向きな姿勢に勇気づけられた。とにもかくにも、ここを突破しなければ先には進めないのだ。やるしかない。
ダッシュで詰め寄ってきた生還者のラリアットを、ダッキングして避ける。すれ違いざまに腹部を斬りつけようとしたが、首元に噛みつかれそうになったので、すんでのところで横に転げた。
倒れ込んだソウジに覆いかぶさろうとするその生還者を胸部への蹴りで押し返してから、体のバネを使って跳ね起きる。
死角から掴みかかってきた二体目の生還者の両腕を剣で跳ね上げると、ぐにゃりという嫌な感触とともにそれらの腕が半回転し、背中側に曲がった。彼らには関節の可動域という概念がないようだ。
無防備になった腹部を切り裂くと、そいつは活動を停止して地面にくずおれた。
これでようやく一体を仕留めることができた。予想以上に骨が折れる作業に、ソウジはげんなりした。さっき屋敷の前で、生還者の群れと真正面から戦わなかったのは正解だったらしい。
はじめに襲ってきた方の生還者が再び飛びかかってきたので、ソウジは対空の回し蹴りで応戦した。蹴りの威力に負けた頭部がミシミシと音を立てながら一回転し、首の骨がこきりと横に折れる。
それでも向かってくる生還者だったが、後ろ前になった視界では相手の位置を正確に捉えられないようで、精彩を欠いた動きになっている。ソウジはすかさず腰を落とすと、腹部を斬りつけた。
目前の敵を片付け終えたところでアンナの方を見ると、そちらも丁度二体目を仕留めたところだった。うろついていた生還者はこれで全て処理できたことになる。
「腹部の魔術陣が弱点っていうのは正解みたいだな」
「そうだね。ただ、こいつらを相手するのはもう勘弁願いたいかな……」
それについてはソウジも同意見だった。いちいち戦っていたらこちらが先にばててしまう。戦闘を最低限に抑えつつアンヘルの居場所へできる限り早く到達する、というのがソウジたちの勝利条件であるように思われた。
もっとも、言うは易く行うは難しだ。
「って言っても、あの司祭がどこに行ったかなんて全然分かんないし……あー、もう! どうしたらいいワケ!?」
アンナは両手で頭をかきむしった。手当たり次第に家々を回っていたのでは埒が明かない。ある程度の目星を付けることができれば良かったのだろうが、皆目見当もつかなかった。
のんきに情報収集している時間はない。手持ちの情報の中に何か手がかりはないか。ソウジは必死に思考をたぐり寄せる。
生還者たちはみな、魔術陣の効果によって強制的に体を動かされている。マナを注ぎ込むことによって初めて陣が発動する、とイルは言っていた。ということは、彼らの腹部にある魔術陣に流れ込んでいるマナの源があるはずだ。
それと、もう一つ気になるのは、生還者たちがいきなり強くなった理由だ。さっきまでいた屋敷ではあんなに弱々しかったのに、森の出口では屈強な兵士に変貌した。その理由は一体なんなのか。
ダメだ。正解にたどり着くためには、まだパズルのピースが足りない。
ソウジはため息をつきながら、霧の向こうにある教会を何の気なしに眺めた。
尖塔の先端にはめ込まれている紫色の石は、相も変わらず鈍い輝きを放っている。おそらく装飾用の宝石だが、見方によっては巨大な魔晶石のようにも見える。もしあれだけの大きさの石があれば、きっと効果も尋常ではないはずだ。
魔晶石に、魔術陣。
「そうか……!」
そのときソウジの脳内で、結論へたどり着く道筋が辛うじて一本つながった。あくまで仮説ではあるが、それが正しいとすれば、いままで目の当たりにしてきた様々な事象が一挙に説明できる。
「アンナ、教会に向かうぞ」
「アタシは別にいいけど。でも、そんな分かりやすいところに逃げ込むかな?」
「ああ。逃げ込むべき理由があるからな」
「えっ、そうなの?」
ソウジは自分の推論をすんなりと理解してもらうため、アンナに軽い問答を仕掛けることにした。
「アンナは、どうして生還者たちが急に強くなったと思う? 屋敷ではあんなに愚図だったのに、さっきの強さは別物だったろ?」
「それは、えーと……それぞれの身体能力に差があるから、かな? 街に近い側に、より強いやつを配置するっていう感じで……」
アンナは自信なさげに呟いた。ソウジは事切れた生還者たちの死体を見下ろしつつ、首を横に振る。
「残念ながら、その線は薄いと思う。動きがバラバラだったら、まとめて統率するのが大変だろ? 同じ効果を持つ魔術陣を使い回してるんだし、同一条件の下では能力値はほぼ均等になってるはずだ」
予想を否定されたアンナは、不満そうに口をとがらせながら腕を組んだ。
「じゃあ、ソウジはどうして強さが変わったと思ってるの?」
「あいつらを操っている大元の魔術陣に近づいたからだと思うんだ」
ソウジはラトレイアの街を振り返りながら言った。アンナは悩ましげに眉を寄せながら、首をかしげる。
「つまり、こいつらのお腹に刻まれているものとは別の魔術陣がどこかにあるってこと?」
「ああ。俺はそうにらんでる。要はスマボと同じだよ。生還者の場合は、物体の代わりに魔族という生体を端末にしているんだ」
「そんなこと……いや、でも……」
アンヘルならやりかねない。魔をまるで物のように扱っているという受け入れがたい結論に、アンナはひどく動揺しているようだった。
「ラトレイア全域を覆って余りあるほどの強力な効果を発揮するには、それに比例する巨大なサイズの魔術陣や魔晶石が必要なはずだ。そんな物を誰の目も気にせずに設置出来て、しかも街の中心部に近い場所っていうと、もうあの教会しかないだろ?」
「そっか。それなら生還者たちは安心してこの街で生活できるし、いざというときの警備もバッチリってわけだね」
「あくまで仮説だけどな」
「でも、何も動かないよりはましだよ。行ってみよう」
ソウジはこくりとうなずいた。いまはただ、できることをダメ元でやってみるしかない。想像通りアンヘルが教会にいることを願いながら、ソウジとアンナはラトレイアの街並みに足を踏み入れた。




