91話「アンヘルの想い」
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揺らめくろうそくの火に照らされて、壁の影がその形をうごめかせる。
軽やかにステップを踏むその踊り子は、ビキニのような形をした派手な紅蓮の衣装を身にまとい、両手には衣装とおそろいの赤い扇を持っている。背にはまとめ上げた紫色の長いポニーテールが垂れ、振り付けに頭を振るたびにふわりとたなびく。大きく露出した青い肌と、頭の上部から突き出た二本の黒い角は、彼女が唱角であることを表していた。
アンヘルはその唱角が舞う様を眺めながら、ソファに深く腰掛けている。その隣にはジェシカがちょこんと座っている。
外出するときと違って二魔ともフードを下しており、聴兎の象徴である長い耳の間に生えたブロンドヘアが露わになっている。ジェシカの艶やかな長髪に対し、アンヘルは丁寧に切り揃えたショートヘアをしていた。
ジェシカは踊り子から目をそらし、アンヘルをちらりと見た。
「あの親子、果たして来るでしょうか」
「必ず来るさ。ああやって悩んだ魔族たちは皆いずれ来た」
ワインのような赤い液体を一口煽ると、アンヘルは簡素な造りの石テーブルの上にグラスを置いた。
「俺たちの仲間がまた増えるってわけだな! 良いことだ!」
「ああ、とても良いことだ」
アンヘルは首肯しながら、後ろに立っている大柄の剛熊を振り返った。濃い茶褐色の体毛を持ち、黒い髪が野菜のへたのようにちょこんと生えたその男は、両手に大きなダンベルを持ってテンポよく上下に振っている。
「いつも言っているでしょう、ビリー。私たちはもう成長しないって。鍛えても無駄なのよ。そろそろやめてちょうだい」
「いや、そうとも限らんぞ。筋肉には無限の可能性がある。それに、運動するのは良いことだ!」
「はぁ……最近はただでさえやりくりが大変だっていうのに、またダンベルなんて買って……」
ジェシカは呆れた様子で頭に手をやると、口ひげを力なく垂れさせた。アンヘルはうなだれるジェシカの肩に手を置くと、にこやかに覗き込んだ。
「いままで通り、お互い助け合っていけば大丈夫さ。だって私たちは家族なんだから」
「お兄ちゃん……」
しんみりと呟くジェシカの手を、いつの間にかソファのそばまで来ていた踊り子の右手が勢いよく掴んだ。
「そんな辛気臭い話ばっかしてるから落ち込んじゃうんだよ! さ、気分転換に踊ろう!」
「ちょっと、マライア! 私はダンスなんてやったこと――」
腕を強引に引っ張られ、ジェシカは困惑しながらも立ち上がった。ジェシカはマライアに促されるがまま両の手を組み合わせ、社交ダンスの構えを取る。マライアは左足のつま先を踏み鳴らしてカウントを取り、ダンスの準備に入った。
「サポートするからついてきて。せーの、ワン、ツー、スリー、フォー」
「ワン、ツー、スリー、フォー。こ、これでいいの?」
「上手い上手い! その調子!」
おだてられたジェシカは少し乗り気になってきたようで、マライアに合わせて華麗にステップを踏む。
「次はちょっと難しいよ。このタイミングで足をクロス!」
「ワン、ツー、スリー、ああっ」
足をもつれさせてしまったジェシカは、半ば押し倒すような形でマライアに覆いかぶさる。そのまま、二魔は絡み合いながら床の上に倒れ込んだ。
「いやー、いまのは惜しかったね!」
「だから、やったことないって言ってるじゃない! 少しは手加減ってものを――ふっ、ふふっ」
「くくっ、あははは!」
床の上で抱き合いながらお互いの顔を至近距離で見ているうちに、二魔はなぜだか可笑しくなったようで、ついには笑い出した。さっきまでは渋面だったジェシカも、マライアの気遣いによって笑顔を取り戻したらしい。
アンヘルは微笑ましいその光景を眺めつつ、グラスを再び手に取ってワインを一口あおった。
家族の団らんを守るのは、家主である私の務めだ。そのためには、どんな相手であろうとも容赦しない。




