90話「告げられる真実」
そのとき、ばんと大きな音がして、ソウジたちは驚いた。
玄関のドアを何者かが勢いよく開いたことにより、ドアが壁にぶつかって立てた音だった。ハワードの眉間にしわが寄ったのは、無理もないことだった。
「ただいま!」
ソウジは大声で叫んだ魔の下へずんずんと近づいていく。
「あっ、ソウジ。もう戻ってたんだ」
「戻ってたんだ、じゃないだろ。いままでどこ行ってたんだ?あと扉はもっと静かに開いてくれ」
ソウジに首根っこをつかまれ、アンナは耳を伏せて縮こまった。
「そ、そんなに怒らなくてもいいじゃん……無断でソウジたちの前から消えたのは、たしかに悪かったと思うけどさ。無事に帰ってきたんだし、もういいでしょ?」
「俺が怒ってるのは、お前が勝手にいなくなったことに対してじゃないぞ。俺たちに心配をかけたことに対してだ。ほら、よく見ろ」
ソウジはアンナのあごをつかむと、カナエの方に頭を向けさせた。
温厚なカナエには珍しく、据わった目つきでアンナをなじるように見つめている。アンナのことを本気で心配していた紛れもない証拠だった。
ここでようやく問題の本質を理解したアンナは、目を伏せながら体の前で両手をそろえた。
「すみませんでした……もうしません……」
「よろしい」
いちおう反省はしているようだし、これ以上このことについて追及するのは野暮だと思ったソウジは、アンナの首から右手を離した。
「それで、なにか分かったのか?」
「うん。それも、核心の部分がね」
アンナは首の後ろを手でさすりながらうなずくと、ふとハワードのそばに歩み寄った。テーブルに手をつき、ハワードの顔をのぞきこむ。
「いまからでも遅くない。あの司祭を頼るの、もうやめよう? いいお医者さん、一緒に探してあげるから」
「いきなりなにを言い出すんですか。そこまで言い切るからには、れっきとした理由があるんでしょうね?」
いままでこの場にいなかったアンナには分からないだろうが、掴魂教に全面的にお願いするという結論でまとまりかけていたのだから、ハワードが反発するのは当然の反応だった。
「そう言われると思って、揺るがぬ証拠を持ってきた」
アンナはウエストポーチから黒いナイフを取り出した。その先端には青黒いしみがついている。そのしみがついてまだそんなに時間が経っていないのか、鼻を突く生臭いにおいがぷーんと漂ってきた。
「なんですか、これは?」
「あのアンヘルって司祭が儀式に使ってたナイフだよ。これで生け贄の心臓を一突きにするわけ」
「……えっ?」
アンナは深呼吸をすると、話が飲み込めていないソウジたちに向かって、一言一言確かめながら言った。
「あいつは生け贄を使って、死んだ魔を蘇らせてる」
冷たい空気が場に張り詰めた。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って。死者の蘇生って言ったら、現代魔術では実現不可能な奇跡の一つよ。それを、あの司祭がやってたって言うの?」
アンナは無言でうなずくと、あの屋敷で目の当たりにした儀式の一部始終を語った。
カナエは話を一通り聞き終えると、嗚咽をこらえながら小屋の外へと出ていった。ソウジもそこまではいかなかったが、胸くそ悪さに胃がむかむかしている。
「そうですか……」
ハワードは顔の前で手を組んだまま黙りこくっている。期待していたのとは裏腹に、全く信用のできない邪教だということが判明してしまったのだ。
こうなると、普段行われている一般的な治療行為でさえも疑わしくなってくる。用いられている魔術は正しいものなのだろうか。薬の材料には何が使われているのだろうか。
彼の中でそれらの疑念を全て噛み砕くためには、しばらく時間が必要だろう。
カナエの様子も気になるし、ここは場の雰囲気を変えるために行動が必要だとソウジは思った。
「俺たちも、少し外の空気を吸ってきます。行こう、アンナ」
「えっ? あっ、うん」
ソウジは察しが悪いアンナの背を押しながら、ログハウスの外へと足を運ぶ。
近くに生えている木の幹の根元に屈みこんでいるカナエを発見し、体調をうかがいにそちらへ向かうと、カナエは青ざめた顔で振り返った。
