76話「四魔目の仲間」
『天翔ける鴉』のギルドメンバー三名は、旅支度を整えてゲルートの西門の前に立っていた。
大きな革のリュックを背負ったソウジが足踏みするたび、新調したチェーンメイルがちゃりちゃりと小気味いい音を立てる。腰のベルトには、趣味の悪いアクセサリーのように、イルの頭蓋骨がつながれていた。頭頂部に小さな穴をあけてねじ込まれているヒートンがどうにも痛々しい。
「ソウジ様、本当にこれで行くのですか?私、とても不安なのですが」
「常に手で持ってるわけには行かないだろ」
「それはそうですが……しかしねぇ……」
どうしても納得がいかない様子でごね続ける骸骨を、ソウジは腰から取り外すと、投球フォームのように振りかぶった。イルの両目の炎が空中に蒼い軌跡を描く。
「分かりました! これでいいです! これがいいです!」
「そうかい? じゃあこれで行こうか」
「また一つ、風格が出てきましたね。喜ばしいことです。ふふふ……」
イルはひとり不気味に笑った。カナエは一連の会話を見聞きして、若干引き気味に苦笑した。
「でも、カナエはいいのか? 遠出になるけど」
カナエは切羽詰まった様子で何度も首肯した。
いまカナエが身にまとっている革鎧は、偽者に奪われて再購入したものだ。貯蓄がほとんどないカナエにとって革鎧の仕立て代は大きな痛手だったが、ライト卿から頂いた五十万ジラのおかげで難なく工面できたのだった。
「どうせ次の騎士試験までは一年あるし、その間に修行も兼ねて各地方を回るのも悪くないって思うの。それに――」
「それに?」
「あんな大袈裟な噂が流れちゃったら、もうこの街にいられないじゃない!」
このゲルートの近辺では『天翔ける鴉』というギルドの知名度だけが広まっていた。地元の新聞で大々的に報道されてしまったのだから、当然の結果と言えよう。
もっとも、メンバーの子細な容姿まではまだ知られていないようで、名前とその功績から想像されるイメージばかりが先行して、確からしい噂として流布されているようだった。
もちろんカナエも例に漏れず、キマイラ討伐に一役買い、巨大爆弾の強固なロックを解除して百数十名の命を救った“魔導剣士”として、カナエ・フォーゲルという名が轟き始めていた。しかも質が悪いことに、実家のご両親もすっかり信じ切っており、涙を流すほど喜んでいるらしい。
カナエは有能な偽者が生み出したその風評から逃れたい一心で、ソウジたちの旅についていきたいと泣きついてきたのだった。
「まあまあ、実力は後からついてくるって言うしな……」
「『ついてくる』じゃないの! こうなったらもう『つけなきゃいけない』のよ! もし目の前に穴があったら、反対側に突き抜けるまで掘っちゃうわ、私!」
いまにも泣きべそをかきそうな顔で、カナエはわめいた。客観的に与えられる評価が過当なのも問題ありだとソウジはつくづく思った。
「それにしてもあの子、遅いわね……なにやってるのかしら……」
出発を見送りに来たエリーが、辺りを見回しながらぼやく。あと到着していないのはアンナだけだった。
「もしかして、恥ずかしくて来られなかったりして」
「ええ? そんな子供みたいな理由で隠れるかしら」
冗談めかして茶化すソウジに、エリーはくすくすと笑った。
門の近くにある草の陰に隠れているアンナは、言い当てられたことに動揺した。全くもってその通りで、恥ずかしくてなかなか出ていけないのだった。
先日、ルークがライト卿に持ち掛けていた密談というのは、つまるところミャントム団の解散だった。
ラッシマを打倒し終わってハブ・プロットルの正常な統治が始まったいま、もはやミャントム団を維持する理由はなかった。それゆえルークはミャントム団を『ルーク商会』として再構成し、志願した元団員や行き場のない元地下労働者たちを引き入れて新たに商売を始めようとしていたのだった。
アンナも後でその話を聞かされたが、商売事にはからっきし興味がないし、その才覚がないことも分かっていたから、これ以上ルークについていく気はさらさらなかった。
そして自分の進むべき道を三日三晩悩んだ挙句、敵討ちを手伝ってくれたソウジたちの仲間として、精一杯の恩返しをすると決心した。
――したところまではよかったが、それを言い出すことがなかなかできず、ソウジたちが出立するこの日までずるずると来てしまったのだった。
(ああ、もう! こういうときくらい天邪鬼はやめろよ、アタシ!)
