96話「生還者の願い」
「す、すごいな……」
ソウジたちはカナエの珍しい一面を目にして、ただただ目を丸くした。土壇場で発揮する底力に関しては、彼女が一番かもしれない。
ともあれ、後続の生還者たちが隠れて見えなくなったことで、ソウジはちょっとした安堵を覚えた。たった一匹なら、対処するのになんてことはない。
それに、ソウジにはやりたいことが一つあった。そのためには、この状況はむしろ好都合だ。
「アンナ。俺が押さえている間に、こいつの全身を探ってくれないか」
「えっ……さすがのアタシでも、そこまでがめつくないよ?」
どうやら大きな勘違いをされてしまったようだった。
別に金目の物が欲しいわけではない。ジト目でにらんできたアンナに、ソウジは慌てて首を振った。
「違うって! 操作用の魔術陣が体のどこかにないか、探してほしいんだよ」
「あっ、そういうことね。了解!」
アンナが合点したのを見届けると、ソウジは左右にステップを踏んでフェイントをかけつつ、生還者の後ろに回り込んだ。生還者独特の緩やかな動きは読みやすく、簡単に羽交い締めにすることができた。
触れ合った部分から低い体温がひんやりと伝わってきて、思わず鳥肌が立った。しかし、いまはそんなことをいちいち気にしてはいられない。ソウジはもがいて暴れる生還者の体を回して、アンナの方へと向けさせた。
アンナはすかさず生還者の白いローブの裾をまくり上げると、服の中に頭を突っ込んだ。
「どうだ? 何かあるか?」
「うーん……あっ、あった! これだ! へその上、みぞおちのあたり!」
予想が的中した。ソウジは必死に生還者を押さえつけながら、その肩越しにアンナを覗き込んだ。
「ナイフで皮膚を切り裂いてくれ! 陣が完全に壊れれば、動きが止まるかもしれない!」
「わかっ――」
そう言いかけたとき、もぞもぞとローブの下で蠢いていたアンナの動きがぴたりと止まった。
「どうした?まさか失敗か?」
「ううん、違う! この魔、なんか言ってるよ!」
ソウジは半信半疑だったものの、騙されたと思って注意深く耳を傾けた。すると、うめき声の中にかすかに言葉と思われるような発音が混じっていることに気がついた。
「コ……テ……」
常に暴れているので、足音や衣擦れの音でなかなか声が聞こえない。さらに顔を近づけ、耳元で聞き取ろうとした。
「コロシテ……」
殺して。この魔はいま、はっきりとそう呟いた。
それは、自我がないと思われていた彼らの中にまだ意識が残っているという、紛れもない証左だった。そして現に、彼らは悶え苦しんでいる。誰かに自分を殺してほしいと思うほどに。
その言葉を耳にしたソウジは、恐怖よりも先に怒りを覚えた。それは彼らの辛すぎる運命に対して捧げる、密やかな怒りだった。
「ソウジ、なんて言ってた?」
「いますぐに陣を破壊してやってくれ。この女性のためにも、頼む」
「……うん、分かった」
アンナはそれ以上何も尋ねることなく、静かにナイフを振るった。
バタバタと動いていた手足が急速に力を失い、ぐったりとうなだれる。両腕に体重がずしりと乗っかってきたことによって、その生還者が事切れたのをソウジは悟った。
ソウジ以外のメンバーも、それを目にしたことでやっと気づいたようだった。事態は思った以上に悲惨だった。この場合、生き返らせるという表現は正しくない。
生き続けることを強制されている、と言うべきだろう。
「こんな状態でずっと生かされていたんだ」
ソウジがヴェールをめくると、生還者である噛狼の顔が露わになった。陣の効果が切れたことにより、それまで保たれていた肉体が急激に朽ちていく。やがて、その女性はしわくちゃの死体になった。
「どうしてこんな惨いことができるの?」
カナエは涙を浮かべながら、その女性の顔を両手で優しく包み込んだ。アンナは何も言わず、立ったままじっとその光景を眺めている。
これが、アンヘルが与える永遠の命だというのか。こんな変わり果てた姿になってまで、生にしがみつくのが正しいことだと言い張るのだろうか。
「――止めなくちゃ」
それまで恐怖に身を震わせていたか弱い女唱角は、もうそこにはいなかった。戦士として完全に立ち直ったカナエは、強い意思を秘めた瞳でソウジとアンナを見つめた。
「ああ、行こう」
ソウジもそれ相応の覚悟をもってカナエを見返した。アンナはというと、言葉に出しはしないものの、両の拳をぎゅっと握りしめてその意思を表明している。
さて、行くとは言ったものの、屋敷の外には生還者たちがうじゃうじゃと徘徊している。まずはそれをどうにかしないと、無事にアンヘルの下までたどり着くことは難しいように思われた。
「奴らをおびき出すために、陽動を仕掛けようと思う」
「何かいいことを思いついたんだね」
「ああ。簡単な方法だけど、きっと効くはずだ」
アンナから向けられた期待の目に応えるようにして、ソウジはうなずいた。それから腰に下がっているチェーンを外すと、イルをがしりと掴んで持ち上げた。
「頼んだぞ、イル」
「へっ?」




