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51話「強きをくじき弱きを助く」

 反乱の話もまとまり、全ての手錠が無事に外れたところで、ユダはこれからの行動方針を説明するために全員を部屋の中央へ集めた。

 ミャントム団やユダへの反感はすっかり消えており、もはや反論をする者は誰もいなかった。この差し迫った状況では、施設の構造や敵の内情に詳しいユダに頼るしかないと理解しているからだ。


「まず打ち合わせの時間を取ります。それから行動を開始しましょう」


 全員の行動指針が同じ方向を向いていなければ、不測の事態が起きたとき足並みがそろわずに失敗するか、そうでなくとも大きなロスが生じる羽目になる。それゆえ、計画を立てたり意見をすり合わせたりする時間を取るのは、火事場であってもやむを得ないということだろう。


 ユダは左手を前に突き出すと、指を二本立てた。


「二組に分かれます。私ユダとエリーがそれぞれリーダーとなり、随時指示を出します。別室に収容されている残りの傭兵たちをカードキーで救出しながら、地上を目指します」


 エリーは任せろというように自分の胸を拳で軽く叩くと、リングに束になっているカードキーをじゃらりと持ち上げた。これもユダが持ってきたのだろう。


「傭兵のみなさんは、衛兵と遭遇した際の護衛をお願いします。最初に開いた部屋の方々は私に、後から開いた部屋の方々はエリーについていってください」


 傭兵たちは早速指示の通り、ユダとエリーの近くにそれぞれ寄った。何かあったらすぐに行動を開始できるようにということだろう。その迅速かつ的確な行動は、戦士としての彼らの技量を感じさせた。


「地上へとつながっている貨物搬出口から脱出したら、そのまま街門を突破し、ハブ・プロットルの戦闘に向かって合流してください」


 来たる戦闘行為についてはすでに織り込み済みのようで、傭兵たちは開いた手にもう片方の拳を叩きつけたり、グローブのはめ具合を確認したり、各自のやり方でやる気を示している。

 ユダは顔ぶれを軽く見回して異議がないことを確認してから、準備万端というように手を叩いた。


「みなさんの無事を祈ります。それでは行動開――」


「ちょっと待って!」


 今にも散開しそうになっていた場の流れを、アンナが寸前で引き止めた。衛兵たちだけでなく、アンナの仲間であるユダやエリーまで怪訝そうな顔でアンナを見つめる。


「ユダ、一つだけ聞かせて。さっきの労働者たちは? 見なかったことにして、黙って逃げるってわけ?」


 いままでずっと冷静だったユダが珍しく苛立ちを見せた。部屋の端にアンナを押しやると、声を少し潜めながらも明瞭な発音で諭した。


「あなたや傭兵のみなさんが捕まっていなければ、救出する手筈でした。ですが、こうなってしまってはもはや、二兎を追うのは難しい。一兎だけを追うべきです」


「そういう遠回しな言い方はやめて。どっちなの? 助けるの、助けないの?」


 ユダは駄々をこねる子供に叱りつけるときの親のように、アンナをきっとにらみつけた。


「では、はっきり言いましょう。我々の身の安全のため、救出は諦めます。この牢獄の外には腕自慢の衛兵たちが大量に巡回しています。丸腰の上に弱りきっている労働者たちを野放しにしたところで、太刀打ちできずに再び捕まるのがオチでしょう。なにより、ここから一番遠い中央管制室まで行かなければ、あの牢のロックは解除できないのですよ」


 アンナは話にならないと言いたそうに首を降ると、部屋の出口へその体を向けた。


「だったら、そこに向かえばいいじゃない。私は一魔(ひとり)でも行く」


 エリーはいまにも駆けだそうとするアンナのメイド服の袖を掴んで、必死に引き留めた。それから強引に振り返らせると、エリーはアンナの頬を右の平手で強く打った。アンナはぶたれた左頬を手で押さえると、顔をしかめながら大きく首をひねってうつむいた。


「ふざけないで! 自分が何を言ってるか分かってるの!? もしまたラッシマに捕まったら、あの(マギ)たちを助けるどころか、あなたまで殺されちゃうのよ!?」


 エリーのものすごい剣幕に、アンナは泣きわめくことも声を荒立てることもなく、あくまで真剣なトーンで答えた。


「全然ふざけてない。ミャントム団のモットー、二魔(ふたり)とも忘れちゃったの? アタシは死んでも忘れないよ」


 決意をもって静かに見据えてくるアンナの気迫に押されたのか、エリーは何も言い返せなかった。アンナの凛としたその立ち姿を見て、ユダはひとりごちた。


「『強きをくじき弱きを助く』か……」


 ミャントム団はいつだって、弱い者の立場に立って活動してきた。それはこの危機的状況においても同じことではないのか。

 我々は義賊である。目の前で助けを求めている魔たちを足蹴にして、前に進むことはできない。それがリーダーの口癖であり、ミャントム団全体の命題でもあった。


「分かりました。計画を当初のものに戻します。エリーは外の団員に連絡して、脱出の段取りを再調整してください」


「無茶よ!」


 両手を胸の前で握りしめて心配そうに見つめるエリーを横へ押しのけると、ユダはアンナの横に立ち、その肩をかぎ爪のついた手で優しく掴んだ。


「無理だと判断したら、すぐに撤退しますから。それに彼らを助ければ、我々の身の潔白を証明する重要な証拠になります」


 たしかにユダが言う通り、地下労働者たちが脱出し、市民に向けてラッシマの悪事を暴露すれば、事態は一気に好転するように思われた。もっともそれは、自分たちも含めて衛兵たちに捕まるリスクと表裏一体でもある。


 退く気がない二魔を見たエリーは観念のため息をつくと、両腕でアンナを抱き寄せた。続いて、ユダとも温かい抱擁をかわす。その仲睦まじい様子は、アンナだけでなくユダまでもが一つの家族のようだった。


「……絶対に生きて帰ってきて」


「『アンナを連れて帰ってこい』と言われていますからね。二魔とも生きて帰らなければ、命令違反だといって怒られてしまいます」


「大丈夫だよ。アタシ、悪運だけは強いから」


 エリーは不安そうに微笑むと、後ろに下がってピンク色のスマボをいじり始めた。他の団員たちに、計画が変更されたことを伝えようとしているのだろう。

 ユダは傭兵たちに向き直ると、指を立てて全員に呼びかけた。


「みなさん、組み分けを変更します。傭兵を解放するグループは先ほど言った通り、エリーについていってください。私はアンナと一緒に中央管制室へ向かい、労働者たちを解放します。この作戦に同行して頂けるという方だけ、手を挙げてください」


 傭兵たちは、沈黙して誰も手を挙げようとしない。あんなやつらはどうでもいいからさっさと脱出したい、という焦燥と怒りをふつふつと感じさせた。

 それは至って当然のことだった。顔もろくに合わせたことがない赤の他魔(たにん)たちを、高いリスクを負ってまで救ってやる必要が一体どこにあるだろうか。


 そのとき、青い肌をした腕が控えめに動いた。衆目が集まったその先で、ソウジの手が挙がっていたのだった。


「えっ」

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