54話「キマイラの狩場」
◆◆◆
ソウジたちは連絡通路を抜け、円筒状の大きな部屋にたどり着いた。進行方向の壁面には大きなシャッターが下りており、そのわきにタッチパネルがある。そのシャッターはとても分厚そうに見え、強引にぶち破って進むことは明らかに無理だ。
「通れないじゃないですか! どうするんですか!」
「さっきユダから聞いてきたパスワードがあるんだ。これを打ち込めば開くはずだよ」
アンナはポケットから魔族文字の書かれたメモを取り出すと、パネルに向かってそれを入力した。緑の確定キーを押すと、ピピッという音が鳴った。
「やったか!?」
しかしソウジの期待に反して、何も起こらなかった。パネルの上を見ると、魔族文字で『もう一度入力してください』と表示されていた。
「ちょっと! こんな大事なところで何を間違えてるんですか!」
「ご、ごめん。焦って打ち間違えたのかも。もう一度やってみる」
アンナはメモを穴が開くように見つめたあと、パネルとメモを見比べながら一文字ずつ慎重に入力した。緑の確定キーを押すと、ピピッという音が鳴った。しかし、何も起こらない。
パネルの上を見ると、『もう一度入力してください。三回間違えるとシャッターがロックされます』と表示されていた。
「ああ、もう! 貸しなさい! 私が入力します!」
ついにしびれを切らしたのか、イルはアンナの持っていたメモを奪い取ると、パネルに向かってものすごい剣幕でパスワードを入力した。緑の確定キーを押すと、ピピッという音が鳴った。
今度は変化があった。ブザー音とともに、シャッターが作動したのだ。もっとも、開閉したのは目の前のシャッターではなく、さっきソウジたちが通ってきた入口の上部についているシャッターであった。
こうして、ソウジたちは見事室内に閉じ込められた。
「どうやら三回とも間違えたみたいね」
カナエは周囲を見渡しながら、冷静に状況を分析した。
「なぜですか!? ちゃんとメモの通りに入力しましたよ!」
イルは怒りに任せてアンナのメイド服の襟元をつかむと、前後にガクガクと揺らしながら問い詰めた。
「わ、分かんないって! ユダはこれで開くって言ってたんだよ!」
「簡単なメモすらまともに取れないんですか! この無能窃盗団!」
アンナはその一言にカチンときたようで、イルのマントをつかみ返すと、同じように前後に揺らしはじめた。
「窃盗団じゃないし! 義賊だって言ってるでしょ! アタシたちが助けなきゃ、あの部屋で野たれ死んでたっていうのに、その言い草はなんだよ! このアホ骸骨!」
「貴女は捕まっていただけで何もしていないでしょう! このヘボ盗賊!」
「ふん! こっちがヘボ盗賊なら、そっちはアホアホ骸骨だ!」
「ならば、そちらはダメダメ盗賊です!」
「あっ、ダメダメはいくらなんでも言い過ぎだよ! ひどい!」
相性最悪な二魔が知性の欠片もない不毛な言い争いを繰り広げていたそのとき、部屋の上方からガコンという音が聞こえた。続いて、なにか大きな生物が力強く羽ばたく音が聞こえてくる。直感的に嫌な感覚がして、ソウジは急いで仲裁に入った。
「この部屋から出る手段を探しましょうよ! 何か上から来てるし、絶対ヤバいですって!」
しかし、極限状態でヒートアップした喧嘩はその程度の呼びかけでは収まらなかった。お互いをにらみつけながら、二魔はさらに声を荒げた。
「ヤバいのはこの小娘ですよ! 我々はここでおしまいです!」
「終わりかどうかは試してみなきゃ分かんないでしょ! 頭の固い年寄りはこれだから嫌だね!」
「年寄りぃ!? 小便くさい若造に言われたくはないですね!」
「はぁ!? そっちこそ、シモが緩くなって小便垂れてるんじゃないの!?」
この期に及んで言い争う二魔の背後に、重厚な着地音が響いた。生暖かい獣の鼻息がアンナの口ひげをそよがせる。
