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53話「シュルト現る」

 衛兵たちの押し寄せる波が止んで少しだけ余裕が出た頃、ユダたちは小さな階段へと差し掛かった。側板はついておらず、金属の踏板がパイプで繋がっており、同様のパイプでできた手すりがついている、比較的簡素なつくりの階段だった。

 大きなコンテナの影に隠れて息を整えるソウジたちに対して、ユダが汗一つかかずに告げる。


「ここから上の階層へと上がり、連絡通路を抜けます。そして突き当たりの直通エレベーターに乗れば、中央管制室です」


「マジ? 意外とすぐ着くじゃん!」


「いえ、あのラッシマのことですから、何を企んでいるか分かりませんよ」


 ユダは下くちばしに手をやりながら忠告したが、アンナはあまり真剣に受け止めていないようだった。

 たしかにいまのところ大きな障害もなくここまで来ており、作戦は極めて順調だが、だからこそユダの中には不安があるのだろう。この先になにか大きな落とし穴が待ち構えているのではないかという、一抹の不安が。


 かんかんと音を立てながら階段を駆け上がると、ユダたちは二階の踊り場へと到着した。右手の手すりからは、階下の光景が一望できた。順調に合流して数を増やした傭兵たちがフロアを駆け抜けていくのが見えて、ソウジは少し勇気づけられた。


 ユダはソウジたちが上り終わったのを確認すると、階段の主要な接続部分を何箇所も蹴って完全に破断させた。階段全体が支えを失い、軋みながら下の階に向かって落ちていく。

 これでもし衛兵が下からソウジたちを見つけてもこの階段は使用できず、飛行能力を持つ種族でない限り、別のルートから迂回してくる必要がある。


 ソウジたちの下に戻ってきたユダは、踊り場の奥にある細い通路を指し示した。


「さて、ここから先が連絡通路です――」


「ソウジ、危ない!」


 うかつにもよそ見をしていたソウジは、その呼び声に反応することができなかった。壁か柱にうっかり正面衝突しそうになったかと思ったが、そうではなかった。


 ソウジの体はまるで蹴られたゴムボールのように放物線を描きながら吹き飛ばされ、近くに積んであった大量の四角い金属缶へと叩きつけられた。それらは衝突した衝撃に凹みながら豪快に飛び散った。


 くらくらする頭を片手で押さえながら持ち上げると、目の前には動く金属の塊が立ちはだかっていた。強く頭を打ったせいで幻覚を見たかと思い、両目を何度も擦ったが、どうやら紛れもない現実のようだ。

 ここは異世界なのだから、動く鉱物くらいいてもおかしくない。ソウジはそう思い直した。


「オマエタチ、ニゲル、トオサナイ」


 その塊は金属同士を擦り合わせたような独特の周波数を持つ声でソウジたちに告げた。


 背の高さはだいたいソウジ二魔(ふたり)分くらい。中央の大きな逆三角形の塊からは、四本の手足がそれぞれ伸びている。その一本ずつが関節を持った腕や脚を構成することによって、二足歩行をしているようだ。

 頭にあたるパーツはなく、首がとれた荒削りの人型ロボットのような風体だった。灰色の表面は光沢をかすかに放つマットな質感で、つるつるに磨き上げられており、見るからに固そうだ。


 あの大質量で殴りつけられたら、吹き飛ばされるのも訳はない。


「シュルト、通してくれ。彼らはラッシマ様の大事なお客様なんだ」


 とっさに戦闘態勢を取ろうとしたアンナとカナエを手で制止すると、ユダはシュルトと呼んだその塊を刺激しないように優しく語りかけながら近づいた。シュルトは、困惑したような様子でその体を傾ける。


「キャク、ショウタイ?」


「ああ、そうだ。それ以上傷つけたら、私もお前もこっぴどく叱られてしまうぞ」


「ワカッタ、トオレ」


「それでいい」


 ユダはシュルトの体を軽く叩いて労いの意を示すと、アンナたちを連絡通路の方へと誘導した。ソウジを引っ張り起こすと、アンナたちは警戒を解いてユダの後ろを通ろうとした。刹那、シュルトは再びその拳を振り下ろした。


「ウラギリモノ、ショブン!」


 異変に気づいたユダは、アンナたちをとっさに元の踊り場の方面へ突き飛ばした。大きな質量の拳を頭上からもろに食らい、ユダの姿はハエのように叩き潰されて見えなくなった。


「ユダ!!」


 シュルトは余韻を残しながら、ゆっくりとその拳を上げた。そこにユダの体はなく、力任せにこじ開けられた大きな穴だけが床にぽっかりと開いていた。アンナがショックと失意に膝からくずおれる。


「そんな……」


「ジューダス、シンダ。ツギ、オマエラ」


 シュルトが両手をゴツゴツとかち合わせながら、どかどかとソウジたちの方へ進んでくる。防戦必至と見たカナエが、先ほど倒した衛兵から奪い取った剣を両手で構える。勝ち目は薄そうだ。一時撤退も考えたそのとき、シュルトの巨体が衝撃にぐらついた。


「勝手に殺さないでいただきたい」


 上空から急降下したユダの蹴りがシュルトを横へと押しやる。

 羽ばたきからの華麗な着地を決めると、ユダは再びソウジたちをかばうようにシュルトの目の前に立ちはだかった。どうやら、殴られる瞬間に上に飛びあがって攻撃を回避していたようだ。


 シュルトは両腕を持ち上げると、大きな雄叫びをあげた。


「アルジ、ハムカウ、ユルサナイ!」


 シュルトはユダに向かって、倒れ込むように体重を乗せながらその両腕を振り下ろす。ユダは右足を真っ直ぐに伸ばした美しいフォームの蹴り上げで、シュルトの握り合わせた拳を受け止めた。

 二つの強烈な攻撃がぶつかり合った衝撃に、ソウジたちは床が揺れるような錯覚さえ覚えた。


「先に行ってください。ここは私が引き受けます。一本道ですから、迷うことはないでしょう」


「でも!」


「大丈夫です。彼は私の元部下です。長所も短所もよーく知っていますから」


 にこりと笑うと、ユダは通路の先を指差した。シュルトがよろけたおかげでそれぞれの位置関係が変わり、連絡通路までの動線が開かれていたのだった。


「お願いします。行こう、アンナさん」


「ちょっ……!」


 さらに反駁しようとしたアンナを、ソウジとカナエが引きずるようにして連れていく。たしかに彼が言う通り、今いるメンバーの中でシュルトに対処できる(マギ)はユダ以外にいなかった。


 一行が先へ向かうのを阻止しようと全身で突進を仕掛けるシュルトの進行方向を、ユダは回し蹴りでそらした。シュルトは勢い余って柱にぶつかり、内部で断裂したパイプから漏れた白い煙が吹き出す。


「おっと、貴方の相手は私でしょう。戦闘中よそ見は禁物だと以前教えたはずですが」


「ヨソミ、チガウ! ジョウキョウハンダン!」


「おや、そうでしたか。それは失敬」


 向き直るシュルトは、表情は分からないものの、その大振りな所作の端々から怒りに満ちているように伺えた。

 ユダが指をくいくいと曲げて挑発する。意思を持つ無機生命体は、再びユダに殴りかかっていった。

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