79話「喰鬼の親子」
それからどれくらい走っただろうか。ソウジたちはやっとの思いで、獣道ではない、開けた道へとたどり着いた。スライギーのどろどろとした移動音はもう聞こえてこない。
右手に目をやると視界が大きく開けており、道の右側にログハウスがぽつんと立っていた。さらに遠くの方には、建物の屋根が数多にも連なっているのが見える。
「やった、出口だ!」
ソウジたちは藁にも縋る思いでその小屋へと駆け寄っていった。小さな階段を上がり、玄関の扉をどんどんと叩く。この際、もう時間も遅いからとなりふり構ってはいられなかった。
小屋の中から出てきたのは、中年の喰鬼だった。その額と目元には年季の入ったしわが深々と刻みこまれている。
彼は眉間にしわを寄せながら、怪訝そうな顔でソウジたちをにらみつけた。
ソウジは深呼吸すると、できる限りゆっくりと、落ち着いて見えるよう心がけながら、言葉を紡いだ。
「この女の子が急病なんです。この森の近くに住んでいる子だと思うんですが、なにかご存知ありませんか?」
その中年喰鬼は少女を一瞬見つめたあと、血相を変えてソウジに詰め寄った。
「あんたたち、エマに一体何をしたんだ! この子は心臓病なんだぞ!」
「な、何もしてませんよ! 魔物に襲われそうだったから、助けただけです!」
「……入れ」
慌てふためくソウジに彼はため息をつくと、不承不承ながら小屋の中へ招き入れてくれた。
小屋の中は、その無骨な外見から想像できる以上にゆったりとした空間となっており、玄関から入ってすぐのリビングルームには、小屋と同じ木材で作られた様々な家具が置いてあった。
中年喰鬼は、リビングの隣にある小さな寝室にアンナを案内した。少女をそこのベッドに寝かせてほしいということらしい。アンナは少女を丁寧な手つきでお姫様抱っこすると、ベッドが二台並ぶうち、背が低い方の一台に横たえた。
リビングに引き返した中年喰鬼は、食器棚から木製のマグカップを取り出し、洗面台の蛇口で水を汲んだ。続いて、ベッドの隣にある小型のタンスから平べったい紙袋を取り出す。袋の中から緑の錠剤を二錠手のひらに出すと、少女の口の中にそっと入れ、そして水を飲ませた。
「即効薬です。あとは効くのを待つしかない」
「よかったぁ……死んじゃうかと思った……」
大きく足を広げ、後ろ手をつきながらその場にへたり込んだアンナだったが、中年喰鬼からにらまれたことにより自らの失言に気づいたらしく、慌てて居住まいを正した。
「薬がちゃんとあるなら安心ね」
ほっと胸をなでおろすカナエに、ソウジも同感だった。中年喰鬼は相変わらずのしかめ面でうなずく。
「必ず薬を持ち歩けと言い聞かせているのだが、持っていかなかったようです。外で倒れたら困るから勝手に出かけるなと言っても、俺の目を盗んで家を抜け出すし、父親としては困ったものですよ」
結構年の差が開いているように見受けられるが一体どういう関係だろうと考えていたソウジは、二魔が親子だということに驚いた。言われてみればたしかに、目から鼻にかけて掘りの深いところが似ているような気がした。
しばらく見守っていると、少女の呼吸がだんだん安定して、表情も落ち着きを取り戻してきた。やがて、少女は汗ばんだまぶたをうっすらと開くと、目だけを動かしてこちらを見た。
「パパ……ここ、家……?」
「ああ、そうだ。この方たちがお前を見つけて、連れてきてくれたんだ。いま薬を飲ませたばかりだから、ゆっくり寝ていなさい」
少女はうなずくと、ソウジたちに向かって微笑んだ。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん……どうもありがとう……」
少女の左肩をぽんぽんと叩きながら、アンナが笑いかける。
「気にしないで。うちのリーダー、困ってる魔を助けるのが趣味のヒーローだから」
「いや、ヒーローなんてそんな……痛っ!」
元も子もなく否定しようとしたソウジの足を、アンナが思い切りかかとで踏みつけた。狭い部屋の中で暴れるわけにもいかず、ソウジは痛みをその場でじっとこらえながら静かに悶絶する。
「こういうときくらい、しっかり格好つけなよ!」
小声でたしなめられ、小さい子を勇気づけるための返事としてはたしかに大失敗だったとソウジは反省した。今度はその失敗を活かし、下手くそな笑顔を作って少女に笑いかける。そんなソウジを見て、少女はおかしそうに笑った。
「お兄ちゃんの笑顔、なんか変……」
「そ、そうかな? ごめんね」
「そこで謝るのも、なんか変……」
ソウジが照れくさそうに頭をかくと、アンナはだめだこりゃとでも言いたげな呆れ顔で嘆息した。この調子では、子守りは到底務まりそうになかった。




