45話「ニュース」
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「うっ……うう……」
全身に痛みを感じながら、ソウジは目を覚ました。固く冷たい床の感触が、横たわっているソウジの気だるい体を支えている。無意識に手をついて起き上がろうとしたが、後ろ手に拘束されていて、体より前に腕を動かせなかった。
「ソウジ様、大丈夫ですか」
見上げると、イルの青い炎のような双眸がこちらを見つめていた。初めて見たときはコスプレと見間違えたこの顔も、いまでは見慣れたものだった。イルもどうやら同様に後ろ手に縛られているらしく、心配するばかりで手助けはしてくれなかった。
ソウジはもがいて体勢を変えると、こけた芋虫のように体を上手く使ってなんとか上体を起こした。
いまいる場所を見回すと、コンクリートのような素材で打ち放された狭い部屋だった。どう見ても医務室には見えない。むしろ、拘置所といった感じの無味乾燥な雰囲気だった。
さっきまで一緒に作業していた傭兵たちが十名ほど収容されており、ソウジと同じように床に打ち捨てられている。すでに目を覚ました者たちはあぐらをかいてうなだれたり、立ち上がって壁に寄りかかったり、室内に一つだけついているグレーのドアが開かないか周りを調べたり、もう腹をくくっているのか仲間同士で談笑したり、みな思い思いの行動を取っている。
イルに続いてカナエも、ソウジが目を覚ましたことに気づき、足を使ってにじり寄ってきた。
「おはよう、ソウジくん」
「おはようございます。何がどうなってるんですか?」
「起きたときにはみんなこうなっていたわ。窓がないから、外の状況が全く分からない。この手錠のせいで、体内のマナも使えないみたい」
カナエはそう言うと、かけられた手錠を見せてくれた。
丸みを帯びたフレームは手首にしっかりフィットしており、皮膚に接触する内側の部分だけが青く淡い光を放っている。ソウジが刑事ドラマなどで見たことがある銀色の手錠とは異なり、ずいぶんがっしりとした作りの太い手錠だった。
加えて、胴体の中心部には頑丈な縄が締められている。痛みを感じるくらいきつく、何重にも巻かれている。これだけ厳重に縛られていては、刃物でも使わない限り外すことは不可能だろう。
「こんなことをして、何の意味があるんでしょうね」
「私たちが邪魔だ、ということだけは分かるわね。そして、あえて生かしておく理由がある」
これではまるで虜囚だ。自分たちだけではなく、他の傭兵も合わせて拘束するということは、傭兵という存在自体が何らかの障害になるということなのだろう。とはいえ、考える材料がこれだけでは、それ以上のことは何も分からなかった。
やることも特にないので、ソウジたちは慌てず騒がず待つことにした。
何の気なしに他の傭兵たちの様子を観察していると、ソウジは見覚えのあるものを見つけた。先端だけがインクに濡らしたように黒い、灰色のしなやかな尻尾。
「あの、イザベラさん」
「ま、魔違いじゃないですか」
その跳猫は尻尾の毛を逆立て、手で顔を隠しながら背けた。顔の向いている方へソウジが回り込むと、今度は逆側へと顔を回す。再び回り込むと、顔はその逆側へ。
「イザベラさんも傭兵だったんですね」
「違うし! アタシにも色々理由があるの!」
イザベラはなぜかむくれながらソウジに向かって牙を剥いて威嚇した。ソウジはため息をつくと、イルたちをイザベラのもとへ呼び寄せた。
イルは跪き、うつむくイザベラの顔をそっとのぞきこんだ。
「奇遇ですね、イザベラさん。遠慮せず声をかけてくだされば良かったのに」
「ドジして捕まったのに、慣れ合う気分になんかなれないって……」
「何があったんですか? おしゃれなメイド服なんか着て……あっ、もしかして、ラッシマのところで給仕のアルバイトをしてて、大失敗しちゃったとか?」
「うるさいなぁ、そんなわけないでしょ。もう放っといてよ」
イザベラは相当落ち込んでむくれている様子で、ハブ・プロットルで同行していたときの快活さは影も形もなかった。
カナエは事の成り行きがいまいち理解できていないようで、ソウジに尋ねてきた。
「このお方は?」
「ハブ・プロットルで無料ガイドをしてくれたイザベラさんです。こちらはうちのギルドに加入してくれたカナエさん」
イザベラはカナエにちらりと目をやると、軽く頭を下げた。一方のカナエは、感心した様子で何度もうなずいている。
「へえ。切った張ったのあの街で無料サービスとは、ずいぶん気前がいいわね?さぞかし『腕がいい』んでしょうねぇ」
「お店の宣伝営業らしいですよ。とっても親切にしてくれたんです。ね、イザベラさん?」
「そ、そうだよ。顔を売ってるの。ははは……」
イザベラは上目遣いでカナエを見ながら、棒読みで尻すぼみに言った。イザベラの乾いた笑いを見て、カナエは終始にやにやしていたが、その理由はソウジにはよく分からなかった。
そのとき、背後にいる他の傭兵たちが何やらざわめきだした。彼らの目線の先をたどると、壁面にいつの間にかスクリーンが垂れて、映像が投射されていた。
画面の向こう側では黒いチョッキを身にまとった魔族が三名、椅子に腰かけている。小ばかにしたような表情で足を組んでいるその態度から、ソウジは彼らがラッシマ子飼いの衛兵たちであると一目で分かった。
「傭兵の諸君、ごきげんよう」
机に肘をついて真ん中に座っている唱角の男が、含み笑いをしながら画面越しに呼びかけてきた。傭兵たちは罵詈雑言を放ったが、動じる様子は全くない。こちらの音声が向こうに伝わっていないのか、それとも聞こえているが何の感想も持たなかったのかは不明だった。
「きつい仕事をこなしたと聞いて心配していたが、元気そうで何よりだ。さて、気分良くお目覚めになったところで、君たちにとても良いニュースがあるので、ぜひ見てほしい」
唱角の男がそう言うと、画面の風景が別の場所へと切り替わった。
そこにはラッシマの屋敷の前に置いてあった小さなものとは違うしっかりとした作りの演説台があり、スーツを着た小柄な聴兎の男がマイクに向かって立っていた。ソウジはその風貌を今日のパレードで見たばかりだった。
「あれってたしか、ライト卿ですよね? この町を治めているっていう」
「そうよ。受勲についての演説が始まるみたいね」
原稿らしき紙をテーブルに置くと、ライト卿はマイクの位置を微調整し、それから口を開いた。しかし、彼の音声がマイクに乗ることはなかった。なぜなら、その華奢な体が何者かによって押し倒されたからである。
仮面で顔を隠した乱入者は、素早く事を終えて立ち上がると、血まみれになったナイフを高々と掲げ、マイクに向かって叫んだ。
「ミャントム団万歳!」
その瞬間、轟音が響き渡った。そいつの背後にある建物が震えながら横に傾き、いくつもあった支柱を豪快にぶち折りながら、がれきを生んで倒壊していく。
少し遅れてパニックになった群衆の声が響き、その犯魔は取り押さえようとする衛兵たちの腕をすり抜けて画面外にフェードアウトしていった。
当然ながら、室内の傭兵たちにも少なからず動揺が走る。なにせ、ゲルートを治める首長が刺されたのだ。安否がどうなるにせよ、これはれっきとした暗殺であった。




