50話「乗るか乗らざるか」
ユダたちはやがて監視室に到着した。
担当者はすでにのされており、床に力なく伸びている。室内には監視用のモニターが複数枚置いてあり、各階を映す監視カメラの映像がそれぞれの画面に表示されていた。
ユダとエリーが先に処理しておいてくれたのだろう。もし助けに来てもらえなかったら、永遠にこの薄暗い牢獄に閉じ込められていたのだと思うと、ぞっとしなかった。
ユダは隣にある保管庫へ傭兵たちを案内すると、手錠の認証鍵の棚を示した。この中にきっと合う鍵があるはずだ。ソウジたちはすでに手錠が外れている魔たちと協力して、残った傭兵たちの手錠のロックを解除していった。
手錠を外す作業の最中、反対派だった男たちが近づいて、アンナに向かってぶっきらぼうに頭を下げてきた。先頭に立っている噛狼の男がどうやらリーダー格らしく、後ろにいる取り巻きを代表して口を開いた。
「さっきは悪かった! ラッシマがいけ好かねぇやつだっていう話は耳にしていたんだが、まさかここまで性根の腐った野郎だとは思わなくてよ……」
アンナはあまり納得していないという様子で、噛狼の男に対してジト目を向けている。した覚えのないことであんな風に嘲笑されたら、許さないのも仕方がないだろう。
そこで、それを見かねたトニーが口を挟んだ。ずかずかと二魔の隣に歩いてきて、男前な渋い声でさばさばと言い放つ。
「兄ちゃん、男らしくねぇな! 謝るときはこうだろ!」
「だ、誰だよあんた」
困惑する噛狼の男の後頭部をわしづかみにすると、まるで既知の友達であるかのような言いぶりでトニーは諭した。
「いいから、下げろ。俺も一緒に謝ってやるから」
不服そうにしながらも、その噛狼の男はトニーに半ば押し込まれるようにして腰を90度近くまで曲げた。トニーもそれに合わせて頭を下げる。
「「ごめんなさい」」
トニーはすっと顔を上げると、ぱんと一発、小気味よい音を立てて手を叩いた。
「よし! これでこの件はすっきり解決だ! な、義賊の嬢ちゃんよ」
「ふん。その嗅豚のおっさんに免じて、許してあげる」
腕を組みながらつんと顔を背けるアンナに、噛狼の男は頬をかきながら気まずそうにうつむいた。これでようやく、お互いわだかまりなく協力できそうだとソウジは思った。そのとき、その会話を遮るように、アンナの前にユダがさっと歩み出た。
「いえ、そうはいきませんよアンナ。傭兵のみなさんは今回の件で我々に一つ貸しを作ったのですから」
「貸しだと?」
噛狼の男だけでなく、周りにいた傭兵たちまで全員が反応した。傭兵というのはどうやら、損得勘定にとても敏感な職業らしい。
「そうです。間抜けにも薬を盛られてラッシマに捕縛されたため、盗賊団に助けを乞うて命からがら逃げ出した、などという情けない噂が巷に流れれば、みなさんが今まで積み上げてきた輝かしい戦歴に深い傷がつくでしょうね」
「ユダ! 言いすぎよ!」
エリーが止めたが、もう遅かった。これでもかとばかりに煽られてカチンときたのか、傭兵たちは殺気立ちながらユダをにらむ。
傭兵たちとユダたちミャントム団員との間に再び険悪なムードが漂い始めた。アンナは自分のせいでこうなったと思っているらしく、なんとか事を収めようとして、あたふたしながら両手をあてどなく宙に揺らしている。
ユダは指を立てると、傭兵たちに臆さず言葉を続けた。
「ところで、我々ミャントム団のリーダーは現在、ラッシマの不当な進軍に抵抗するため、ハブ・プロットルで防戦の指揮をしているのですが……」
「何が言いてぇんだこの野郎!」
ガンをつけて怒鳴りつけてきたトニーに対して、ユダは笑顔で条件を提示した。
「もしその戦いに全面協力してくれるなら、今回の件はチャラにして差し上げようと思うのですよ。いかがでしょう」
トニーの眉がピクリと動いた。
「俺たちにタダで反乱を手伝えってのか?」
「報酬なら差し上げます。前金と成功報酬を合わせて、ラッシマが提示していた金額の二倍、一魔頭二十万ジラでどうでしょう」
その瞬間、傭兵たちの目の色ががらりと変わった。とかく世の中は金が物事を左右するが、傭兵の世界ではそれが顕著のようだった。横に立っている傭兵たちが少しずつ打ち合わせの会話を始めた。
これはもはやただの言い争いではない、とソウジは思った。ユダが間に割って入った時点から、傭兵たちとミャントム団との契約交渉の場にすり替わっていたようだった。敏腕執事は交渉の腕も良いようだった。
「無理に、とは申しませんよ。無辜の民を守った英雄になるか、それとも濡れ衣を着せられ尻尾を巻いて逃げ出した負け犬になるかは、あなた方次第ですから」
ユダが放った押しの一言に、最初に反応を示したのはコンビの大柄な傭兵だった。二魔は臨戦態勢を解くと、もはや戦意がないことを示すために両手を上げる。
「その話、乗った」
「あ、相棒が乗るなら、俺もだ」
トニーは不敵な笑みを浮かべながら、イアンは遠慮がちな上目遣いでトニーとユダを交互に見ながら、それぞれ即答した。どちらを取れば得になるのかは、悩むまでもないようだった。
トニーたちを皮切りに、他の傭兵たちからも賛成の声があがる。それらは次第に寄り合わさって、鬨の声となっていく。
「ここから抜け出して、ラッシマの野郎共をぶっ飛ばすぞ!」
「オー、オー、マ!」
どうやら、これがこちらの世界のかけ声らしい。比較的引っ込み思案なイルとカナエがやっているのを見て、自分もやってみたくなったので、ソウジも便乗して叫んでみると、落ち込んでいた気分が思いのほか高揚して気持ち良かった。




