47話「画策」
「物騒な話になってきたわね」
「私たちまで犯罪者扱いされてますよ! なんかまずいんじゃないですかこれ!?」
そわそわし始めたイルに対して、カナエはあくまで冷静に言い放つ。
「このままだと確実に国家転覆の罪で処刑されるでしょうね」
「冗談じゃありませんよ!」
事態の急変に危機感を覚えたのはソウジたちだけではないらしく、他の傭兵たちも本格的に脱出の方法を探り始めていた。縛られている縄を互いにいじくろうと試みたり、ドアに体当たりしたりしている。
「イルさん、まずは縄を外さないと!」
「そ、そうか! 骨が折れてしまうかもしれませんが、とりあえずやってみます!」
ソウジに言われて、縄を外そうと必死に暴れるイル。その様子を見て、カナエは落ち着かせるように、イルの腕にそっと手を添えた。
「焦らないで。方法ならあるわ」
「そう言われても……ってあれ? 縄はどうしたんです?」
「いま外したのよ」
「ああ、そうだったんですか。それなら安心ですね」
奇妙な雰囲気をまとった少しの沈黙の後、ソウジとイルとアンナは目玉を飛び出させながら大声で叫んだ。
「「「ええええええええええええええええ!?」」」
「その、ちょっといじったら、上手く外れたのよ……」
『ちょっといじった』レベルであれだけきつく縛られた縄と手錠を外せるなんてことはまずないと思うが、一体どこでそんな縄抜け技術を学んだのだろうか。ともあれ、ソウジは感動しながらカナエを褒めたたえた。
「すごいですよ、カナエさん! 俺たちのも外してください! お願いします!」
「わかったわ。縄を見せて」
ソウジとイルが背を向けると、カナエはどういう方法を使ったのか、彼らの縄をいとも簡単に切断した。ほどなくして、周囲の傭兵たちも臆面なく群がってきた。ソウジたちが叫び声を上げたせいで、カナエの拘束が外れていることに気がついたのだ。
「俺のも外してくれ!」
「いや、俺は力持ちだから役に立つ! 俺のを先に外すべきだ!」
そのうち傭兵同士で我先にという押し合いへし合いが始まり、開錠作業どころか立っていることさえままならなくなってしまった。業を煮やしたカナエは苛立ちながら怒鳴った。
「ええい、騒がしい! 全員やってやるから二魔ずつ並べ!」
威厳を感じさせるその声の響きに、傭兵たちは打って変わってしんと静まり返った。温和な普段のカナエからは想像もできないその鶴の一声に、ソウジとイルは驚いた。どうやら肝っ玉なところがあるようだ。
かくして、拘束外しの待機列が出来上がった。
両手が自由になっている魔族が一魔でもいれば、縄の方はどうにでもなる。問題はこの手錠だった。
魔術式のこの手錠は錠を外すために認証コードが必要らしく、鍵がない以上はハッキングするしかない。しかも手錠ごとにコードが異なるため、一魔につき体感で十分ほどかかってしまっている。
そうこうしている間に、すでに拘束が外れた傭兵たちの助力で、全員の縄が解き終わっていた。残すは手錠だけだ。
「ふう。時間がかかりすぎて、これじゃ埒が明かないわ」
ソウジ、イル、アンナに続いてようやく四魔目のロックを解除したカナエが、疲労にため息をついた。
そのときソウジはふと、アンナがミャントム団だということを想起した。空き巣の常習犯は、鍵の開け方に精通しているとなにかのテレビ番組で聞いたことがあった。ということは、アンナにもそういうスキルが備わっているに違いない。
「アンナさん、ピッキングできたりしませんか?」
アンナは豆鉄砲を食らったように目を見開いたあと、申し訳なさそうに返答した。
「えっ、その……アタシの腕でも、この手錠の鍵は開けられないよ。物理鍵ならいけるけど、魔術式は専門外なんだ。だから、あの扉もちょっと無理かな」
「ふん。普段は調子が良いくせに、こういう肝心なときには役立たずなんですね」
「ご、ごめんなさい……」
イルからのきつい当てつけにアンナは反論することもなく、ただ悲しそうにうつむいた。ソウジは慌てて二魔の間に割って入った。
「イルさん、ミャントム団が嫌いなのは分かりますけど、いがみ合ってる場合じゃないですよ。そりゃ、俺だってムカついてます。でもいまは、まず全員の力を合わせてここから脱出しないと」
イルはしばらく押し黙ったあと、不服そうに口を開いた。
「まあいいでしょう。脱出するまでは協力してやりますよ、犯罪者集団ともね」
かなり刺のある言い方ではあるが、対立関係になることだけはなんとか避けられたようだった。萎縮しているアンナをなんとか励ましながら、ソウジは策を練る。内側からの働きかけだけでは、できることに限度がある。
「協力者が外にいればなぁ……」
「あっ、協力者! いるよ! 姉さんに伝えてあるの! 団員のみんながきっと助けに来てくれる!」
アンナはいままでとは一転して希望を見出したという笑顔になり、ソウジの着ているチュニックの袖を掴んだ。ミャントム団員同士の間にはよほどの信頼関係があるようだ。
「どうですかねぇ。むしろ捕まって運ばれてきたりして」
「そんなことない! 姉さんは、そんなちゃちなへまなんか――」
イルの売り言葉に買い言葉のアンナだったが、ちょうどそのとき開かずの扉が開き、発言が途切れた。それは扉が開いたことに驚いたからだけではない。顔をのぞかせたその魔族があまりに場違いだったからだ。
そこに立っていたのは、執事服を着た飛鳥――ラッシマの腹心、ジューダスだった。
「おい、お前ら! やるぞ!」
逃げ出すチャンスと見た数名の傭兵たちが、連携して飛びかかる。しかしジューダスは冷や汗一つかかず、右足だけを使って目にも止まらぬ早さでねじ伏せてみせた。
「傭兵という種族は、なぜこうも血気盛んなのか……」
「てめぇ!」
さらに飛びかかろうとする後続の傭兵たちに向けて右足を上げて威圧することで制止すると、ジューダスは静かに口を開いた。
「入ってください」
神妙な面持ちでジューダスの背後から現れたのは、なんとティエシュプアで出会った店員跳猫エリーだった。店にいるときと格好が違い、いまはダークグレーの全身タイツを着て、濃いえんじ色の仮面を斜めにかぶっている。
ソウジたちは驚きに目を見張った。ついに外部の関係者まで、ラッシマの魔の手にかかってしまったということなのか。
「姉さん!」
「ごめんね、アンナ。早く助けてあげられなくて」
「ううん、アタシが悪いの……アタシが突っ走ったから……」
「そのことはもういいのよ。まずは無事でよかったわ」
エリーはアンナのもとへ駆け寄ると、その体をぎゅっと抱きしめた。アンナは相当心細かったようで、エリーを抱き返し、その胸元に顔を強く押し込んで泣いている。
しかしエリーがアンナと同じミャントム団員であり、アンナを救出しにきたのだとすれば、ジューダスに捕まった時点でその試みはすでに失敗し、ソウジたちの頼みの綱もなくなったということになる。皮肉にも、イルがさっき言った通りになってしまったというわけだ。
かといって、ジューダスを正面から倒せるかと問われれば、先ほど見せつけられた高い戦闘能力を上回れる自信は全くなかった。全員でかかってようやくどうかという程度の可能性だろう。
一定の距離を保ったまま互いににらみ合う両勢力だったが、そんな張りつめた場の空気を崩したのは、意外にもジューダスの方だった。




