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68話「マジでくたばる5秒前」

「もしもし!ユダ!?」


〈もしもし。大事ありませんか?〉


「うん。あの禿げマシラは成敗したよ! その代わり、骸骨さんがバラバラになっちゃったけど……」


 アンナは粉々になったイルの残骸を見ながら、悲しそうに呟いた。


〈そうですか……〉


 ユダはその報告に色々と思うところがあったようで、沈黙したまま少し間が空いた。だが、いまは感傷に浸っている場合ではない。アンナは続けて、現在置かれている窮状を説明しようとした。


「それはそうと、大変なんだよ!いま爆弾がやばくて!」


〈ええ、すでに知っています。その件でかけました。まだ工場の中にいるので、何か手伝えることがあれば、と〉


 この状況下で現地を動き回ってくれる(マギ)というのは、いまカナエたちが喉から手が出るほどほしかったものであり、渡りに船だった。ユダの的確すぎる状況判断能力に、アンナは感動さえ覚えた。


「ちょうどよかった! ボタンを押してほしいんだよ!」


〈ボタン? 何のです?〉


「爆発の!」


〈はぁ……?〉


 気を急くあまり支離滅裂な発言をするアンナを見て、カナエはもどかしそうに頭をかいた。そして、このままアンナに通話を任せていては埒が明かないと思ったらしい。看護師に対してメスの受け渡しを要求する医師のように、アンナに向けて右手を突き出した。


「貸して!」


 現状を上手く伝えることができていないというのは、アンナ自身にも客観視できていたようで、あたふたと取り落としそうになりながらもスマボを差し出す。カナエは一秒でも惜しいと言いたげに荒々しく奪い取った。


「もしもし、カナエよ。いま代わったわ」


 カナエはモニターを見上げながら、最速で最低限必要な情報を伝えるための言葉を即座に導き出した。


「端的に言う。爆弾があるところまで行ける?」


〈行けます〉


 猶予がほとんどないことを理解しているためか、ユダは特に質問を返すことはなかった。幸いなことに、いまから向かっても間に合う位置にいたらしい。スマボのスピーカーからは苦しそうな息遣いだけが聞こえてくる。


「カナエ、やばい! 残り一分だよ!」


 アンナはその場でそわそわと足踏みして、カナエの顔とカウントダウンの数字を交互に見ながら叫んだ。しかしカナエは、無駄な会話に意識を割くことさえ惜しいのか、黙ってユダの返事を待っている。

 その間にも、カウントダウンは無情にも進んでいった。


 やきもきする数十秒を経た後、ユダの声が聞こえた。


〈着きました。次は?〉


「メンテナンス用の操作盤が本体に直接くっついているから、ふたを開けて露出させて」


 ユダが了解するなり、固いもの同士が何度かぶつかり合う音がして、そのあと豪快な破壊音が響いた。工具を持ち合わせていなかったので無理やりこじ開けたのだろう、とカナエは想像した。


〈開きました〉


「赤くて丸い小さな押しボタンがあるはずよ。それを押して」


 図によれば赤いボタンは一つしかついてないので、見間違えるはずはなかった。カナエは祈りながらしかしユダはしばしの試行錯誤の末、力なく答えた。


〈丸いボタンがありません〉


「そんなバカな!」


〈四角いボタンなら一つだけありました。念のため押してみましたが、接着されたように固まっていて、奥に押し込めません〉


 もしかして、装置が停止できないように細工されてしまったのだろうか。そうだとしたら、もはや打つ手はない。そして、カナエたちが目の当たりにしたラッシマのひねくれ根性が、それほどまでに入念な細工をしていてもおかしくないと思わせるのだった。


 カウントダウンはついに残り三十秒を切った。延々と回り続ける赤色灯が目に悪い。工場内にいる者に危険を知らせるため、執拗に繰り返されるエマージェンシーコールは、この世の終わりを告げる黙示録を彷彿させた。


 カナエは思案した。この図にまで嘘があるとしたらお手上げだが、これを素直に信じて真実だとするならば、なにか見落としがあるはずだ。モニターの図を穴が開くくらいじっと観察する。


「もう無理かな……先に死んじゃってごめん、姉さん……」


 残り十秒。

 カナエは、擬態の中身であるウェイダとしての慧眼をもって、このギリギリのタイミングでこれしかないというアイデアを閃いた。


「押すのではなく、引っ張ってみて」


 直後、ユダが驚きに息を呑む音が聞こえてきた。


〈外れた! 中に丸いボタンがある!〉


「押して! 早く!」


 恐ろしい死のカウントダウンにも、とうとう終わりのときが近づいていた。

 減っていく数字を見ているのが耐えられなくなったアンナは、ぎゅっと目をつむり、耳と尻尾をこぢんまりと丸めながらうずくまった。その引き締まった小柄な体は恐怖に震えている。


 一方、ウェイダはメインモニターを静かに見据えながら、思いにふけっていた。

 命を落としかねないほどの危険に遭遇した場合、ウェイダは迷わず転身を解いて自分の身を守るつもりだった。カナエの偽者としてソウジのパーティに紛れ込んだばかりのときには、どうせすぐに解除するときが来るだろうと高をくくっていた。


 ところが、現実はそうはならなかった。ソウジは当初の見立てを大きく超える統率力と判断力で、ここまで無事に生き残ってきた。その誇るべき成果に対して、ウェイダは嘘偽りない称賛の念を抱いていた。


 もっとも、それはあくまでこの部屋に至るまでの話だ。パーティメンバーとしての協力は惜しまずにしてきた。それでも最終的に死んで終わるというのならば、所詮その程度の命運しかない、魔王の器には到底満たない男だったということになる。


 ソウジの真価を見極めるため、ウェイダは左手にはめた指輪の感触を確かめながら、事の行方が定まるのをじっと待ち構えた。


 カウントダウンがさらに進んでいく。5、4、3、2――

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