85話「司祭アンヘルとの対話」
「司祭様、少しお時間よろしいですか」
ソウジから声をかけられ、アンヘルはおもむろに向き直った。近寄ってみて分かったことだったが、ヴェールの奥にうっすらと見えるその長い耳から、司祭も少年も跳兎だと分かった。
「おや、どうかされましたか」
「大変貴重な話を聞けて、俺とっても感動しました。魂についてあそこまでちゃんと考えたこと、全然なかったです」
ソウジは感情を込めながら、アンヘルに大きく乗り出してみせた。発言の前半については嘘だが、後半に関しては本当のことだった。魂とは一体どんな性質のもので、どのように扱えばよいのか、この司祭ならば詳しく知っているかもしれない。
「それはよかった。掴魂教は誰でもウェルカムですから、なにか悩みがあるとか、自分の生き方に迷いが生まれたというときは、いつでも気軽にお越しください」
「ありがとうございます」
両手を合わせてアンヘルを拝んだ後、ソウジは通路の方を向きながら、わざとらしく眉をひそめてみる。
「さっきのおばあさん、大丈夫なんですか? みんなも心配だって言ってるし、さっきからずっと気になってて」
「大丈夫、大丈夫。私がちゃんと治療しますから」
アンヘルは小さく笑いながら、左手に持った杖と、広げた右手をソウジに向けて掲げて見せた。どうやら、さっきの基礎的な治癒魔術であの重篤な症状まで治せてしまうと、そう言い張るつもりらしい。
「なんでも治っちゃうっていうのは本当ですか?」
「ええ。どんな難病だって必ず治して差し上げますよ」
横から尋ねてきたカナエに、アンヘルは別段思い悩むこともなく、即答してみせた。嘘か真かは不明だが、その発言には確固たる意思が根差しているように見える。
「どうやるの? アタシ、重病患者さんを治すところ、見てみたいなぁ」
アンナも負けじとアンヘルに詰め寄る。下からにじり寄ってご丁寧に胸元を見せつけながら、じりじりと距離を詰めていく。アンヘルはたじたじになりながらも、両手をあげてアンナを制した。
「なぁに、神から与えられるちょっとした奇跡ですよ。残念ながら、現場を見せることはできないんですけどね」
「えー、どうして? 教徒にならないとダメなんですか?」
「いえ、それだけではダメなんですよ。教徒の中でも、選ばれた敬虔な者にしか見せないことにしているんです」
「そうなんだぁ。さっきそこのお店で教徒さんから教わった『夜会』っていうのが、なにか関係あるのかなぁ?」
アンナはすっとぼけた跳猫を演じながら、首をかしげた。もちろん、この街に来てから一度も店には寄っていないし、教徒との会話だってしたことはない。いわゆるかまかけというやつだ。
撒いたその餌にまんまと食いついたアンヘルの動きがぴくりと止まったのを、目ざといアンナは見逃さなかった。追撃をかけようとしたとき、ジェシカと呼ばれていたお付きが割り込んできた。
「申し訳ありません。司祭様には次の仕事がありますので、質問はこの辺りで」
「悪いね。よかったら、また次回の礼拝に参加してください。お待ちしていますよ」
追いすがろうとするアンナをさらりとかわして、アンヘルは奥の通路へと消えていった。ジェシカもその後ろを影のようについていき、二魔の姿は見えなくなった。
「ちぇっ。ケチくさいなぁ。もっと漏らしてくれたっていいのに」
「初対面だし、しょうがないよ。少し情報が得られただけでもよしとしよう」
「そうね。いったん帰って情報をまとめましょう」
くさるアンナを慰めながら、ソウジは玄関へ踵を返した。外に漏れれば大変なことになるような重大な秘密を隠していると思わせるだけの要素はいくつもあった。あとはその真相を色んな方向から探っていくだけだ。
まずはさっき運び込まれていた老婆の行方を探るべきだろうか、などと思案していたソウジだったが、教会を出た後、今後の行動について相談しようと振り返ったところで、カナエに指で突かれた。
「ソウジくん、これ……いま食べようと思ったら、入ってたの……」
カナエが野イチゴの入った紙袋の中から紙片を取り出し、ソウジに渡してきた。そこには手書きの魔族文字でこう書いてあった。
〈単独で調査してくるね! 先帰ってて! メンゴ! アンナ〉
ソウジはそのあまりに短絡的な内容に頭痛を覚え、空いている左手で頭を抱えながら大きなため息をついた。
「単細胞な小娘のやりそうなことですよ。もう放っておきましょう」
イルはぞんざいに言い放った。もし体があったら、呆れたように肩をすくめていたことだろう。
「でも、アンナちゃんにもし何かあったらどうするの? 心配だわ、私」
「そうは言っても、どこにいるのかなんてもう分からないし。ここは信じて任せるしかないんじゃないか?」
アンナの身のこなしは普通の魔族よりずっと機敏だし、元盗賊としての隠密スキルも持ち合わせている。その上、魔具を使って透明化までされていたとしたら、それを探し出すことは不可能に近かった。
「そうね……そうよね……」
カナエは不安そうに、アンヘルが住まう教会の入口を振り返った。礼拝を終えて、掴魂教とはどのようなものか判明するどころか、謎が深まるばかりだった。




