60話「とっておき」
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衛兵隊長トーマスは鳥馬を操り、ハブ・プロットルへ向かって街道を順調に進軍していた。すでに先鋒部隊は布陣を完了し、いまや眼前に街を望んでいた。街道がつながる町の入り口には、見るからに急造の簡素なバリケードがほんのわずか、健気にも張り巡らされていた。
トーマスは見覚えある顔を遠目に認めると、片手を挙げて命令を下した。
「止まれ」
「止まれー!」
近くにいる連絡係の大声によって、トーマスの合図が後方にも伝えられる。背後に従っている数多の衛兵たちは指揮官の命に従い、列を整えてから歩を止めた。トーマスは鳥馬の手綱をすぐそばにいた衛兵に渡すと、話しかけながらふと遠くを指差した。
「あそこにいるのが見えるか?」
その衛兵は目を凝らしたあと、驚きの声を上げた。ルークはたった一魔でバリケードの外に立ち、両手を大きく挙げて、敵対の意思がないことを必死にアピールしていた。
「まさか、ルーク・ブレットですか!?」
「ああ。おかげで探しに行く手間が省けたよ。いまから直接話しに行く。護衛だけついてこい」
「はっ」
連絡係は続けて、休めの命令を隊全体へと伝える。トーマスは少数の衛兵を連れて、ルークの元へと歩いていった。
ルークはトーマスが来たのを見るなり、二歩ほど後ずさった。衛兵たちのことがよほど恐ろしいのか、震えながら自分の腕を抱えている。トーマスはあと十歩ほどの距離というところで立ち止まると、わざとらしく大仰な会釈をした。
「これはこれはご子息どの。ちょうどよかった。あなたを探しておったのですよ」
「し、知ってます……投降しに来ました」
ルークは捨てられた猫のように耳を情けなく垂らし、尻尾を股の下に巻き込み、謝罪の意を示すようにうなだれている。トーマスはにんまりとにやけながらゆったりと拍手をした。大事な息子の身柄さえ確保してしまえば、父親はこちらの要求に応じざるを得ないに違いない。それで、もうこの話はおしまいだ。
「殊勝なことだ。それでこそ、誇り高いキング市長の顔も立つというものですよ」
トーマスは相手を逃がさないよう護衛たちに包囲させながら、自分は真っ直ぐゆっくりと近づいていく。ルークは怯えてさらに一歩下がりながらも、絞り出すように叫んだ。
「一つだけ、約束してください」
「なんだね?君の勇気に免じて、善処しよう」
トーマスの顔を恐る恐る見上げながら、ルークはぼそりと呟いた。
「町の魔たちを傷つけてほしくないんです。絶対に手を出さないって約束してくれますか?」
トーマスはそのあまりにくだらない要求に、思わず鼻で笑ってしまった。もっと無茶苦茶なことを言ってくると予想していたからだ。
「なんだ、そんなことか。約束するよ。我々もそこまで悪魔ではないからな」
「ありがとうございます……」
ルークは悲壮な面持ちでそう言うと、トーマスに向かって一歩だけ進んだが、それ以上は動かなくなってしまった。
「何をしている?早くこちらに来い」
首をかしげるトーマスに、ルークは毛を逆立てながら顔を背けた。
「あ、足がすくんで動けないんです。あなたたちが、もっとこちらに来てもらえませんか」
トーマスは馬鹿にするように、大きな大きなため息をついた。
「全く……盗賊っていうのはさぞかし気が弱い腰抜けの集まりなんだな。他目を気にして、こそこそと地下をはいずり回っている理由がよく分かる」
肩をすくめ、やれやれと首を振りながらルークに近づいていくトーマス。護衛の兵士たちも、それに追従するように前へ進む。やがて、トーマスはあと数歩の距離まで近づいた。
「ほら、さっさと手を出せ」
ルークが差し出した手首にはめるため、トーマスは腰に下げている手錠を外して手に取ったそのとき、トーマスはルークの右手に妙なものが握られていることに気がついた。
「いいね、すごくいいよ。その“位置”だ」
「は?」
ルークの声色はそれまでの気弱な青年とはがらりと変わり、大胆不敵な盗賊そのものだった。トーマスはその目まぐるしい変化にぎょっとした。
「アンタたちにも、地下をはいずり回る気持ちをぜひ味わってもらおうと思ってね」
不穏な空気を感じた護衛たちが、ルークに何かされる前に飛びかかろうとしている。一方のトーマスは危険を察知したらしく、踵を返して逃げ出そうとした。だがしかし、すでに遅かった。
ルークは握っていたスイッチを思い切り押し込んだ。その瞬間、ガコンという何かが作動する音がして、トーマスたちがいままで立っていた地面が消滅した――否、正確には、地面を構成する土そのものが消滅したわけではない。どこまでも続く巨大な落とし穴が、突如出現したのだ。
