62話「ごきげんよう」
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ソウジたちは、エレベーターホールへとたどり着いた。設置されているのはどうやら一台だけのようで、大きな扉の横には上階行きのボタンだけがついている。ユダが言っていた通りこの真上に中央管制室があるとすれば、もうゴールについたようなものだろう。
なにか罠がないか警戒しながらボタンを押し、やってきたエレベーターに乗り込むソウジたち。かごの中は扉のサイズに比例して広く、少なく見積もっても三十名は乗れそうだった。
「ようやく到着ですね。一時はどうなることかと思いましたが」
イルがほっとした様子でソウジに話しかける。ソウジはうなずくと、全員に向かって深々とお辞儀をした。ソウジ自身もここまで来られるとは思ってもみなかったので、ここまで協力してくれたことに感謝の意を示したいと思ったのだ。
「何度もピンチが来ても乗り越えられたのは、みなさんのおかげです。ありがとうございます」
みんなのきょとんとした反応を見る限り、この作法は魔界ではあまり馴染みがないようだったが、気持ちだけはちゃんと伝わったようだ。
「ソウジだって頑張ってたじゃん。お礼なんかいいって」
「その通りです。リーダーは堂々と胸を張っていれば良いのですよ」
照れながら頬をかくソウジを、アンナたちは微笑ましく眺めるのだった。そのとき、カナエが冷たい口調で横槍を入れてきた。
「まだ全て終わったわけじゃないでしょう。最後まで気を引き締めておかないと、足元をすくわれるわよ」
「そ、そうですね。たしかに……」
言い方はきついが、的を射た意見だった。まだ衛兵たちが待ち構えている可能性だってあるのだ。疲弊しきっている中、この四魔だけでそれに対処することを想像してみると、朗らかな笑みは自然と消えていった。
ポーンという耳障りのいい電子音が鳴り、エレベーターは上の階へと到着した。シルバーに鈍く輝く扉が左右に開いていく。室内の風景がソウジたちの目の前に広がると、緩んでいた空気は一変した。
なぜならそれは、予想していた中でも最悪のパターンだったからだ。
「ごきげんよう、諸君。ようこそ我が展望室へ」
前方には、半透明の素材でできたたくさんのモニターと、操作用のパネル群が見える。中央に位置するモニターが一番大きく、どうやらそれがメインモニターのようだった。
群青色のローブをまとい、そのフードを目深にかぶったラッシマは、メインモニターの手前に設置されている背もたれつきの回転椅子に深く腰掛け、優雅にくつろいでいた。
ユダは打ち合わせの際、ラッシマは自分の手を汚すことが大嫌いだから、自分自身で実際になにか動くことは百パーセントないだろうと言っていた。どこか安全なところに引きこもって、高みの見物を楽しむだろうと。
その予想はたしかに当たっていたようだ。よりによって、この中央管制室がその場所だということを除けば。
「遠慮することはない。さあ、もっとこちらへ来たまえ」
ラッシマは攻撃を仕掛けてくるわけでもなく、ソウジたちに向かってひらひらと手招きしている。ソウジたちは何が起きても対応できるように臨戦態勢を取りながら、じりじりとラッシマの方へと近づいていった。
向かって左側には巨大な檻が備え付けてあった。普段はこの檻の中であのキマイラが飼育されており、床の仕切りを開閉することで下の階と行き来できるようになっている、という仕組みのようだ。
キマイラはまだ下にいるらしく、どこにも姿はなかった。もしあの怪物がまた襲い掛かってきたらと思うと勝てる気がしなかったが、キマイラの巨体が通れるほどの隙間は開いておらず、いまのところその危険はなさそうだった。とはいえ、警戒しておくに越したことはない。
部屋の反対側に目を向けると、右手は一面が窓になっており、街の様子を上から一望することができるようになっている。椅子から立ち上がると、ラッシマは背中でゆったりと手を組み、その窓越しに地表を見下ろしながら静かに語りかけてきた。
「君たちの活躍は監視モニターを通して見させてもらったよ。シャッターのパスワードを変えたので、突破はできないだろうと踏んでいたのだが――あのアイデアは斬新だったね、ソウジ君!」
ラッシマは半身を翻すと、ソウジに向かって嬉しそうに指を差した。心の底から褒め称えるようなその口ぶりに、ソウジの全身が鳥肌を立てる。発言の意図が理解できない。我々は彼にとって反逆者であり、憎悪の対象ではないのか。
「アンナ君が自慢の脚力を生かして跳ねるあの姿、命からがら逃げ回り、手を取り合って脱出を果たす君たちの雄姿、実にエキサイティングな戦いだった。平凡な日々に退屈していた私にとってはいい余興になったよ。コングラチュレーション!」
こちらに向けて盛大な拍手を送るラッシマを、苦虫を噛み潰したようなしかめ面でアンナがにらみつける。
「その気持ち悪い茶番をいますぐやめろ」
ラッシマはとぼけた表情で肩をすくめた。
「せっかく褒めているというのに、最近の若者は冷たいね。ま、嫌だと言うならば尊重しよう」
ラッシマはそう言うと、再び後ろで手を組んだ。武器になるような物を持っているかどうかは不明だが、少なくとも動きに関しては隙だらけのように見える。
このまま四魔で取り押さえてしまえば、数の有利で勝てるのではないかとソウジが期待したそのとき、それを見透かしたようにラッシマが口を開いた。




