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57話「ソウジ・カナエVSキマイラ その2」

 ソウジとカナエは二手に分かれて行動を開始した。

 カナエはキマイラの死角に入るため左側へどんどん回り込んでいく。

 一方ソウジは、誰が見ても剣の素魔(しろうと)だと分かる軟弱な構えでサーベルを掲げた。これでもいちおう剣道の授業を思い出して、握り方だけはそれなりにちゃんとしているつもりだ。そしてソウジは大きくジャンプすると、キマイラの大きな頭に向かって勇敢にも切りかかっていった。


 キマイラは、真正面から堂々と向かってくるソウジを迎え撃った。腰を下げ、上半身を高くして、右前脚を素早く払いのける。金属の床にも負けないほど硬いひづめがソウジの脇腹へと直撃した。何かが弾けたようなバチンという音が鳴ると、ソウジは近くの壁に向かって十数メートル吹き飛び、背中から叩きつけられた。


「ソウジ様!」


 キマイラの攻撃のすさまじい威力を目の当たりにして、イルが悲痛な叫び声をあげる。


「大丈夫!」


 急いで駆け寄ろうとするイルに、ソウジは先端が欠けたサーベルを苦笑しながら掲げてみせた。どうやら、打撃を受け止めたサーベルが衝撃を吸収して破損したおかげで助かった、ということのようだった。もっともダメージは少なからず受けたようで、ソウジはなかなか立てないのか、その場にうずくまっている。


 その間、キマイラは何をしていたかというと、なぜかソウジを吹き飛ばしたポーズのままじっと固まっていた。その背後には、カナエが立っている。

 そこにはまるで時が止まったかのような、奇妙な静止空間が生まれていた。その理由は、カナエの手元を見れば一目瞭然であった。


 カナエは、手のひらを合わせて組んだ両手をキマイラの臀部(でんぶ)へと突っ込んでいた。キマイラが腰を下げたことで、カナエの目の前に尻の割れ目が下りてきたのだった。ぴんと立てられた(マギ)差し指と中指だけが、キマイラの肛門の中へと吸い込まれている。


 ソウジが出した結論というのは、ずばり『外からの攻撃がダメなら中から攻撃する』という非常に理にかなったものであった。

 絶妙な変顔であえぐキマイラに向かって、カナエが必殺技を叫ぶ。


「食らえ! ソウジ直伝――『キマイラ殺し』!」


 カナエは、キマイラの体内に突っ込んだ四本の指に向かってマナを全力で放出した。右手の指輪についている深紅の魔晶石によってマナが変換され、その結果として出力された火炎が、キマイラの直腸に向けて火力全開で放射される。


「グルオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 キマイラは前代未聞の苦しみに絶叫すると、その場で回転しながら、狂ったように自分の尻を追いかけはじめた。全身の毛は重力に打ち勝つほど強く逆立ち、尻尾のヘビはとれたてのうなぎのようにぴちぴちとのたうち回っている。


「いまだ!」


 ソウジは痛みに眉をしかめながら起き上がると、脇腹を押さえながら駆け出した。カナエも暴れるキマイラの横をすり抜けると、落ちていたサーベルを拾い上げ、アンナたちが待つ出口へと向かう。

 この大きな隙を逃せば、全員揃って無事に逃げられるチャンスはもう来ないだろう。絶対にものにする必要があった。


 キマイラは憎悪と苦悶に満ちた目でソウジたちをにらむと、翼を広げて上空へ飛び上がった。急降下してソウジたちを襲うつもりだろう。


「ソウジ! あいつが来ちゃうよ! 早く!」


「分かってる!」


 ソウジが負傷したのは脇腹だけではないらしく、左足を引きずりながら走っている。かなり神経に響くようで、顔全体が苦痛に歪んでいた。見かねたカナエは、ソウジの隣に駆け寄ると肩を貸してやった。


 二魔(ふたり)のがら空きの背中に向けて、キマイラがついに襲撃の体勢を取る。運動会で二人三脚をするクラスメイト同士のようにのろのろと前進するソウジとカナエを蹴散らさんとばかりに、キマイラは風を切って突撃してきた。


 なんとかたどり着いた出口に向かって倒れ込むカナエ。それにつられて、ソウジも倒れながらごろりと転がり込む。


 アンナがハンドルからタイミングよく手を放すと、シャッターは轟音を立てて勢い良く閉じた。その直後、シャッターの向こう側で何か大きな固い物がガツンとぶつかる音がした。

 閉まった拍子に挟まってしまったキマイラのたてがみが、ゆっくりと奥に引っ込んでいく。最後に、恨み節だとでもいうように低く長い唸り声が聞こえた。


「「「「はぁ~……」」」」


 示し合わせたわけでもなく、全員が同時に安堵のため息をついた。

 ついにあの巨大なキマイラを出し抜き、密室からの脱出に成功したのだ。もっとも、過酷な戦いの後だからなのか、まだやることが残っているからなのか、喜びは全く湧かなかった。


 安心した様子のカナエが手を放すと、ソウジはいきなり支えを失ったせいで体勢を崩してしまい、壁に思い切り肩をぶつけた。苦しそうに脇腹を押さえながら、床に沈み込む。


「痛たたた……」


「ちょっと、カナエさん! もう少し配慮してください!」


「あら、ごめんなさい」


 慌てて駆け寄るイルを片手で制止すると、ソウジはいまぶつかった壁を新たな支えにしてよろよろと起き上がった。座り込んでいたアンナもそれにならって立ち上がる。

 無事を確かめ合うように、四魔(よにん)は互いの顔を見比べた。


「なんとか上手くいきましたね」


「ソウジ、ナイス! いや、ニャイス!」


「それ、わざわざ言い直す必要あります?」


 ソウジとアンナは互いに指を差して笑い合った。カナエも大笑いはしないものの、若干にやけている。

 イルはというと、呆れた様子でアンナのことを見つめていた。許可なく踏み台にされたのが気に入らなかったのだろうか。ソウジとしてはもっと協調してほしいところなのだが、このひっ迫した状況ではあまり贅沢(ぜいたく)は言えなかった。


「さあ、ここでのんびりしている暇はないわよ」


 カナエの一言に、ソウジたちの気持ちは再び引き締まった。ここから先が一番の山場だ。たくさんの魔族の命がかかっている。


「そうですね。急ぎましょう」


 ソウジたちは狭い通路を通って、さらに先へと進んでいく。目的の中央管制室は近い。


「カナエ、手めっちゃくさいから離れて」


「嫌よ。文句なら、発案者のソウジくんに言ってちょうだい」


「えっ、俺のせいなの!?」

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