69話「一件落着」
部屋の空気が一瞬、凍り付いたかのようにしん、と静まり返る。
アンナは十秒以上が経過してもまだ自分が生きていることに気づき、恐る恐る目を開いてモニターを見上げると、一秒と少しを残して、カウントダウンは止まっていた。
「助かった……?」
「ええ、そのようね」
カナエは腰が砕けてへたりこんでいるアンナの腕をぐっと持ち上げて、立ち上がるのを手伝った。スマボ越しに、ユダの安堵のため息が聞こえてくる。
「ありがとう、ユダさん。勇敢なあなたがいなかったら、きっと止められなかったわ」
爆心地だと最初から分かっている場所に覚悟を持って向かうというのは、そうそうできることではない。カナエの心からの称賛に対し、ユダは小さく笑った。
〈いえ、大したことはしていませんよ。ラッシマに長年加担していた罪滅ぼしくらいしなければ、みなさんに合わせる顔がありませんから〉
遠巻きに聞こえたユダのセリフに、アンナは通話の横から口を挟んだ。
「あの奴隷たちを助けるために危険を冒してまでスパイをやってたんでしょ? アンタのことは誰も咎めないし、咎められないって」
〈的を射た意見ですね。参考にしておきます〉
「なんだよ、それ! 魔がせっかく褒めてるのに! そういう遠回しな言い方やめてって言ったじゃん!」
そんな軽い冗談が言えるほどに場が和んだことに気が緩み、スマボ越しに笑い合うアンナたち。さらなる事件が起きたのは、そのときだった。
「あのぉ……」
どこからともなくおどろおどろしい声が聞こえ、驚いたアンナは尻尾を逆立てながら数十センチほど上に飛び跳ねた。
「ちょっと、カナエ! 変な声出さないでよ!」
「出してないわよ」
真顔で返答してきたところを見ると、カナエが嘘や冗談を言っているようには全く見えなかった。
「えっ? でもソウジは寝てるし……じゃあ、ユダ?」
〈いえ、違います。私にもうっすら聞こえました〉
よく考えてみれば、あんな大変なことが起きた後にそんな質の悪い悪ふざけをしようとする魔などいるわけがなかった。つまり、声の主はこの三魔以外ということになる。
「あのぉ……みなさん……」
アンナのすぐ後ろでさっきと同じ震え声がして、それからうごめく物体が左足のかかとにこつんと当たった。アンナは鳥肌を立て、甲高い悲鳴を上げながら前に駆け出した。
「いやぁ! お化け!」
「死体呼ばわりされたかと思えば、今度はお化けですか……いやはや、私ショックです……」
ゆっくりと振り返ったアンナは、真相をついに理解した。カナエが、拾ったイルの頭蓋骨を左の脇に抱えて立っていたのだ。理解の範疇を超える現象が立て続けに起こったせいで、アンナは開きすぎた顎を外れないように戻すのが大変だった。
「イルさん、生きてたの!?」
「頭だけは壊されずに済んだので……九死に一生でした……」
〈なんと、ご無事でしたか。それは何よりです〉
イルは体を失ったせいか、いつもよりずいぶんとしょぼくれたトーンで喋っている。それゆえ、発声が震えて幽霊のように聞こえていた、ということだったようだ。紛らわしいことをしないでほしい、とアンナは身勝手に思った。
そこでアンナは、ふと驚くべき事実に気がついた。あれだけ激しい戦闘を通じて、誰も脱落していない。
「ってことは、全員生き残れたんだ!」
「ええ、そうね」
アンナは歓喜のうちにガッツポーズをすると、小躍りしながらカナエにハイタッチを求めた。それに応じるカナエも、心なしか微笑んでいた。
「ということは、ソウジ様も無事なんですね!?」
「うん。あそこで静かに寝てるよ」
カナエの足元に置かれているイルは、ソウジの生存を知った途端ひどく上機嫌になり、鼻歌まで歌い出した。気分の上下がずいぶんと激しい骸骨だった。
〈すみません。みなさんを救出するために外部の団員といったん合流しなければならないので、私はこの辺で〉
「そっか。じゃあ悪いけどよろしくね」
有能執事の『お仕事』はこれからもまだまだ続くようだ。働きすぎて過労死してしまうのではないかと心配になるくらいの活躍ぶりだった。
アンナたちは話し合った結果、外の事態が落ち着くまで、安全なこの部屋で待機していることにした。皆あまりに疲弊しており、これ以上の戦闘は無理だという帰結に達したからだ。訪れた勝利の余韻を、アンナたちは存分に堪能するのだった。
こうして、ラッシマとの過酷な戦いは幕を閉じた。結果だけ見ればソウジたちの完全勝利と言っても過言ではない。しかし、一番の立て役者であるソウジはそんなことなど露知らず、アンナの膝の上で静かに寝息を立てていた。