「大丈夫か?」
「ごめんね、ソウジくん。私、グロテスクな話はダメなのよ。魔物も討伐までは行けるんだけど、解体はちょっと苦手で」
「なにも謝ることないだろ。苦手なものはしょうがないと思うぞ」
「そうかしら。うっ……」
話しているうちに胃液がこみ上げてきたようで、カナエは再び地面に顔を向けて背を丸めた。アンナはその隣にしゃがみ込んで、カナエの背中をさすってあげている。
「ごめん、カナエ。でも、これは絶対に伝えなくちゃいけないことだと思ったから」
「たしかに、そうね……自分のエゴのために他の誰かを犠牲にするなんて、あってはならないことだわ」
カナエは肩で息をしながら途切れ途切れに言った。
苦しんで生きている魔たちを救うためのやむを得ない代償だというのなら、全面的に賛同はできないとしても、それにすがってしまう気持ちは理解できたかもしれない。
しかし掴魂教の場合は、この世をすでに去った死者を強引に生き返らせているというのだから、話が全然変わってくる。
「儀式を止めさせた方がいいのかな……アタシたちだけしか知らないわけだし」
「権威ある誰かに知らせるべきかしら? ラトレイアの領主とか」
「いや、それは上手くいかないかもしれないぞ」
ゲルートで問題になっていたラッシマの場合、権力を笠に着て、真実に迫る情報を握りつぶしていたらしい。ということは、他の領地においてもそういうことをされる可能性は十二分にあるということだ。
「掴魂教に深入りするより、俺たちが優先すべきなのはエマちゃんのことだろ。彼女とハワードさんをこれ以上、そんな邪教に関わらせるわけにはいかない」
「そうだね。エマちゃんが適切な治療を受けられる別の街に移れるよう、協力してあげたいな」
それにはカナエも首肯した。気分はだいぶましになってきたようで、まだ青っ白い顔をしてはいるが、しっかりとした足取りですっくと立ち上がった。
お節介と言われるかもしれないが、ハワードのことを見ていると少々危なっかしく思えたのだ。弱っているときほど、周りのサポートが必要だ。
「とりあえず、今後はどうするつもりなのかを聞いてみよう。話はそれからだ」
「ええ、戻りましょう。ずいぶんと冷え込んできたわ」
常に立ち込めている霧のせいか、それともこの辺りの気候がそうなのか、夜は風がないわりに結構肌寒い。ソウジとアンナは、まだ少し具合が悪そうなカナエを気遣いながらログハウスの中に戻っていった。
ハワードは先ほどより幾分か落ち着いた様子で、変わらずに座っていた。
「大丈夫ですか?」
「お見苦しいところを見せてしまいましたな。もう平気です」
弱々しく笑うと、ハワードは深いため息をついた。
「踏ん切りがつきました。エマを連れていったん地元に帰ろうと思います。それからのことは、帰ってからまた考えます」
最後にすがった希望が絶望に代わり、心が折れてしまったのだろう。慣れ親しんだ街で英気を養うというのは、良い選択かもしれない。
「ツテを頼って、いい医者がいないか探してみるわ。諦めるのはまだ早いわよ、ハワードさん。元気を出して。ね?」
背中をぽんぽんと叩きながら気遣うカナエに、ハワードは力なくうなずいた。彼が一気に老け込んだように見えるのは、気のせいではないだろう。
ソウジは肝心のエマがいま何をしているかふと気になって、そっと寝室をのぞきこんだ。そこには、ベッドに横たわって寝息を立てているエマがいた。その愛らしい横顔を、イルは横で静かに見守っている。
「寝ちゃったんだ」
「ええ。はしゃぎすぎて寝落ちてしまったようです」
ソウジたちはエマを起こさないよう、最低限の声量でこそこそと会話を交わす。
エマには、どこか後ろ暗さを感じさせるところがあった。
その理由が、自由に動き回れないことによる一種の諦観なのか、それによって他の者との交流が少なくなってしまうことによる寂しさなのかは分からないが、少なくとも彼女の持病が大元の原因であることには違いない。
もし運命の女神がいるのならば、そんな彼女をどうにか助けてやってほしいと、ソウジは思うのだった。




