66話「暴君の最期」
ラッシマはゆっくりとソウジに近づいていくと、上半身を大きくひねって振りかぶってから、ガントレットを顔面めがけてフルスイングした。ソウジは片手をすっと持ち上げると、ラッシマの拳をいとも簡単につかみ取って防いだ。
双方のパワーがぎちぎちと拮抗する。
魔具の強化込みで目一杯力を入れているのに、根を張った大樹のように攻撃をしっかりと受け止めて動かないソウジに、ラッシマは困惑を隠せない。
火事場で底力が出ただけだろう。そう思って何度も拳を打ち付けるが、ソウジはそれらを全て片手で軽々と受け止めていく。
さっきまでのド素魔の動きとは別魔のように違う。ラッシマは焦った。
この中央管制室に向かうまでの戦闘映像を見た限り、これほどまでの戦闘能力は持ち合わせていないはずだった。いままでは本当の実力を隠していたとでもいうのか。
「い、一体なんなんだ、お前は!」
率直な感想とともにラッシマは飛びずさると、今度は火炎放射器でソウジに襲い掛かった。
ソウジは右手で猛り狂う炎を受け止めながら、ゆっくりと前進していく。ラッシマの眼前までたどり着くと、いままさに炎が放射されている最中であることも意に介さず、パイプの放射口を握りしめ、もう片方の手を添えて、中ほどからぽきりと折った。
〈異常発生。内圧上昇。放射を中止します〉
バックパックからエラーメッセージがアナウンスされ、パイプに開いた亀裂からいびつに噴き出していた炎が止んだ。
「う、おお……!?」
身の危険を感じ、とっさにブースターで飛びのこうとするラッシマだったが、それは叶わなかった。ソウジの手は、ラッシマの左腕を万力のようにつかんで離さなかった。
ソウジは腰を落として力をためると、ラッシマのみぞおちに拳を一発ぶち込んだ。ラッシマはその痛みと衝撃に耐えられず、悶絶しながら腰を折った。膝をつこうとするが、ソウジはラッシマの腕を持ち上げてそれを許さない。
さらにもう一発、二発と腹部を殴打され、ラッシマは口から血を吐いた。内蔵に何らかのダメージが入ったのだろう。苦しそうに呼吸している。
ソウジはようやく手を放すと、後ろを向いた。ラッシマはよろめきながらも、残った力を振り絞って殴りかかっていった。
「この……死に損ないがァ!」
ソウジは、両腕が上がったことで無防備になった腹部に回し蹴りを放った。さきほどソウジが吹っ飛んだのと同じ位置に向かって、今度はラッシマが吹き飛ばされる。
檻を構成している金属の棒が千切れ、ラッシマは開いた穴から檻の内側へと倒れ込んだ。固いものに激しくぶつかったことで壊れたのか、背負っているバックパックがバチバチと音を立てながら煙を上げている。
落ちていたサーベルを拾い上げ、破壊された檻を踏み越えて闊歩してくるソウジに、ラッシマは恐怖した。生物としての格の違いを目の当たりにして、この相手に立ち向かうことは不可能であると、本能がそう告げていた。
「ま、待ってくれ! いままでのことは謝る! 悪かった、この通りだ! 奴隷たちはちゃんと解放する! それで許してくれ!」
へたりこんだラッシマは、ソウジを見上げながら手を合わせた。ソウジはそれを聞いてなお、一歩前進する。
「いまハブ・プロットルに派兵している衛兵たちは全て撤退させる! 傭兵たちの身柄の安全も確保する! 持っている債権だって全て放棄する! これでどうだ!」
降参だというように両手を挙げながら、ラッシマは言い放った。ソウジは変わりなく、一歩前進する。
「なにが望みだ!? 金ならやる! 地位もくれてやろう! お前は頭が回るから、参謀にはぴったりだ! ジューダスの後釜でもいいぞ! お前たちが望むものはなんだって与える! 一生遊んで暮らせるよう保証する! だから許してくれ!」
ラッシマは尻餅をついた状態のまま、手足を使って情けなく後ずさりながら、泣き笑いで懇願した。それでもソウジは一歩前進する。
床の端に開いた穴のすぐ近くまで追いつめられ、ラッシマにはもう後がなくなった。何かの拍子にずり落ちれば、下層まで真っ逆さまだ。そして、落ちた先には凶暴なあのキマイラがいる。
「助けてください……なんでもしますから……お願いします、命だけは……」
ついにラッシマは観念したらしく、涙を流して哀れに命乞いを始めた。奇しくも、ソウジが最初に宣言した通りの結果になったというわけだった。
ソウジは最後まで聞く耳を持たなかった。両手で逆手持ちしたサーベルを無慈悲に持ち上げると、ラッシマの胸元に突き立てるために振り下ろした。
そのとき、ソウジの両腕を毛深い両手がつかみ、押しとどめた。
「もういいよ、ソウジ!」
アンナはなけなしの力を振り絞って、どこから湧いてくるのか分からないソウジの馬鹿力を食い止めていた。ソウジは壊れたロボットのように、なおも振り下ろそうとする。
アンナは白目を剥いてラッシマに向かって行こうとするソウジに向かって懸命に呼びかけた。
「たしかに殺したいくらい憎いけど……! こんなやつのために、手を汚す必要なんてないよ……だからお願い、もうやめて……!」
その想いが届いたのかどうか定かではなかったが、アンナのこの決死の呼びかけに応じて、ソウジの瞳にかすかな光が宿った。
「あれ、アンナさん? 俺、いま何を……」
握力を失った両手からサーベルがこぼれ落ちたあと、ソウジの両のまぶたはすとんと落ち、意識を失った。
「ソウジ!」
前につんのめるようにして倒れてくるソウジを、アンナは下から抱きかかえるようにして支える。そうして、ソウジは今度こそ動かなくなった。体には温かみがあり、たしかな鼓動を感じるアンナ。幸い、死んだわけではないようだった。
しょせん他魔事だというすまし顔で魔助けをしてみたり、弱々しく逃げ回っているかと思えば急にものすごい力を発揮してみたり、つかみどころのない不思議な青年だなとアンナは思った。
「ありがとう、アンナ君。君のおかげで助かったよ」
アンナがはっと気づいたときには遅かった。一体どこから持ち出したのか、声の主はソウジとアンナに魔術銃の銃口を向けていた。どこまでも救えないやつだ。
どちらも満身創痍という条件は同じだ。しかし、男一魔を抱えたまま弱った足腰で逃げ回るのに比べて、相手を至近距離から銃で狙う方がよほど容易いというのは、誰の目から見ても明らかだった。
「最後に勝つのは俺だ! ふははは――」
ラッシマは顔を上げて高らかに笑いながら、トリガーを引いた。もはや避ける術はないと諦観したアンナは、直後に襲いくる痛みを想像して目をつむる。
そのとき、上半身を反らしたことによりラッシマの重心がわずかに後ろにずれた。銃弾はアンナの肩をかすめ、あらぬ方向へ飛んでいった。
全く機能していないお荷物のアーマーが、バランスを崩したラッシマの上半身をより後ろへと引っ張る。慌てふためきながらなんとか前に体を持っていこうとするラッシマだったが、変に暴れることで重心移動がさらに加速した。
「あっ」
反射的に口をついて出た感動詞だけを残して、暴虐の限りを尽くしたその器猿は下のフロアへと落ちていった。
アンナが恐る恐る穴から身を乗り出して底を見下ろすと、彼はすでに事切れていた。
「なんて哀れな男……同情はしないけど」