「……逃げてください」
「「えっ?」」
振り返る二魔の耳に、猛々しい咆哮がつんざいた。
「逃げろ!!」
ソウジがそう叫んだ瞬間、全長二メートルを優に超えるその化け物はたくましい前脚を振り降ろした。
アンナはとっさにイルを抱えて横に飛びずさった。化け物のひづめがすさまじい速度で床にぶつかり、ゴインという重々しい金属音を立てる。どうやら間一髪のところで回避に成功したようだ。もしその攻撃に当たっていたら、全身が押しつぶされて重傷を負っていたであろう。
「なんなのコイツ!?」
「ライオンの頭にヤギの体、コウモリの翼を持ち、尻にはヘビの尻尾! まるで叙事詩に登場するキマイラのようです! ああ恐ろしい!」
イルを少し離れた位置に下ろすと、連続して飛びかかってくるキマイラをアンナはひょいひょいとかわしていく。どうやら現在のターゲットはアンナのようだ。
彼女が時間を稼いでくれているおかげで状況が膠着しているいまのうちに、何らかの打開策を考える必要があった。全員に向けてソウジは問いかける。
「この部屋で、何か気づいたことはないですか!? 何でもいいんです! 脱出の手がかりになりそうなものを見つけてください!」
カナエは部屋の上方を凝視しながら言う。
「天井はどうやら開閉式みたいだけれど、ここからは絶対に届かない距離だし、内側から開閉する方法があるかどうかも分からないわね。ソウジくんがその翼を使えればいいのだけど」
「すいません。俺、飛べないんです……単なる飾りですよ」
このときばかりは、焼け石に水でもいいから飛行訓練をしておけばよかったと後悔したが、もう後の祭りだ。
イルは慌てた様子で周囲をきょろきょろと見回しながらわめいた。
「でも、あとは壁と床しかないですよ! シャッターの操作パネルだって、壁の中に格納されてしまって、これ以上操作できませんし!」
どうやら本当に何もないらしい。二魔が言う通りこの部屋はがらんどうで、調度品の類すらなかった。自分たちのように室内に閉じ込められた獲物をキマイラが狩るための場所としては、この上ない環境だとソウジは思った。
一方で戦うための武器は、さっき倒した衛兵たちからかっぱらったサーベルをカナエとソウジが持っているくらいだった。これだけ敏捷性が高くスタミナも攻撃力も高い化け物を、たった四魔で倒せるかというと怪しいところだ。
そのとき、メイド服のフリルを翻しながら飛び跳ねているアンナが、キマイラを指差しながら叫んだ。
「一個気づいたよ!」
「なんですか!?」
「こいつちょークサい! 換気した方がいい!」
アンナはキマイラの後ろ蹴りを身をひねって避けながら、しかめ面で答えた。真に迫ったその言い方からして、よほど臭いらしい。淡い希望に胸を膨らませていたのにくだらない情報を与えられてがっかりしたらしく、イルは深いため息をつくと、アンナに怒鳴り返した。
「何のヒントにもなっていないじゃないですか!」
「何でもいいってソウジが言ったんじゃん! アホ骸骨!」
「まだ言いますか!?」
アンナは息を荒げながらも、まだ軽い冗談を飛ばす余裕はあるようだった。もっとも、それも長くは続かないだろう。運動能力がどれほど高くても、スタミナにどれほど自信があっても、いずれ限界はやってくる。
「どうするの、ソウジくん?」
カナエはソウジにだけ見える角度で、一行が焦る様子を楽しんでいるかのような底意地の悪い笑顔を見せた。リーダーとして、決断のときが迫っていた。
前後には閉じたシャッター。目の前には臭い化け物。万事休すか。
わらにもすがる思いで天を見上げたとき、ソウジの思考に先ほどアンナが言った言葉が引っかかった。「換気した方がいい」。
「あった、突破口」
「えっ!?」