エリーはすでにそれを知っており、待ち時間を引き伸ばすことで支援してくれていた。ちらちらとこちらに送られてくる視線からは、いい加減出てこいというお怒りの念が伝わってくる。分かってはいるのだが、体が思うように動いてくれないのだ。
煮え切らない自分自身にやきもきしながら、アンナはショートパンツの両ポケットに手を突っ込んだ。片方にはスマボ、もう片方にはルークから餞別として受け取ったミエナイン壱号機が入っている。そのとき、アンナはとっておきの案を思いついた。
「よく聞け、そこの旅魔よ」
透明になったアンナは、ソウジたちの前に堂々と立ちはだかった。
「だ、誰だ!?」
イルは周囲を警戒しながら声を上げた。ソウジとカナエは、笑いをこらえるのに一生懸命になっている。
「我は風の精霊なり。貴様らもよく知っている、灰色の毛を持つ猫娘がいるだろう」
「ああ、いるな」
ソウジは自分の腰に両の拳を当てながらうなずいた。
「その娘を旅に連れて行かなければ、必ずや災いが起こるであろう」
「もうすでに結構色んな災いが起きてると思いますけど」
「し、失敬な! それはその娘のせいではない! お前たちの運命である!」
「じゃあさ、この出会いも運命ってことでいいんじゃないか?」
ソウジははにかみながら、目に見えないはずのアンナがいる方向に手を差し伸べた。
冷静になれば、声の出処から大雑把な位置と方角が割り出せるのだと気づけたかもしれない。しかし、生きる目的を見失って燃え尽きていたこのときのアンナは、そんな単純なことにも気づかないくらい思い詰めていたし、そのことに感動するくらいには心が弱っていた。
「来いよ、アンナ」
「……いいの?」
ソウジは生徒からごく簡単な質問を投げかけられた教師のように、すまし顔で語りかける。
「だって、復讐のことはもう考えなくていいんだろ。やりたいことやったらいいじゃん」
アンナは大粒の涙をぽろぽろと流しながら、ミエナインの透明化機能を解いた。
「後悔したって、遅いんだからな!」
「そっちこそ、やっぱりやめるって言ったってもう遅いぞ?」
ソウジがアンナの両肩を優しくつかむ。アンナは泣きはらした目を嬉しさに細めると、ソウジの胸を拳で小突いた。カナエもアンナの背中にそっと手を当てて歓迎した。
アンナはエリーの方に向き直ると、最後の挨拶を交わすことにした。長く温かい抱擁を終えたあと、エリーは未知の旅路に向けてアンナの背中をそっと押し出した。
「思いっ切りはしゃいできてね、アンナ」
「うん。行ってくるね、『お姉ちゃん』」
アンナは、記憶の隅でほこりをかぶっていた懐かしい呼称を掘り起こした。エリーはそれに目を丸くしたあと、涙をにじませながら手を振った。その表情には、安堵と寂寞が入り混じって伺えた。
そのとき、それまでずっと黙っていたイルがふと口を開いた。
「それはそうと、小娘。小芝居の前は一体どこに隠れていたんですか?」
ソウジは腰に下がっている無粋な骸骨を手のひらで一発強打した。
「イル、雰囲気台無し」
「デリカシーがなさすぎるわよ」
「さすがにひどいと思うわ、イルさん」
「す、すみません。以後気をつけます……」
アンナを除く全員からフルボッコにされたイルはさすがに反省したようで、声のトーンを一段落とした。そのとき、ガンという衝撃が死角からイルを襲った。
「あっ! いま殴りましたね小娘!」
「殴ってないし。偶然手が当たっただけだし」
再び、軽い衝撃がイルに伝わる。
「あっ、また殴った! わざとでしょう! 小娘!」
「違うし。偶然だし」
苦笑するソウジとカナエ。イルとの相性に関してだけは、本当に悪いようだった。
前途多難な旅ではあったが、それでもこの四魔ならきっと乗り越えていけるだろうとソウジは信じていた。




