67話「絶望へのカウントダウン」
刹那、けたたましいサイレンが鳴り響いた。アンナは尻尾を逆立てながら、室内をきょろきょろと見回す。
「今度は何!?」
〈エマージェンシー、エマージェンシー。工場はあと五分で爆発します。作業中の方は作業をやめ、至急避難してください〉
「はぁ!? そんな話、聞いてないんだけど!!」
室内のランプが目に悪そうな赤色へと切り替わる。メインモニターには、残り時間が一秒ずつ減っていく様子がありありと表示されていた。ラッシマがどこかのタイミングで自爆装置を作動させていたのだろう。最後まで食えない男だとアンナは思った。
アンナはメインパネルの前にある椅子に座ると、とりあえずパスワードを入力し、急いで地下牢のロックを解除した。ひとまずこれで奴隷たちは自由の身になったはずだ。もっとも、たった五分程度では到底地上までたどり着けないだろう。
「なにか止める方法はないの!?」
パネルを使って手当たり次第に操作してみるが、自爆装置のコントロールや、爆破の中止といった項目はどこにもなかった。
「アンナさん、そこをどいて。あとは私がやるわ」
「カナエ!? その体で大丈夫なの?」
カナエが平気な様子で動き回っているのを見て、アンナは驚いた。焼き時間を大幅に間違えたトーストのように、全身すすけて真っ黒だったからだ。
「とっさにマナでバリアを張ったから、こう見えて中は平気なのよ」
「そ、それならいいけど……」
カナエは心配するアンナに変わって椅子に腰かけると、目まぐるしいスピードで打鍵し始めた。パネル上に魔族文字がずらっと表示され、下から上へ川のように流れていく。
「いまから爆発を止める」
「そんなことできるの!?」
「分からない。でも諦めて死んでしまうくらいなら、ダメもとで試した方がましでしょう」
もし地下工場が爆発したら、ここもその巻き添えを食うだろう。その考えに至ったアンナは、エレベーター以外の脱出経路として利用するため、一面に並んでいる大きな窓を割れないか試してみることにした。
カナエがラッシマとの戦闘時に取り落していたもう一本のサーベルを拾い、柄の部分で窓を殴ってみるが、びくともしない。簡単に割れるような素材ではないようだった。カナエはそこまで予測した上でいまの発言をしたのかもしれない。
諦めたアンナは、ラッシマの凶行によって変わり果てたゲルートの荒んだ風景を見下ろしながら、その場に座り込んだ。
(そっかぁ……もし自爆装置を止めるのに失敗したら、アタシたち死んじゃうのか)
ソウジのおかげで、ついに敵討ちを果たすことができた。しかも自らの手を汚さず、自滅させるという最高の形で。いまのアンナにもう未練はなかった。唯一思い残すことがあるとすれば、それは団員たちが勝利にわく姿や、エリーの無事を見届けられなかったことくらいだった。
妙に澄み切った気持ちでアンナは立ち上がった。結果がどちらに転んでも後悔はない。アンナ自身は気づいていなかったが、彼女はもう誰のことも恨んではいなかった。
そのとき、カナエが声を荒げながら、パネルを力任せに拳で叩く音がした。
「くそっ!」
アンナは慌てて駆け寄ると、カナエが憎々しげににらみつけているモニターの表示を見た。そこには『スイッチを押してください』と書いてあった。
「本体側で、停止用のボタンを押せと言ってる」
「えっ!?」
ご丁寧にもそのメッセージの隣に表示されたガイダンスと工場内マップが示すところによれば、爆弾の本体はどうやら地下四階にあるようだった。
それは牢屋の出口があり、ユダの後ろについて駆け抜けた、あのフロアだった。もし可燃性の資源があれらのタンクの中に保管されているとすれば、爆弾の設置場所としてはこの上ないだろう。
「いまからじゃ間に合わないよ!」
「分かってる! でも、ハッキングではこれ以上干渉できない!」
ラッシマのことだから、これが虚偽のメッセージで、そんな手順など中止には必要ないという可能性もあるかもしれない。しかし、もしこの内容が本当だった場合のことを考えると、とても無視するわけにはいかなかった。
ハッキングをしている間にも、残り時間は半分を切っていた。絶望感が二魔の間をじわじわと漂い始める。このまま諦めるしかないのか、そう思っていたときだった。
アンナのメイド服のポケットがブルブルと振動した。慌ててスマボを取り出してみると、どうやら壊れてはいないようだった。
「じゅ、ゆ、ユダから通話だ!」
ユダがなぜ一度も通話したことがないアンナの番号を知っているのかは分からなかったが、向こうもこの差し迫った事態を把握しているとすれば、何らかの意図があってかけてきたのだろう。ここで出ない理由はなかった。




