63話「守銭奴」
「君たちにこのコントロールパネルを触らせるわけには行かないんだ。貴重な労働者を手放すわけにはいかんのでね」
こみ上げる義憤のあまり、ぐっと拳を握りしめたソウジの手の甲に血管が浮き出た。あれは労働などというきれいな言葉で説明することなどおこがましい、醜悪な非道だ。
「労働者じゃなくて、奴隷だろ」
ソウジの指摘に対してラッシマは白々しくため息をつくと、かけている眼鏡の金色のフレームを二本指でつかみ、くいっと上げた。
「おーおー、魔聞きの悪い。この国では奴隷の取引が禁止されているのを知らんのかね?彼らは正当性ある雇用関係のもとで、私のために日夜貢献し、健康的な汗を流しているのだよ」
ラッシマは舞台に立つ演者のような大きな身振りで、開いた両手を上に高く挙げ、ソウジたちにアピールした。ソウジはそれに取り合うことなく、さらに鋭い言の葉を紡ぐ。
「彼らが流しているのは、汗じゃなくて涙だよ。全身薄汚れて、真っ黒になった涙だ」
「その通り。薄汚い欲望にまみれた、守銭奴の哀れな涙だ」
ラッシマは臭い物を嗅いだかのようにぐっと鼻をつまむと、机の上からゴミをはたきおとすときのように、さっさっと手を払うジェスチャーをした。それを見たアンナは、噛みつかんばかりに牙をむいて大声で反論した。
「言葉巧みに騙して、めちゃくちゃな金利で貸し付けたんだろ!そのせいでアタシのママは苦しみながら死んでいった!借りた方が全部悪いみたいに言いやがって!守銭奴はお前だろ!」
ラッシマは理解不能な馬鹿を見たというような呆れ顔で、やれやれと大きく首を振った。
「条件が気に食わないなら、最初から借りなければいいだろう?借りたものはきちんと持ち主に返す。それが常識というものだ。どんな理由であれ、返せない方が十割悪いのだよ。むしろ、そこそこ稼げる仕事を与えた上で返済の機会と猶予を与えているだけ、温情があるとは思わないかね?」
ラッシマがいま言った内容だけを聞けば、正しい言い分のようにも聞こえる。しかし地下の惨状が明らかになった以上、それが詭弁であることは誰の目にも明らかだった。
「っ……!この野郎!」
「アンナさん、待って」
ラッシマに飛びかかろうとするアンナを、ソウジが手で押しとどめる。
傍からは落ち着いて見えるソウジだが、その内心では怒りが頂点に達していた。
ラッシマという極めて邪悪な存在に対峙したことで、良くも悪くも冷静沈着だったソウジの冷え切った心に変化が起こり始めたのだ。いままでに一度も湧いたことがない『人として許せない』という純粋な正義の心が、ソウジの中に芽生えつつあった。
「こいつは俺たち全員で、徹底的に痛めつけてやらなくちゃ」
あの温厚なソウジの口から出たとは思えない残酷な言葉に驚愕するアンナとイル。自分の戦闘能力の多寡だけでなく、全身の疲れと痛みさえも忘れて、ソウジは猛る思いのままにサーベルを抜き放った。それを見たカナエも、もうすぐ戦いの幕が切って落とされるであろうことを察してサーベルを抜く。
お互いの間に張りつめていた糸が、徐々に引き千切れていく。
ラッシマは対話の終焉を把握してもなお、ソウジたちに語りかける。
「そうだ、戦う前に一つだけ提案させてくれ。我々には剣よりも立派な言葉という武器がある。もっと平和的に行こうじゃないか」
いかにも馴れ馴れしい声色でそう言うと、ラッシマは笑顔で両腕を大きく広げ、ソウジたちに歓迎の意を表した。
「君たち、私の下につかないか?さっきも言った通り、君たちは優秀なチームだ。我が商会の不正を暴き、難敵を排してここまでたどり着く知恵と勇気がある。それなりの待遇を約束するよ。どうだね?」
ラッシマが喋り終わるなり、ソウジは床一面に敷きつめられているグレーの四角いタイルに向かって勢い良くつばを吐き捨てた。
「あんたみたいな腐れ外道の部下なんて、死んでも嫌だね」
ラッシマはくつくつと笑い始めた。それは次第に高笑いになり、最後にふーっと深い息を吐いて、それから静かになった。
「こっちが下手に出ていりゃあ、調子に乗りやがって……せっかく捕らえた傭兵たちをよくも逃がしてくれたな……そのせいで俺様の完ッ璧な計画が台無しになったじゃあねぇか、このクソッタレどもが……!」
ラッシマは全身を震わせながらローブを脱ぐと、近くの床に向かって乱暴に叩きつけた。頭部を隠す気はもはやないようで、人間と同様に頭皮の一部だけを覆う茶色い頭髪と、器猿特有の赤ら顔がまる見えだった。
露わになったローブの下には、白い布地に金色の細かい刺繍がほどこされた上質なチュニックと、ベルベット生地で仕立てられた赤褐色のパンツを穿いていた。背中に背負ったバックパックからは銀色の素材で出来たフレームが数多にも生え、全身をアーマーのように覆っている。
ラッシマが両腕を下に振ると、肘から先の機構が変形し、右手にはごつごつとしたフォルムのガントレットが、左手の甲には口を開いた太い直線状のパイプが、駆動音とともにそれぞれ生えてきた。
「クソネズミども、覚悟しやがれ!ぐちゃぐちゃのミンチにしてやる!」




