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70話「もう一つの結末」

◆◆◆


 衛兵たちを率いてハブ・プロットルを走り回るトーマスは、躍起になっていた。


「絶対にこの街のどこかにいるはずだ! どんな手段を使ってでも探し出せ!」


 逃げ遅れて、積みあがった木箱の陰に隠れていた跳兎(ラビル)が、捕縛されて連行されていく。


 かなりの数の住民は捕まっているが、キングとルークの親子は未だに捕まっていなかった。彼らにしか分からない隠れ場所に逃げ込んでいるようだった。


 この街から逃げ出さない限りは見つけることができるはずだが、ちょこまかと動き回って妨害してくる住民や、隊列の後ろからちょっかいを出してくる傭兵たちが厄介で、捜索はなかなか思うように進んでいなかった。


 目にもの見せてやると頭に血を昇らせながら、トーマスはバリケードだらけの通路を進んでいた。


「隊長! 隠れ家への抜け道が見つかりました!」


 トーマスの後ろから、牙が少し短い嗅豚(クント)の衛兵が一魔(ひとり)叫びながら駆け寄ってきた。


「そうか! でかした! いますぐ案内しろ!」


「はっ! こちらです!」


 ぞろぞろと後続を引き連れて、トーマスは導かれるままに向かう。到着したのは、とある細い路地の奥にある小さなマンホールだった。


「本当に、こんなところにあるのか?」


「はい。盗賊団の構成員だというこの(マギ)が、この先に緊急時の避難場所があると」


 縛り上げられ、ボロボロに痛めつけられた噛狼(ヴォル)の老魔が、いまやってきたばかりのトーマスを怯えながら見上げている。こちらを騙す余裕があるようには見えない。


 トーマスはあごを指で撫でて思案したあと、ここまで案内してきた衛兵を冷たい目で見下ろした。


「お前、先に行け」


「え」


 トーマスは衛兵の尻を思い切り蹴とばした。


「罠があったらどうすると言っているのだ! 先に行け!」


「は、はいっ」


 横に立っていた若い噛狼の衛兵は鉄の棒を差し込むと、てこの原理を使ってマンホールのふたを開く。

 嗅豚の衛兵は、慌ててマンホールの中に潜り込んだ。その先が十分に安全だと分かったあと、トーマスも少し遅れて中に入っていく。


 そこは下水ではなく、じめじめとした洞窟のようなところだった。数魔が入れるような狭い空間から、立って通れるギリギリの高さの横穴がつながっている。トーマスがあごで行けと命じると、嗅豚の衛兵はその横穴へ進んでいく。


 暗い通路を数分ほど歩いた頃、トーマスと嗅豚の衛兵は明るい場所に出た。


「よお、トーマスくん。ずいぶんと遅かったな」


 ルークは相も変わらず不敵な笑みを浮かべながら、軽く手を振った。その隣にはキングも控えている。


「いたぞ! ひっ捕らえろ!」


 せっかく発見したのに、背後に空いている別の横穴に逃げ込まれてはたまらなかった。嗅豚の衛兵はサーベルを抜くと、身のこなしが鈍そうなキングに向かって駆け寄る。トーマスは憎そうににらみつけながら、さきほどしてやられたルークに切りかかった。


 キングはその年老いた見た目に反して、巧みな足さばきで衛兵を翻弄した。一方ルークは壁際に置いてある本棚の上に飛び乗り、攻撃を回避した。

 トーマスを見下ろしながら、ルークが言う。


「おいおい、聞いてないのか?」


「罪魔の戯言など、聞くに値せん!」


 トーマスは正中線上にブロードソードを構えながら、口角泡を飛ばした。ルークは愉快そうに笑いをこらえる。


「そうじゃないって。お前ら撤退しろ、って命令がライト卿直々に出てるの」


「は?」


 トーマスは遅れながらも追いついて戦闘に加勢しようとしていた衛兵たちに確認を取ったが、誰もが首を横に振った。ルークは呆れたように頭をかくと、黒いズボンのポケットからスマボを取り出した。


「ったく、情報収集の重要性も知らないのかよ……まあいいや。流してやるから、お前ら耳かっぽじってよーく聞け」


 スマボから音声が流れてくる。どうやら通話ではなく、録音したデータのようだった。それが本当のことだとすれば大変なことなので、トーマスたちは不本意ながらも耳を傾けた。


〈――彼の性急な行動に問題があったことについては、十分認識しています。ブレット親子の身元について詳しく精査した結果、彼らはミャントム団と一切関係がありません。また今回の事件につきましてもミャントム団ではなく、無政府主義のテロリストによる虚偽の声明であったと判明いたしました。ひいては、全ての兵力を早急にプロットルから引き上げ、正常な生活が送れる原状を回復するよう、全力を尽くして参ります〉


 トーマスは剣をぽろりと落とした。顔からみるみるうちに血の気が引いていく。キングとルークを交互に見たあと、ルークを苦し紛れに指差した。


「で、でたらめだ! そうだろう! ああ、そうか、音声をねつ造したんだ! お前ら小悪党のやりそうなことだ!」


 ルークは本棚の端に腰掛けると、音声の再生を終了したスマボを真上に放り投げて手遊びしながら、トーマスに言い放つ。


「どうしても信じられないって言うんだったら、ゲルートまで斥候を戻して確認させればいい。俺たちはそれまで堂々とここで待っていてやるよ。なあ、親父」


「ああ。本当に嘘つきなのがどっちか分かるまで、な」


 キングとルークはお互いに目を合わせるとにやりと笑った。トーマスは震える手であごを一撫でしたあと、続々と駆けつける衛兵たちをかきわけて、元来た道を戻りはじめた。


「どけ! 邪魔だ! どけと言っている!」


「隊長、どこへ!?」


「ええい、うっとうしい! 触るな!」


 衛兵が伸ばした手を両手で払いのけながら、トーマスは横穴に消えていった。


「ありゃ、逃げ出すつもりだな」


「ああ。ラッシマが死んだ以上、部隊を指揮した責任を負うのはあいつだからな。あっ、お前たちも逃げ出すならいまのうちだぞ」


 衛兵たちはきょとんとして顔を見合わせたあと、サーベルをその場に放り捨てて一目散に逃げていった。ルークは地面に飛び降りると、キングと拳を軽く突き合わせた。


「やったな、親父!」


「今夜は飲むぞ!」


 ルークはキングの差し出した手を握ることなく、尻のポケットから巻き煙草を取り出すと、マッチで火をつけた。かぐわしい香りが室内に漂い、汗にまみれた衛兵たちの男くさい残り香を中和した。


「アンタはまだ首長としての後処理があるだろ。俺はその隣でゆっくり勝利の美酒に酔わせてもらうよ」


「おい、あんまり気が滅入ること言わないでくれ……」


 テーブルに片手をつきながらうつむいて落ち込む父親を、息子は嘲笑した。しかしその仕草とは裏腹に、キングの顔は喜びに満ちていた。

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