ルークが言っていた『とっておき』というのは、陥穽と空掘を兼ねる、この大掛かりな仕掛けのことだった。
ルークたちは有事に備えて、独自に開発した膨大な数の魔具をコツコツと街周辺の地下に埋め込んでいた。
それらは地脈に流れる魔素を動力源にしながら長期間にわたって作動し、地下の土を少しずつ掘削して空洞にしつつ、地表面が陥没しないように内部から支える。起動スイッチが押されるとその支えが解除され、ハブ・プロットルをぐるりと取り囲むようにして、巨大な溝が開くのだ。
綿密な地質調査の末、ルークたちミャントム団が仕掛けた巧妙な罠であった。
この空堀が出現したことにより、町の中へ続く主な街道以外の陸路は全てシャットアウトされたことになる。外部からの侵入を一挙に妨害するとともに、防衛すべき地点を絞り込むという一石二鳥の策であった。
トーマスと護衛たちは、ルークの目の前で間抜けな声を上げながら暗い穴の底に落ちていく。丸腰でトーマスたちが単独行動するよう試みたのも、腹立たしくも弱々しい演技をしてこの地点までトーマスを呼び寄せたのも、全てはこのためだった。もっとも、ここまで予想通りに上手くいくとは思ってもみなかったルークだった。
「地底ツアー御一行様、ご案内~」
ルークは嘲るようにあかんべえしながら、哀れなトーマスたちに向かって手を振った。周囲を見回すと、巡回中の衛兵たちや野営設備の一部まで巻き込まれたらしく、陣営全体がてんやわんやしているようだった。
溝の底で衛兵たちは相当ひどい仕打ちを受けているようで、悶絶の悲鳴が聞こえてくる。
ジャンがにやにやしながら「嫌がらせもちょっと仕込んでおいた」などと言っていたのは覚えているが、それがどのような内容かまでは聞いていないため、落ちた先で一体何が起きているのかルークには分からなかった。もっとも、ジャンの性格から察するにかなりいやらしい性質のものであることは間違いないだろうと思った。
底で繰り広げられている光景を自分なりに妄想してしまい、ルークは恐怖に身を震わせた。
ルークは気を取り直すと、急いで街の入口へと戻り、真剣な表情に戻って市民たちに呼びかけた。衛兵たちが目の前まで迫っているとあって、慌ただしい雰囲気が街全体を支配している。
魔族たちは各々のポジションについて、現在進行形で作業をしていた。前線で戦うために大なり小なり武装した者以外は、家々から家具を持ち出して、バリケードを上へ上へと積み上げるのに必死だった。
「トーマスのやつを落とすのに成功したぞ!」
ルークが大声で叫ぶと、市民たちから歓声が上がった。士気を高揚するための第一報としてはこの上ない成果だった。ルークは注目を集めたタイミングを逃さず、引き続き指示を出していく。
「でもすぐに上ってくるはずだ!バリケード増築と地下への避難誘導、急いで!」
飛鳥と翼の生えている唱角は空を飛べるため、落ちた兵士たちを地上に救出・運搬されるのは目に見えていた。それまでに、できるだけ完璧に近い迎撃態勢を整えておく必要がある。落とし穴作戦が成功したのはあくまで時間稼ぎにすぎず、いずれ衛兵たちが街中になだれ込んでくるであろうことに変わりはなかった。
そのとき、見張りに立っている掘爬の市民があっと声をあげた。彼が指した先を見ると、動揺しているトーマスの部隊の奥側に、大きな土埃が上がっている。
「まさか、増援か!?」
「俺には分かんねぇよ!結構いるんじゃないか?」
もし増援ならば、立ち回りをより防御的なものに変える必要があるかもしれない。もっとも、増援にしてはタイミングが早すぎるとルークは考えていた。そして、もう一つ可能性があるとすれば、それはこちら側にとってさらに有利な状況を生み出してくれるはずだ。
いずれにせよ、この集団が到着すれば、戦況を大きく左右するだろう。もはやこのロスタルカを見放したと伝えられる古の神々にダメもとで祈りを捧げながら、ルークが様子を伺っていると、その集団は待機している衛兵たちのところで立ち止まり、そして戦闘を始めた。
「傭兵たちだ!交渉に成功したんだ!」
「味方なのか!?」
聞き返してきた掘爬の市民の肩を抱き、ルークは喜びの声をあげた。
「そうだ、味方だ!援軍だよ!」
その叫び声を聞いた市民たちは、さらに活気づいた。当初は絶望的だと思っていた戦況に、わずかながら希望の光が見えてきた。はかない綱渡りではあるが、諦めるにはまだまだ早い。
「こっちは何とかなりそうだ……頼むぜ、ユダちゃんたち」
ハブ・プロットルとしては現状ほぼ最善を尽くしており、これ以上どうすることもできない。あとは、ユダ率いる団員たちがラッシマの裏を上手くかいてくれることを祈るしかなかった。




