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58話「ユダVSシュルト」

◆◆◆


 シュルトとユダは少しの距離を置いて、にらみ合っている。互いの間合いを見計らっているのか、すぐに動こうとする気配はない。頭上に吊り下げられている照明の黄色い薄明りが二魔(ふたり)を怪しく照らし、その空間の緊迫感をさらに高めている。


 ユダは両腕を組みながら、他愛もない日常会話を持ち掛けるかのような気さくな声音(こわね)で、シュルトに対して素朴な疑問を問いかけた。


「前々から悩んでいたことがあります。貴方はラッシマの出す指示にはいたって従順ですが、私の指示はまともに聞いてくれた試しがありませんね。なぜですか? 私の態度に、どこかまずい点でもあったでしょうか」


 シュルトは馬鹿にしたような大笑いを思う存分した後、光沢を帯びたなめらかな太い指でユダを指差し、きっぱりと言い捨てた。


「ラッシマサマ、オマカセ、ジユウ。ダカラ、スキ。ジューダス、ウルサイ、コマカイ。ダカラ、キライ」


 シュルトはユダの存在そのものを否定したいとでもいうように、ユダの方に向かって掲げたその右腕を真横へ大きく振り払った。ユダはそれを見て、手入れが行き届いた左腕の白い翼でくちばしを上品に隠しながら、愉快そうにくつくつと笑った。


「なるほど。ほほう。嫌いな指示には従いたくない、というわけですか。いままで貴方の態度を律儀に気にしていた自分が、一気に馬鹿馬鹿しくなりました。これは上司として、教育的指導が必要ですね」


「オマエ、ウラギッタ! ジョウシ、モウチガウ!」


 シュルトのボディプレスを宙返りで避けると、ユダはその動きを利用して、隙だらけになっているシュルトの背面に強烈なかかと落としを叩き込んだ。蹴られた部分がメコリという音を立ててかぎ爪状に痛々しく陥没し、シュルトは思わず苦悶のうめき声をあげた。


 敵を見失ったシュルトがガムシャラに手足を振り回して大暴れする様をも冷静に見切ったユダは、ほとんど傷を負うことなく、シュルトの攻撃範囲から離脱することに成功した。


「そうでしたね。たしかに貴方が言う通り、私はもはやラッシマの部下とは言えません。ではその代わり、僭越ながら、退職した元上司として貴方に三つ、アドバイスを差し上げましょう」


 起きざまのシュルトに向けて、ユダは指を三本ぴしっと立てて見せた。シュルトはそれを見るなり、ぷるぷると小刻みに震え出し、そして心の底から叫んだ。


「ソノクセ、ウザイ! マジデ、キライ! ヤメロ! ウオオオオオオオ!」


 シュルトはユダのこの指を立てるキザな仕草がよほど嫌いなようで、幼い男の子が癇癪(かんしゃく)を起こしたときのように、両手を何度も交互に床に叩きつけた。それはまさに死と隣り合わせのドラミングである。


 しかしユダはそれに動じることなく、落ちてくるシュルトの手の指の隙間を見極め、針に糸を通すような繊細かつ大胆な動きで正確に避けていく。たったの一撃さえ被弾しないユダにさらなる格の違いを見せつけられ、シュルトは大きくたじろいだ。


「一つ、苦手なことでも並以上にこなせるのが一流――」


 苦し紛れに突進してきたシュルトに対して、ユダはなんとがっぷり四つ組み合うと、徐々に前進してゴリゴリとその体を押し戻していった。

 パワーと固さがとりえのシュルトにとって、飛鳥(ハピュル)の中でも小柄なユダがこの力比べに一歩も退かないどころか、あまつさえ自分の方が押し負けていることはとてつもない屈辱だろう。


「二つ、得意なことを極められるのが二流――」


 シュルトはこのまま押し相撲をしていては勝てないと考えたようで、体をひねってユダの押し出しをすかし、その重心を崩すと、無防備になった背中に殴りかかった。


 ユダは支えを失って前につんのめった勢いを利用して、くるりと回転しながらハイキックを放った。 横からの蹴りを腕に入れられたことにより、シュルトの右拳は斜め上方へと弾き飛ばされ、それに伴ってシュルトの体勢が大きく揺らぐ。

 もちろん、その隙を見逃すユダではなかった。がら空きのボディに向かって、ユダは目にも止まらぬ連続蹴りを浴びせる。至る所をべこべこと凹ませながら、シュルトは大きくのけぞった。


 ユダの追撃は止まるところを知らない。シュルトの腹部にある塊の接合部分に、鋭い蹴り足がめり込んだ。


「そして貴方は!」


 かぎ爪が入り込んだままの状態で、ユダは左脚をぐっと上にあげた。ユダの右足を唯一の支点としてシュルトの巨体が宙に持ち上がり、床がその重みにぎしりと悲鳴をあげる。それと同時に、いままで誰かに持ち上げられたことが一度もないのだろう、シュルトも恐怖の悲鳴をあげている。


「ゴメンナサイ! オロシテ! オネガイ、ジューダス『サマ』!」


「承知しました。それでは、下へ参ります。お足元に十分ご注意ください」


「アア、ヤメ……アアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 もはや戦意を失い、成すすべもなく絶叫するシュルト。床を強く蹴って飛び上がり、踊り場の手すりを悠々と飛び越えると、ユダは下のフロアに向かってシュルトを全力で蹴り飛ばした。


 重力加速度に蹴りの威力が加わり、膨れ上がった運動エネルギーが、シュルトの五体に襲い掛かる。ドスンという鈍い音を立てて激突し、ベルトコンベアを大破させたあと、シュルトはがくりと気絶した。


「三つ、与えられた指示さえこなせないのがド三流だ。まずは仕事に対する心構えから見直すことをお勧めします」


 華麗な残心を決めたユダは、空中に羽ばたいてシュルトを見下ろしながら、はなむけの言葉を贈った。そして元いた踊り場へと踵を返し、ゆったりと着地した。


 体内のマナの流れを精密に制御する技術と鍛え上げた心身を有するユダとはいえ、鉱物並みの硬さと重機並みの膂力を持つシュルトを相手にしてはさすがに疲れたようで、肩で大きく息をしながら、力なく膝をついて床に座りこんだ。


「少し休憩したら、残った野暮用を片付けなくては。どのグループも上手く行ってくれれば良いのですが……」


 孤独な仕事(マギ)は別働隊の雲行きをそっと心配しながら、次に成すべき行動に備えて体力回復に努めようとした。

 そのとき、倒れたシュルトを発見した衛兵たちの声が、下の階から響いてきた。どうやら少し離れたところにある階段からこちらに上がってくるようだ。


 まだまだ休めそうにないと、ユダはひとりで小さく笑った。孤独な戦いが再び幕を開けようとしていた。

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