95話「カナエの馬鹿力」
そうこうしている間にも、十数名の生還者の集団はソウジたちに詰め寄ってきていた。各々がうめきながら手を伸ばして、掴もうとしてくる。徐々に後退りしていくうちに、ソウジたちは壁際へと追い詰められていた。
「ああ、もう! うっとうしい!」
運悪くチュニックの袖を掴まれたアンナが上体をねじって振り払うと、それを掴んでいた生還者の細い腕が、ありえない方向にぽきりと折れた。
「うえぇ!?」
骨折の痛みを全く感じていないのか、その生還者は残った左腕を突き出してさらに前進してきた。そのおぞましい光景を目にしたカナエは、悲鳴を上げながら壁にへばりついた。
「嫌ぁぁ! うちに帰してぇぇぇ!」
「なんか分かんないけど、こいつらヤバいよ!」
ソウジが一番近くにいる生還者を蹴飛ばすと、後ろにいる者を数名巻き込んで、まるでドミノのように倒れた。簡単に倒れるところを見ると、そこまでのパワーはないようだ。
それを見たアンナも、さっき右腕が折れてしまった生還者に対して、追加の回し蹴りをお見舞いした。その生還者は顔の側面に蹴りをもろに食らうと、もんどりうって床に倒れ込んだ。
そうしているうちに、囲いに少しだけ隙間ができた。ソウジはカナエの震える手を引いて駆け出した。
「いまのうちに!」
すがってくる生還者たちをさらに蹴り倒しながら、ソウジたちは上階に続く階段を駆け上った。アンヘルたちを追いかけたいのはやまやまだったが、敵の情報がほとんど分からない以上、危険を冒してまで突っ込むわけにはいかなかった。
幸いなことに、一階には誰もいないようだった。ソウジは入口のドアを開いて駆けだそうとしたところで、危うく踏みとどまった。
「うわぁっ!」
後ろで手を引かれていたカナエと、追いかけていたアンナが、急に立ち止まったソウジの背中に同時にぶつかって、尻餅をついた。
「痛たた……」
「ちょっと! 急に止まらないでよ!」
「わ、悪い! でもさ、あれを見てくれよ!」
ソウジは片手で扉を開きながら、覗き込むように二魔を促した。
そこには、現実とは到底思えない光景が広がっていた。
生還者と思わしき生気のない魔たちが、庭の畑を踏みつけながら徘徊している。
屋敷を取り囲んでいる森の木立へ目を向けると、足元の覚束ない魔の群れが、木々の合間から湧くように現れている。両手の指だけでは到底数え切れない。
「うえぇ……もしかしてあれ、全部そうなの?」
「多分な。足止めと口封じのために、アンヘルが放ったんだと思う」
一体ずつの戦闘力はほとんどないものの、これだけの数が集まったとなれば、まともに相手をするのは無理だろう。四方を囲まれている以上、うかつに見つかったが最後、大量に群がってきて大変なことになりそうだ。
「なによこれぇ……もう嫌ぁ……」
冷や汗の止まらない額を押さえながら、カナエはくらくらと目を回した。
ソウジはふと、腰にぶら下がっている従者の頭蓋骨を手に持った。
「イルは死骨だし、こういう類のものには詳しいだろ。なにか分かることはないか?」
「そうですねぇ……こやつらの正体は依然としてはっきりしませんが、一番近いものとして思いつくのは、死霊使いですね」
「死霊使いっていうと、死霊や死体を魔術で操る専門家だよね?」
「はい。彼らが扱う動く死体と、生還者とかいうこの者たちは、思考力のなさと緩慢な動き、それから耐久性の低さにおいて酷似しています。なにか魔術的な関連性があるかもしれません」
そのとき、唇を横一文字に結んでいるカナエが恐る恐る手を挙げた。
「じゃ、じゃあ、あいつらはもう死んでるかもしれない、ってこと?」
「そうかもしれ――」
「待って、言わないで! 自分から尋ねておいて申し訳ないけど、それを聞いたら二度と動けなくなるから! 聞かなかったことにさせて! お願い!」
カナエは慌ててイルを掴むと、顎を力いっぱい掴んで強引に閉めた。困惑しながらカタカタと震えるイルをカナエが手放すまでには、結構な時間がかかった。
それまでの間に、ソウジには思いついた疑問が何点かあった。
「いずれにせよ、あいつらは魔術的に操られているってことでいいのか?」
「そう考えていいと思います。自我がなく、目の前の対象を自動的に攻撃しているように見受けられます」
「ということは、魔術陣か魔晶石がどこかにあって、あいつらを動かしている可能性が高いってことだよな?」
「言われてみれば、そうですね。じっくり観察する暇はありませんでしたが、何らかの動力源があるのでしょう」
「それを破壊したら、あの状態から元に戻らないか?」
ソウジはさっきイルから教わった魔術の基礎知識を思い出していた。魔術陣にせよ魔晶石にせよ、重要な部分を破壊してしまえば、魔術の効果は失われる。
「教えずともその解にたどり着くとは、さすがソウジ様。死霊使いへの対策としては最もポピュラーな方法です。あやつらにも試してみる価値はありますね」
「でもさ、どうやってその動力源を見つけ――」
アンナが言葉を言い切らないうちに、階段の方から板のきしむ音とうめき声が聞こえた。いままで地下をうろついていた生還者たちが、這いずりながら上ってきているのだろう。
「のんびり話してる場合じゃないわよ! このままだと逃げ場所がなくなるわ!」
カナエはヒステリックにうわずりながら、後ろを振り返った。
何とかして足止めしようと周囲を見回したソウジは、古びた大きな棚に目を付けた。棚の中には分厚い本や絵皿などが飾ってあり、下の方は両開きの収納扉になっている。
「その棚、動かせないか!?」
「アタシも手伝うよ!」
発言の意図を察したアンナは、腰を抜かして怯えているカナエを置いて立ち上がると、ソウジとともにその棚に手をかけた。
「ふんぬっ……!」
「重いなぁ、これっ……!」
その棚は想像以上の重量があり、全体重をかけて押しているのだが、少しずつしか動かない。そうしている間にも、階下の生還者たちのうめき声は近づいてきている。
カナエもその危機的状況を見ているうちに無理やり立ち直ったらしく、ソウジの隣に立って棚を押し始めた。
「や、やばい! 来るぞっ!」
ついに一階の床板に手をかけた生還者が一魔、ソウジたちの前にまろびでた。そいつはゆらりと立ち上がりながら、両腕を上げてこちらへ向き直る。
「くそっ……逃げよう、カナエ! もう間に合わない!」
ソウジがカナエの肩に手をかけようとしたとき、カナエはこれまでに聞いたことのない野太い声を上げた。
「こんなところで死んでたまるかぁっ!!」
腹の底から叫びながら、全力で体を押し込むカナエ。その甲斐あってか、棚は大きな音を立てながら、地下へと続く階段の上に蓋をするようにして倒れ込んだ。




