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56話「ソウジ・カナエVSキマイラ その1」

 ソウジにとっては永遠にも思える、キマイラ指導コーチによる地獄のマラソン特訓が続いた後、シャッターの向こうからアンナのくぐもった声が聞こえてきた。どうやらソウジたちを置いて逃げたわけではなかったようだ。


「遅くなってごめん! いまからシャッター開けるね!」


 アンナの叫び声に続いて、ガコンガコンと鈍い音が鳴り、シャッターが少しずつ持ち上がっていく。僥倖(ぎょうこう)にも、ソウジが予想していた通り、閉鎖されたシャッターを向こう側から開ける方法があったらしい。


 アンナのおかげでシャッターが開き始めたところで、いままで遮られていて見えなかった出口側の通路の様子が見えるようになった。そこには、この部屋に着くまでに通ってきた通路よりも一回り細い連絡通路が続いており、奥の方には次の部屋の入口が小さく見えている。


 出口の左脇には、壁面の操作盤から飛び出している手回し式ハンドルを一生懸命に回しているアンナの姿があった。どうやら、緊急時用の開閉装置を手動で操作しているようだった。

 完全にシャッターを開き切ると、アンナは息切れしながらも叫んだ。


「開いたよ! この状態で止めておくの結構きついから、早めにね!」


 イルはそれを聞くと、汗だくで走り回っているソウジに向かって、伝言ゲームのように呼びかけた。


「ソウジ様! シャッターが開きましたよ!」


「そ、そんなこと言われたって! こいつを何とかしてぇ~!」


 ソウジはキマイラの追走から離脱する方法をいまや完全に見失っており、そのまま壁際を走り続けている。逃げることに精一杯なようで、それ以上は何も言わなくなってしまった。

 カナエは呆れ顔でそれを眺めた後、イルの背中を押して、開いたばかりの出口の方へと誘導する。


「あとは私がなんとかする。イルさんは私たちを信じて、向こう側で待っていて」


「そう言われましても! ソウジ様が取り残されては意味がありません!」


 それでもカナエは、イルを一足先に通そうとする。


「ソウジくんなら、私が援護するわ。足手まと……肉体労働なら私に任せて」


「いま『足手まとい』とおっしゃいませんでしたか!?」


「い、言ってないわ。いいから早く」


「ああ、もう、分かりましたよ! 私はお役に立てませんからね! くれぐれもお気をつけて!」


 あくまで強引なカナエの誘導に、ついにイルの方が折れた。たしかに、イルが居残ったところでキマイラの足止めを手伝えるわけではないが、主であるソウジの身の安全が心残りのようだった。


 イルは少なくとも一メートル以上はありそうな分厚いシャッターの下をくぐり抜けた。通り抜け終わったイルがふと振り返ると、カナエがソウジとキマイラの間にちょうど割り込むのが見えた。


 鋭利な牙によるキマイラの噛みつき攻撃を、カナエは手に持ったサーベルで受け止めた。そのまま刃を横に一閃しようとするカナエだったが、キマイラの強靭なあごはサーベルをしっかりと挟みこんで離さず、力ずくでもぎ取ろうとしてくる。


「いま助けます!」


 カナエのおかげでようやく前を向いてキマイラと相対することに成功したソウジは、自分の腰に下げているサーベルを鞘から抜いて、不格好に切りかかろうとした。しかし、カナエは間髪入れずに叫ぶ。


「来るな、ソウジ!」


 ついにカナエの手から奪われたサーベルが、くるくると宙を舞う。カナエは腕を縮めながら横に転がって、振り下ろされたひづめをなんとか回避した。そして、回転のエネルギーはそのままに、地面についた腕をばねにして上に飛び跳ねると、サーベルを構えるソウジの隣にアクロバティックに着地した。


 荒々しい息を吐きながら、牙をむいてソウジたちを威嚇するキマイラ。カナエは冷や汗をかきながら、ソウジに問いかけた。


「なあ、魔王よ。こやつの動きを止めないと、いつまでも逃げられんようだぞ?」


「そうですね……剣を使わなくても、何か強い攻撃ができますか?」


 カナエは右手の(マギ)差し指を立てて上に向けると、その先端から小さな火を噴出した。


「右手のどこからでも強い炎が出せる。長くはもたないがな」


「分かりました。それじゃあ、こうしてください」


 ソウジはこれしかないと思われるとっておきの作戦を提案した。それを聞いたカナエは、頭を反らしながらいまにも卒倒しそうに白目をむいた。それから、信じられないものを見るような顔で小笑いしながら、シンプルに罵倒した。


「……バカなのか、お前?」


「本気ですよ。というか、あいつを一瞬でも倒すには、もうこれしかないと思うんです」


 くすりとも笑わないソウジを見て、カナエはようやくこの男が本気であることを悟ったらしい。あからさまに嫌そうな顔をしながら、捨て鉢に叫んだ。


「ええい、ままよ!」


「ゴー!」


 ソウジの掛け声とともに、二魔はそれぞれ駆け出した。

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