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86話「騒々しい来訪者」

 そうしてひと段落を終えて帰ろうとするソウジたちの向かいから、何者かがすごい勢いで駆けてきた。


「すいませーん! 教会の方! 礼拝ってまだやってますか!? 司祭様にお話が!」


 なにやらごちゃごちゃと叫びながら、教会に向かって手を振っている。周りが見えていないのか、ソウジたちのことなど見向きもせず、そのまま突っこんできた。


 危ないと思ったソウジは、カナエの体をこちらに引き寄せようとしたが、時すでに遅かった。その女性が背負っているリュックの端が、カナエの肩に思いきり激突したのだ。


「痛っ!」


「ああ、すみません! すみません! 大丈夫ですか!? ああっ、袋の中身が! 集めないと!」


 その女性は、散らばった野イチゴをかき集めながらカナエに繰り返し謝罪した。


「はぁ……別にいいわ。買ったものじゃないし」


「でも、私のせいで損をしたことには変わりありませんよね! すみません!」


 集めることができた限度で、カナエが持っている袋の中に野イチゴを戻すと、その女性は息を切らしながら立ち上がった。


 噛狼(ヴォル)のその女性は薄茶色の体毛を持ち、それよりワントーン明るいショートヘアは毛先が勢いよく外側に跳ねている。

 上は動きやすそうな松葉色の半袖シャツ、下はベージュのキュロットに黒タイツを合わせ、こげ茶色のワークブーツを履いている。背負っている深緑のリュックは横幅が広い上にパンパンに中身が詰まっているため、左右にもっこりと突き出している。


 彼女は泣きながらカナエにしつこく食い下がった。


「そんなに謝らなくても許すわよ」


「いえ、私の気持ちが収まりません! どうか弁償させてください!」


「いいって言ってるのに。というか、教会はもういいのかしら?」


 女性はさっと教会の方を振り向いたあと、思い出したようにおたおたし始めた。


「ああっ、そうでした! 礼拝は!?」


「礼拝ならさっき終わったところだよ。司祭様も、奥に入っちゃってもういないよ」


「そんなぁ! 頑張ってあの過酷な山を越えて来たのに!」


 あまりにもオーバーな仕草で膝をつきながら、女性は両手で頭を抱えた。ガーンという効果音まで聞こえてきそうなほどの落ち込みようだった。


「なんとかなりませんか! なんとかなりませんか!」


 涙と鼻水をずびずびと垂らしながらすがりついてきたその女性を、ソウジは頬の筋肉を引きつらせながら引きはがした。


「いや、俺に聞かれても……あそこにいるスタッフに聞いてみたら?」


「あっ、そうか! すみませぇーん! ちょっといいですかぁ!」


 けろっと立ち直って再び教会の方に駆けていく女性を確認すると、カナエはソウジに顔を近づけてひそひそと囁いた。


「いまのうちに逃げましょう」


 触らぬ神に祟りなしというが、あれは触ると特に面倒くさいタイプのやつだと、ソウジの直感は告げていた。それはイルも同じだったらしく、満場一致で即時撤退が議決された。


 一目散に逃げていくソウジたちに、その女性はなぜか猛追してきた。恐怖を感じながら、ソウジたちは走る。噛狼(ヴォル)の女性も追いすがって走る。


 街路を走る。

 路地裏を走る。

 商店街を走る。

 デート中のカップルの間を走る。

 ゆったりと進む馬車を横から追い越して走る。

 走る。

 走る。


 あれよあれよという間に街外れまで逃げたところで、ついにソウジたちは捕まった。


「はぁ……はぁ……なんで追いかけてくるんだよ……」


「はぁ……はぁ……逃げるからですよ……」


 息も絶え絶えになりながら追いついたその女性は、カナエに一握りの硬貨を渡してきた。


「これ……さっきの弁償……はぁ……もう……だ……め……」


 彼女は地面に倒れ込むと、苦しそうに震えながら前方に手を伸ばし、そしてがくりと事切れた。

 なんとか息を整えたソウジは、死に体になっているその女性を嫌そうに指差しながら、カナエに振り向いた。


「これ、どうする?」


「どうする、って。看病するしかないでしょうね」


 カナエは肩をすくめた。見知らぬ女とはいえ、ここで見捨てていって野垂れ死にされても寝覚めが悪い。ソウジは仕方なく彼女をおぶっていくことにした。


「重っ――!?」


 彼女自身はそこまで重くなかったが、その背にあるリュックの重さを込みにすると、相当な重量だった。それでもなんとか安定した状態で背負うことに成功したソウジは、どこか休憩できる場所を探すために街の方へと踵を返した。


「全く、厄介な(マギ)に絡まれたものですね。ソウジ様にはそういう変な悪運でもあるのでしょうか?」


「そうかもしれないわね。あっ、彼女の荷物だけでも持ちましょうか?」


「背負ってから言うな!」


 残った元気を振り絞ってツッコみながら、ソウジは元来た街へ向かってよろよろと歩んでいくのだった。

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